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5章―炎の美女・ウェスタ―

「報告を聞こう」


 王室。煌びやかな装飾が施され、その権威と身分の高さを象徴する一際華麗な部屋。

 現在その煌びやかな部屋で4人の男が真剣な顔をつきあわせていた。


「まずは、私から報告させていただきます。私たちはイルサックの花と思しきものを無事に発見することが出来ました。すでに花弁と花を薬師に渡しており、解析を進めた後に急ぎエイダ・イドの許へ届けられるそうです」


 ニヌルタ王に向かって銀髪の壮年男性、ファンデルが報告を続ける。

 両隣のルードとラディックスは言葉を発さずに控えている。


「その点に関しては、よくやったと誉めておこう。だが、問題はその後だな」

「ええ、左様です。私たちは目的地付近にテントを張り、イルサックの花を探しておりましたが、途中、火種タルケが切れてしまい、補充のために遺跡へと赴きました」


 ニヌルタはファンデルの言葉に片眉を上げる。


「遺跡?」

「ええ、森の中には古代人が作ったと思われる遺跡が点在しているのです。その遺跡には野生のタルケが存在していることが多いものですから私たちはその遺跡へ向かいました」

「なるほど……そこであの少年を見つけたというのだな」


 だが、ニヌルタのその合点が居たといった言葉にファンデルは首を振る。そして、そこから先の言葉はルードが続けた。


「いえ、そのときはあのような少年は見つかりませんでした。私たちがそこに着いた頃、その遺跡にはタルケが生息しているだけで、人の気配はありませんでした」

「何……?」




 ▽


「スゴイ……ここがその、遺跡なのですね?」

「ああ、そうだ。俺もファンデル様と一緒に前の任務で何回か来た経験があるが、この遺跡は一際でかいな……」


 言葉を失うルードに向かってラディックスが感嘆の同意をする。


「ほら、2人とも、早いとこタルケを探すぞ。野生のタルケは人の気配に敏感だからな、すぐに逃げてしまうのだ」

「はい!!」


 たしなめるファンデルの言葉に元気よく返事をするルード。捜索を続けられる光明が見えたことに否が応でも気分は高揚した。

 そして、探すこと5分ほど。家の跡のような建物の端にタルケが数匹固まっているのをファンデルが見つけ、タルケを探すという目的は果たされた。


 △



「それからすぐに私たちは遺跡を後にして、大樹に向かい他の隊員と合流しました。もし、あの時点であのような少年が居たとすれば私たちの誰かが気付くはずなのです」


 ルードの言葉をニヌルタはもう一度頭の中で反芻するが、謎は深まるばかりであった。


「……ラディックス、君から何か意見はないか?」

「残念ながら、私から付け加えられることは一つもございません、ニヌルタ様」

「そうか……」

「ですが、一つだけ気になった事がございます。ファンデル様と一緒にタルケを捕まえてその後、遺跡を出たとき、何か物音を聞いたような気がするのです。それも私たちがタルケを捕まえた建物の中からです」

「それは……?」

「ですが、それだとしても何ら説明になりません。もしそこにあの少年が居たのだとしても私たちがタルケを捕まえたときに私たち以外の人間は誰もいなかったのですから」

「まぁ、そうだな……」


 ニヌルタは手を顎にやり再び考え込む様子となり、王室をしばしの沈黙が流れた。

 そのとき、先ほどから黙って様子を見ていたファンデルがニヌルタに向かって言葉を発する。


「ニヌルタ様、しばらくあの少年の面倒は私が見ようかと考えているのですが」

「ファンデル、君があの少年の面倒をか?」

「ええ、そうです。あの少年、気になるところがあるのです」

「……髪の色、だな」


 苦々しげに発されたニヌルタの言葉にファンデルは迷いもなくうなずく。

 深紅の髪の毛。そのような人間を彼らは見たことがなかった。



 元来、この大陸に生きている人たちは皆精霊の祝福を受けている。

 そして、髪の色は祝福を受けている精霊によって変わってくる。大まかに分けると、戦闘能力を持たない精霊に祝福を受けている人間は黒い髪の色、戦闘能力を持つ精霊に祝福を受けているものは青や緑がかった髪など精霊によって様々な色であった。

 ちなみに人魚の祝福を受ける事の多いイド家の人間は金髪の人間が多く、ルード・イドも金髪である。

 そして、ヴィーという地霊から祝福を受けるラディックスは茶髪、この国では唯一複数の精霊を操ることが出来るファンデルは銀髪である。


 そのように髪の色は大まかに有色と黒色と分けられるが、その中にも未だ嘗て存在したことのない髪色があった。

 その中のひとつ、それが――


「赤髪、か。あの少年は一体何者なのだろうな」


 ニヌルタはため息混じりにそう言った。誰しもが共通して抱える疑問。だが、その答えはそう簡単に見つかるとは思えなかった。


「ふむ、よかろう、あの少年はファンデルに任せよう。だが、定期的に報告はしてくれるように頼むぞ」

「ええ、承知しております」







 ¶


 ファンデルとニヌルタの間で取り決めがあってからちょうど一週間経過した日、少年は目を覚ました。


 ファンデルの家の一室。そこで目を覚ました少年が最初に目にしたものは、窓から外を見つめる銀色の髪の少女であった。凛とした佇まいに、真っ直ぐで芯を感じさせるまなざしはすべてを包み込む優しさを感じさせるものだった。

 ややあってその少女が少年のほうに視線を向けると、ちょうど2人の視線はぶつかり、目と目が合う格好となる。

 すると、すぐにその少女は驚きの表情を顔に浮かべ、走って部屋を出ていった。



 そして、今度は一人の男性が入ってきた。


 少年の目にまず飛び込んできたのは短くそろえられた輝く銀髪。そして、優しさを携える優しい目。先ほどまで居た少女とどこか似た雰囲気を少年は感じ、その壮年男性を見詰めていた。

 一方、部屋に入ったファンデルはあるモノに目を奪われ、その動揺を表に出さないように意識を集中していた。

 そのあるモノとは少年の緋色の瞳である。赤い瞳の人間をファンデルは初めて目にした。

 ファンデルは少年に気取られないように静かに深呼吸をして鼓動を落ち着かせる。


「目を、覚ましたかね?」


 ファンデルは少年にゆっくりと声をかけたが、返答はなかった。ファンデルは困惑気に眉根を寄せる。


「ふむ、もしや、言葉がわからないか……」


 ファンデルは少し考える表情になった。しばしの、沈黙。コミュニケーションの方法を考えるファンデルと、不気味なまでに空白な表情の少年。

 だが、その沈黙は唐突に破られた。少年が口を開いたのだ。ややかすれた声でしゃべる。


「何か、飲む物を頂けませんか?」

「おっと、何だ。しゃべることができるのではないか。飲み物だな、しばし待ちなさい。いま私の娘が持ってくるはずだ」


 しばらくたって先ほどの少女が部屋に入ってきた。どこか緊張した様子で、目線を少年には合わせないままにその手に持っていた飲み物を手渡すと、少年はそれを受け取り、一息で飲み干す。一切の表情を浮かべぬまま。


「ふむ……。自己紹介がまだ出会ったな。私の名はファンデル・ニクス。この子の名前はティア。ティア・ニクスで私の娘だ」

「……」


 ファンデルが自分の後ろで半身を隠しているティアの名前を呼んだ。ティアは半歩踏みだし軽く頭を下げると今度は部屋を出て行ってしまった。


「よかったら君の名前を教えてもらえないか?」


 その言葉に、ようやく少年は変化を見せた。先ほどまでは顔色を変えることはなかったが、眉根にはしわが浮かべられ、端整な顔立ちに考える様子が浮かべられた。

 そして、少年は口を開きかけたがすぐに閉じてしまった。

 少年は小さく首を振ると再び口を開いた。また、能面のような表情を浮かべたまま、こう、口にした。先ほどと同じ、やや、かすれた声で。


「フェノア……。そう、呼ばれていた気がします」

「フェノア、か。女の子のような名前だな。ではフェノア、君がなぜここにいるか説明しよう。ここは私の家で、君は―――――」


 ファンデルは一通りの経緯を話した。

 ある任務で森の中に行き、その際にファンデル達はとある事情でラクスという生物を探しに遺跡に行ったこと。そして、ファンデル達が遺跡に入ったときにはだれもいなかった筈だが、数日後に再び遺跡に向かうとそこでフェノアが意識を失った状態で倒れていた事。


「この国はアナーヒタという国だ。それで、この都市はアナーヒタの王都――王が住んでいる都市だな――アイツヴェンという名だ。」


 フェノアは時折眉間にしわを寄せ、険しい表情になりながらも黙ってファンデルの言葉に耳を傾ける。ファンデルはその様子を観察しながら注意深く一つ一つゆっくりと説明した。


「何か、聞きたいことはあるかね?」

「……いえ、特にはありません」


「そうか。ではこちらから質問しよう。君は何故あんなところにいたんだ?覚えている範囲でいい。教えてくれないか」


 そう言ってファンデルはまっすぐとフェノアを見つめた。フェノアの表情は相変わらずの空白。ファンデルをもってしてもフェノアが何を考えているのかを読み取ることは困難であった。


「覚えて、いません。友がいたような気もしますが、細かくは覚えていません」


 だが、フェノアはそう言った。


「……そうか。ひとまず、君のことは私と先ほどのティアが面倒をみよう。何か思いだしたことがあったらすぐに私に言ってくれるように頼むぞ」

「あの、僕、何か持っていませんでしたか?」


 フェノアが口を開いた。ファンデルは虚を突かれたような思いだったがすぐに気を取り直し言った。


「嫌、何も持っていなかったぞ。どうかしたのか?」

「いえ、何でもありません。何か、大事なものを失くした、そんな気がしたようなものですから」


 ファンデルはやや目を見開いた。先ほどまで無表情だったフェノアと名乗る少年は今は微かに表情を浮かべていた。ほんの微かながら、微弱な表情。

 フェノアの顔はやや物憂げなそして寂しげに感じられた。


 不意にドアの開く音がして、ファンデルの思考は中断された。

 開いたドアの先にはティアと1人の男性がいた。ティアが呼んできた医師だろう。


「フェノア、とりあえず今から医師の診察を受けてもらうことになる。私は今から王のところへ行かなければならないから何かあったらティアに言ってくれ」

「わかりました」


 そういってフェノアは笑顔を見せる。

 やはり、そうだ。今は明らかに表情を浮かべている。

 真紅の髪の毛と端麗な顔立ちに浮かぶ笑顔。緋色の瞳は覗き込む者全てを虜にし、どんな魅力的な宝石をも超越した輝きを放っていた。


 ファンデルの背筋に一つ、冷汗がつたって落ちた。


 妖しさと美しさを兼ね備えた少年、フェノアと名乗る少年はファンデルとの短い会話で、ある決意を宿していた。

 そして、その決意と供に眼の奥に宿した光、それがファンデルの冷汗の原因なのだが、ファンデルはこの時は気づかなかった。

 それほどまでにか細く微弱な光だったのだ。












 ¶


「目を覚ましたそうだな」

「ええ。つい先ほど目を覚ましました」


 ファンデルは家を出ると即座にニヌルタ王のもとへと向かった。目を覚ましたフェノアについて報告する為である。

 ファンデルはやや表情を険しくして言う。


「赤髪の少年、フェノアと名乗っていましたが、何といいますか、言葉で表すことのできない印象でした」

「……君らしくないな、抽象的な表現とは。詳しく話してみろ」


 ニヌルタはファンデルの言葉にやや目を見開く。ファンデルは端的だが良く特徴をとらえた人物評をするのだ。

 そのファンデルが言葉に悩み言い淀んでいる、それはニヌルタにとっても初めての経験だった。

 ファンデルはゆっくりと口を開く。


「当人はどうやらほとんどの記憶を失っているようで、自らの名前以外はほとんど憶えていないようです。ですが、私が混乱した原因は他にあります。印象が途中から一変したのです」

「一変?どういう事だ?」


 ニヌルタはファンデルの目を見ながら答える。ファンデルの表情にはやや混乱の色が浮かんでいた。


「最初の会話をした時点では大人しく警戒心も強かったのです。ですが、途中から、というよりある瞬間から人が変わったように明るい性格、といいますか社交的な少年なのではないかという印象になりました。全く表情が無かったのに笑顔になりましたし……」

「緊張がほぐれた、というわけではないのか?」

「……わかりません。私の気にしすぎかも知れませんが」


 そう言ってファンデルはため息をついた。ニヌルタにとって、ファンデルがこれほどまでに困惑しているのを見るのは初めてだった。


「……もう一つ、報告があります。フェノアと名乗ったあの少年、瞳の色も赤色でした」

「……赤い瞳だと?」

「ええ。もっともすでに赤い髪の毛という前代未聞な人間なのですから今更前代未聞な点が増えたとしても着目すべき点なのかどうかわかりませんが」

「……」



 もう少し観察を続けてみます、とのファンデルの言葉で今回の報告は締めくくられた。







 ¶



 ファンデルは、日も沈みかけ暗くなろうかという頃に家に着いた。

 そしてその足で真っ直ぐにフェノアの部屋へ向かうが、その足は部屋の目の前で止まった。思わずファンデルは眉を寄せる。

 先ほどティアは、飲み物を与える際も急いで部屋から出て行ってしまったし、医師を呼んで部屋に入ってきた時も医師の背中にその右半身を隠していた。それが、今、現在進行形で部屋から聞こえてくる声は楽しそうに談笑するティアとフェノアの声だった。

 ファンデルはティアの性格についてよく知っている。寡黙と言うほどではないが、どちらかと言えば内向的、ましてや初対面の異性とこの数時間でここまで話せるようになる人間ではなかったはずだ。

 ファンデルは混乱気味な頭を軽く振る事で気を取り直すと部屋に入った。


「あ、お父様、おかえりなさい」


 ファンデルが部屋に入ると笑顔のティアが出迎えた。またしても意外なことだ。ファンデルはティアが初対面の同年代の男の子に笑顔を向けているのを初めて見た。

 フェノアはベッドの上にで腰掛けて、ティアはベッドの近くの椅子に座り話しているようだった。


「お医者さんは何と言っていた?」

「もう大丈夫って。普通に生活することも可能だろうって」

「ファンデルさん、色々とありがとうございました」


 フェノアは笑顔でファンデルに軽く頭を下げる。ファンデルはフェノアの顔に浮かぶその笑顔にやや目を見張った。


「いや、構わないさ。君の身体の調子が良くなったのならいいことだ。食事はとったのかね?」

「ええ、ティアさんが先ほど持ってきてくれましたので頂きました」


 ファンデルがベッドの傍らを見ると空になった食器が置いてあった。食器の量を見る限り一人分にしては少し多めの量があったように推測されるが、すべて空になっている。

 医師の言っている通りフェンの体調は問題ないのだろう。


「そうか。それは良かった。すまないが今日のところは部屋でゆっくりと休んでいてくれ。明日、この家と街を案内することにしよう」

「わかりました、ありがとうございます」


 そうして、ファンデルとティアはフェノアの部屋から出た。

 そして、今感じた印象を改めて整理する。その印象は 大人びた利発な少年 というものだ。


 先ほどまで感じた違和感は考え過ぎによるものだったのか。自分が警戒しすぎていただけなのだろうか。


 ファンデルがそのような思考に陥っていると、突如ティアから予想外の言葉をかけられた。


「ねぇ、父様。えっと、もしよかったらなんだけどね、明日のフェン君の案内に私もついていきたいんだけど……」

「ティアが案内にか?」

「う、うん。えと、せっかくだから仲良くなりたいなって思って」


 ティアはややうつむきながら耳を朱く染めて小さな声で言う。ファンデルは初めて見るこのような娘の姿に面食らう。


「ああ、かまわんさ。ティアがいた方がフェノアも安心するだろうしな」

「よかった……、ありがとう、父様」


 ファンデルが承諾の意を返すと、ティアは目を輝かせた。花が開いたような表情には嬉しさがうかがえる。

 この一日でティアがフェノアに心を許したことがうかがえた。






 ¶


「それにしても、凄い街ですね。水の都と呼ばれる理由がわかった気がします」


 ファンデルとフェノアとティア、3人は朝早くから家を出てフェノアに街の案内と色々な案内をしていた。

 そして、現在3人は船で移動中である。それもこの都市、アイツヴェンに水路が張り巡らされているからである。


「ああ、そうだな。この都市、アイツヴェンは海抜が低く、砂州のようなもので囲まれているのだ。そのせいで街中を水路が張り巡らされていてな。そのため私たちは基本的に船や歩きで移動しなければならない」

「えっと、でもね、フェン君。これでも悪いことばっかりじゃなくて、夕暮れ時は凄い綺麗なんだよ。夕焼けの紅い空と水の青がわーってなっちゃうの」


 ファンデルの隣でティアがフェノアに向かってよくわからない「わーっとした」言葉をかける。

 終始リラックスしたムードと空気。ファンデルは昨日フェノアに抱いた漠然とした不安感について忘れかけていた。


「そろそろ昼食時か、案内がてら商店街をまわってから適当な店に入ろう」

「はーい」「わかりました」


 そして、昼食の店に入ろうとしたとき


「イタッ!!」

「おっとっと……ゴメンよ坊や、大丈夫かい?」


 ファンデルが店に入るなり出会い頭に幼い男の子とぶつかった。その衝撃で男の子は尻餅をついてしまう。


「痛いよおじさん!!ちゃんと前見て歩いてよ!!」

「これはファンデル様!!申し訳ありません」


 慌てて子供の後ろにいた父親らしき坊主頭の人間がファンデルに謝りに来る。

 一方ファンデルはその父親の顔を見て


「おや、なんだソルックじゃないか。いや、私が悪かったのだから気にしないでくれ」

「いえいえ、息子がどうやらエネルギーをもてあましているようで……。ほら、お前も謝りなさい」


 そう言ってソルックは幼い息子の頭を無理矢理に押さえつけ謝らせようとするが、その子供は父親のその手から何とか抵抗しようと試み、傍から見ればとても滑稽な姿となった。

 その姿にティアが思わず吹き出してしまう。


「ふふっ」

「何だよ姉ちゃん!!何がおもしろいんだよ!!」

「ごめんなさい、あなたの姿が可愛かったの」


 だが、そのティアの言葉に不満だったのかその子供はすねて頬をふくらまして言葉を発することを拒否した。


「あら、ティアお嬢さんも一緒にいらっしゃったのですか、これはこれは久しぶりですな」

「こんにちは、ソルックさん」


「そして、その後ろに居るお子さんは……?ファンデル様、どなたでしょうか?」

「ああ、その子はフェノ―」

「フェノアと言います。初めまして」


 フェノアはそう言うと深くお辞儀をした。見た目からは10歳そこそこの子供に見えるのにその落ち着き払った行動にソルックは少々面食らった。

 戸惑いの視線をファンデルに向けると、ファンデルは意味ありげに目配せをし、口の形だけでフェノアについて教える。

 例の少年だ、と。

 その言葉ですべてを察したソルックは改めてフェノアのことを見直した。


「へえ、そうか。君があの、フェノ―」

「フェノア?変な名前。女の子みたいじゃん。兄ちゃんホントに男なのか?」


 ソルックが改めて挨拶しようとすると、先ほどから拗ねてむくれていたソルックの子供が再びフェノアに絡み始めた。

 フェノアはその子供に向かって元気よく笑顔を向けて返事をする。


「ああ、そうだ、女の子みたいな名前だけど歴とした男だぞ!?証拠が見たいんなら見せてやろうか?」

「ええ―?じゃああっちに行って見せてよ!!」


 そう言ってフェノアと2人物陰に姿を消す。

 わいわい騒ぐ声を耳にしながらソルックはファンデルに話しかける。


「へぇ……記憶を失っていたと聞いていたものですから、どんな少年かと思いましたが、明るく元気のよい少年のようですな」

「ああ、そのようだな。昨日意識を取り戻したばかりの時はあまり喋らなんだが、今ではすっかりあの様子だ」

「ええ。それに頭も良さそうですし、髪も有色だ。とてつもない魔術でも扱うかもしれませんね」

「ふむ……魔術か……。確かにフェノアにはその才能があるかも知れないな」


 そう言って2人やや厳しめな表情で話すのをティアは混乱気味に見上げていた。

 すると、そこに2人が戻ってくる。


「父ちゃーん、フェン兄ちゃん、ちゃんとした男だったよ!!」

「はは、そうか」

「フェノアなんて女みたいな名前だからついてないかと思ったけどちゃんとついてた!!」

「こらこら、ここは食事屋の前だぞ。そんな話は止めなさい」


 苦笑いを浮かべながら、息子をたしなめるソルック。ファンデル達もそろそろ店に入ろうとしていたが、その時



「それからね、フェン兄ちゃんの、すっごい大きかった!!前風呂で見た父ちゃんのより大きかったよ!!」



 幼い男の子の投じた爆弾は、そこにいる男達全員(無論、ティアには何の話かわかっていない)の表情を固まらせた。

 もっとも、ファンデルはこみ上げてくる笑いをソルックに気取られないようにするために表情が固まった訳なのだが。









 食事後、ファンデル達はある養殖場・・・に来ていた。


「……ここはなんですか?」

「ここはタルケの養殖場だ」


 そう言ってファンデルは辺りを見渡す。ちなみにティアは用事があるとの理由で一足先に帰っているため今はフェノアとファンデルの2人だけである。

 タルケが育てられている区画は床一面に所狭しとタルケが蠢いており、所々で飼育員がえさをバケツからばらまいていた。

 ファンデル達2人はその区画をちょうど見渡すことの出来る見張り台で手すりにもたれかかりながら話をしている。

 フェノアは手すりから身を乗り出し興味深そうに周りを見渡して、ファンデルはそんなフェノアの様子を見ながらフェノアの隣で辺りを眺めていた。


「タルケ?」

「ああ、そうだ。正確にはタルケと他の種類の蜥蜴を交配した種類なのだがな。だが、それでも着火能力は衰えないようだ」

「着火能力……」


 フェノアは淡々とファンデルの言葉を繰り返す。ファンデルはフェノアのその様子を横目でしっかりと見ながら話を続けた。


「この大陸に済む人間はみな精霊の加護を受けておる。その精霊によって出来る能力は様々なのだが、唯一誰も出来ないことがある。それは火を熾すことだ。魔術だけではない。物理的に火が起きないのだ。例えば、火打ち石を用いてみても、木を使って摩擦で火を熾そうとしても、何故か上手に火がつくことはなかった」

「……」


 えさやりが終わったらしい。飼育員達が一斉に引き上げていく。

 フェノアとファンデルは淡々と養殖場の様子を見つめていた。


「だが、あるとき、画期的な発見がなされた。発見者の人間はフィリップ・ホーエンハイム。今から数百年前の話と言われているが、いつ頃の話なのかは定かではないな。彼は森の中で捕まえることの出来る赤い蜥蜴タルケを用いれば火を熾すことが出来ることを発見したのだ。そして、その養殖技術も。まぁ、その養殖技術を確立しなければならない理由や情勢にも色々有ったのだが……」

「……乱獲でタルケの数が減少したのですか?」


 フェノアが抑揚のない言葉でファンデルに尋ねる。ファンデルは回転の速いフェノアの知性に感心しながら疑問に答えた。


「それもある。だが、それよりも世界の情勢がそうさせたというのかも知れないな。ちょうどその頃大戦が起こったのだ。3国間での争い。ホーエンハイムはその敗戦国の人間だったのだよ。そして、降伏の際に莫大な賠償金と供にタルケの養殖技術を戦勝国に伝えたそうだ」

「なるほど……。聡明な方だったのですね」

「ああ、そうなのだろう。とにかく、ホーエンハイムが伝えた養殖技術――多少は改良が加えられているが――によって現在もタルケの養殖が行われているのだ。そして、現在我々はタルケを粉末や塊として着火剤に利用している」

「粉末?」


 養殖場に変化が訪れた。数人の新たな飼育員が大きなスコップを持ってきて手当たり次第にタルケを捕まえて違うケースに移していく。出荷用のケースだ。

 フェノアはいつの間にかファンデルの方に向き直っていた。


「ああ、そうだ。乾燥させた後に、粉末や指先ほどの大きさの塊にして私たちは購入しているのだ。生活の必需品だな」

「そうですか……」


 一つ目の出荷用のケースは満杯になったようだ。タルケを入れるケースが次のケースに変わった。


「それでは、僕もタルケを使った火の熾し方を学ばないといけませんね」


 そう言って笑みを見せるフェノア。だが、ファンデルの話したいことはこれからが本題だった。

 ファンデルはゆっくりと首を振る。


「だが、フェノア。君はその熾し方を学ぶ必要がないかも知れない」

「どういうことですか?」


 首を掲げるフェノア。ファンデルは「続きは外で話そう」といい、見張り台から降りて行ってしまった。

 フェノアは真剣な様子のファンデルに少し疑問をおぼえたが、ひとまずついて行くことにした。



 そして、歩くこと数分。

 2人は何もない公園の広場のようなところについた。沈んできた日が紅く空を染め上げている。

 ファンデルはフェノアをその広場の中央に立たせると、自分は少し離れたところに立ち、向かい合う格好となった。


「精霊の話はしたな?覚えているか?」

「え、ええ。昼食の時に話してくださった話ですよね?有色髪と黒色髪、それから戦闘能のある精霊……」


 やや戸惑いながら答えるフェノアに満足げにうなずくファンデル。


 ファンデルはソルックとの会話後の昼食中に早速フェノアに魔術について説明していた。

 有色髪とは黒髪以外の髪の色で、戦闘能をもつ精霊に祝福を受けている人のことで、黒色髪とは戦闘能を持たない精霊に祝福を受けている人のこと。

 そんなおおざっぱなことを話したのだ。


「そう、その通りだ。その精霊に限っても先ほどの話は一致する。未だかつて炎を操る精霊に祝福された人間は居なかった。だが、フェノア。もしかしたら君はこの大陸初めての人間となるかも知れない」

「……?」

「私がそう思う理由は君の髪の色と瞳の色だ。未だかつてそのような髪の色と瞳の色の人間はいたことがない。そして、赤と言えば炎の色だ」

「そんな、偶々です、きっと」


 フェノアは混乱していた。戸惑いの視線を向けてもファンデルの目は有無を言わさぬ圧倒感があった。


「とにかく、精霊を呼び出してみてもらえるか。安心しろ、食われたりする訳じゃあないんだ」

「……ですが、やり方がわかりません」

「私の言うとおりにしてくれ」


 再び強い眼差しを向けてくるファンデル。ついにフェノアは根負けした。


「まず、目を閉じる。そして落ち着くまで深呼吸してくれ」


 フェノアはファンデルの言葉の通りに従う。



 目を閉じて何度か大きく深呼吸。

 数回深呼吸をしたところで高鳴っていた鼓動が落ち着いてきた。


「そして、集中して心の中をゆっくりと探索するのだ。なにか、自分であって自分以外の者が居ないか――」


 言われたとおりゆっくりと心を集中させ、自らの中を探る。

 余計な思考はせず、余計な物音に耳を貸さない。完璧な集中状態となるべく。

 そのとき、フェノアには何か声が聞こえた。ファンデルの声ではない、何か女性の声。


「声が聞こえてきたら、ゆっくりと返事をする。そうすれば精霊の方から名乗ってくれるはずだ」





『ふふ、初めまして、ね。フェノア君』


 気がつくとフェノアは真っ暗な空間にいた。確かに立っているはずのだが足下もどこかふわふわと覚束ない感触。

 顔を上げると目の前に若い綺麗な女性が居た。

 美しく若い女性。身体は深紅の長い長方形の布を纏わせただけでかなりきわどい格好となっている。


『あなたは……』

『ふ~ん、意外と早かったわね。まだ、そんな状態のあなたに呼ばれるなんてね』


『……?』

『自らの使命も知らず、存在理由もわからない。あなたの頭の中は友の、仲間の復讐という文字で埋め尽くされているのね』


『!?』

『ふふ、安心して。私はいつだってあなたの味方。これからず~っとあなたの力になるわ』


『……ここは、一体……?』

『ここはあなたの心の中。いずれ、またここに来ることがあるはずよ、フェノア君』


 その女性はフェノアに近寄ると額を寄せて目の前に顔を寄せる。女性の美しさにフェノアは息を呑んだ。


『また……?』

『そう。いつか、あなたは必ずここを訪れる。力を求めてね』


『力を……ですか』

『ふふ、今はわからないかもしれないわね。でも、きっとわかる日が来るわ。それじゃあ、またいつか会いましょう』


『あ、ちょっと――』


 言いかけたフェノアの言葉は遮られる。その美女の口づけによって言葉を発しようとしていた口が無理矢理に塞がれたためだ。

 そしてそのままの体勢で優しく囁きかける。

 頭に、脳に、心に直接囁きかけるように。


『私の名前はウェスタ。炎の精霊よ』





「フェノア、どうかしたかね?」


 フェノアははっと周りを見渡す。そこは先ほどまでと変わらない公園の広場であった。

 目の前の少し離れたところにはファンデル。

 フェノアは思わず自分の唇をなぞる。さっきのウェスタと名乗った女性の暖かさの名残が残っている気がした。


「今、精霊が僕に名前を……」

「……なんと言っていた?」

「ウェスタ――炎の精霊――と」

「!?……やはり、か。おめでとう、フェノア」



 半分ほど身を隠した太陽に染められた空。街に張り巡らされている水路の水は紅く染められ、漂う空気もどこか寂しげ。

 市街から聞こえてくる喧噪も2人の周りを飛び交う小鳥のさえずりも今の2人には届かなかった。

 フェノアは先ほどのウェスタとの会話に思いを巡らせて、ファンデルは夕日に紅く染められ一層栄える深紅の髪に目を奪われていた。

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