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4章―ハマる結果、ハマらない事態―

 時は遡る。

 ニーヌの守るヴァサームにストリボーグ軍が攻め込む六年前。

 すべての始まりとなった少年が発見された時。




 この大陸には3つの大国が存在している。

 アナーヒタ

 ストリボーグ

 ガッスルフニン


 過去に大きな大戦もあった。大量の血と大量の喪失、混濁コンタミと呼ばれる民族の大移動。

 現状は朧気で、すぐにでも崩れてしまいそうな不安定な均衡状態の平和にあった。




「すまないな、ファンデル」

「いえ、構いません、ニヌルタ様」


 ファンデル・ニクスはアナーヒタの時の王、ニヌルタ王から招集を受けていた。

 ニヌルタは王座に座りながら落ち着いた表情でファンデルに話をする。


「エイダの話は聞いているだろう?」

「は。何でも原因不明の難病にかかっている、と」


 ファンデルが苦々しげに絞り出した言葉に、ニヌルタもこれまた苦々しげにうなずく。

 エイダというのはエイダ・イドのこと。イド家の当主アラン・イドの妻だが、ここ数ヶ月は体調を崩し静養している。

 その病は未だ快方に向かう兆しもなく、このままでは一年生き延びることが出来るかどうか、という状態である。


「ああ、今はエリアントで静養している。もしこのままエイダが回復しないとなればこの国にとっては大きな損失だ」

「……」

「アランから妻のエイダの看護の為にしばし静養させてくれとの申し出が私の元に届いている。あれだけの功績を残している人間だ、彼奴の願いを受け入れ無いわけにもいかない」

「ですが、ニヌルタ王としましては出来ればアランにはまだまだ働いていただきたい、と」


 ニヌルタはしっかりと頷き答える。


「左様だ。ファンデル・ニクスとアラン・イド。アナーヒタの双璧と称えられる人間のうちの1人だ。そう簡単には失いたくない。そこで、ファンデル。お前に頼みがある」

「何でしょうか?」

「イルサックの花を探してきてほしいのだ」

「……イルサック、ですか」


 イルサックという単語に呆気をとられ、何とか言葉を返したファンデルだったが、ニヌルタは構わずに言葉を続けた。


「『その効能は計り知れず、すべての邪気を振り払い癒す』と謳われるイルサックの花だ。ひょっとしたらエイダに効果があるかも知れない」

「……ですが、イルサックの花は伝承こそ数多くあれど、その明確な所在は私にはわかりません」

「だから、君に頼むのだ。君はいろんな分野に造詣が深いからな」

「買いかぶりすぎです」


 ファンデル・ニクスはアナーヒタ国内でも有数の魔術師で、功績も大きい。

 だが、ファンデルがアランと同等なまでに称えられるのには強さとは別の理由があった。

 それは彼の深く多方面に及ぶ知識と明晰な頭脳だ。

 アラン・イドはその強さから一騎当千の誉を受け、幾多の戦争の勝利に貢献してきた。

 ファンデル・ニクスは強さもさることながら、それよりも確かな知識と多方面に及ぶ知恵で国を支えてきた。

 英智のファンデル・一騎当千のアラン。2人合わせてアナーヒタの双璧と謳われているのだ。

 だが、そのファンデルでもニヌルタのこの命令は無理難題に近かった。

 ファンデルでもイルサックの花のありかは見当も付かない。


「そう暗い顔をするな。陽気なお前には似合わんぞ」

「……申し訳ありません」

「これを使え」


 ニヌルタのその言葉にファンデルは顔を上げると目の前に光り輝く何かが舞っていた。ニヌルタが何かをファンデルに投げ渡したのだ。ファンデルは慌ててそれを受け取る。


「これは……鍵でしょうか?」

「ああ、そうだ。書物庫の鍵だ」


 ニヌルタのこの言葉にファンデルの瞳にやや明るさが戻る。


「悪用は、勘弁してくれよ。お前だから渡すんだ」

「は、かしこまりました」


 ファンデルは慌てて一礼し書物庫へ足を向けた。

 その背中にニヌルタが一言

「ハマる(・・・)結果を期待しているぞ」

「ええ、しっかりとハマらせて(・・・・・)来ましょう」



『ハマる』

 この言葉はファンデルの口癖だ。

 今回の任務はハマらなかった。今日の夕飯はハマっていた。などというようにファンデルはどんな物事にでもこの単語を用いる。

 それを知っているからこそのニヌルタのかけ声でありファンデルの返事だった。






 数日後、ファンデルはある書物に手がかりを見つけ、イルサックの花を求めて旅に出た。

 メンバーはファンデルとその部下から厳選された数人。

 そして、もう1人


「ルード、そんなに急いでも良いことはないぞ」

「……すみません。ですが、これで母上の容態が快方に向かうかも知れないと思うと落ち着くことが出来ませんで」


 イド家の長男、ルード・イドだった。

 ルードは今回の任務の顛末を聞くや否や力になりたいと申し出たのだった。

 本来ファンデルの部隊に属するわけでもなく、また自らが部隊を指揮する立場のルードでもあるのだが、今回の任務が自分の居ないところで行われると言う事実を見過ごすことは出来なかった。


「だが、目的地まではまだまだ数日かかる。今からそんな調子では肝心なときにハマらんぞ」

「……はい、わかりました」


 ファンデルにざっくりと斬られ、ルードはおもちゃを取り上げられた子供のように肩を落とした。


「それにしてもファンデル様、見つけた手がかりってのは一体何だったのです?」


 うなだれるルードを横目で見て少し笑みを零しながら、ファンデルの部下がファンデルに尋ねた。


「ああ、そうか。君らにも詳しく説明してなかったか。それでは説明しよう。おい、ルードちゃんもいつまでもしょぼくれておらんで、おじさんが良いこと教えてあげるからこっちに来なさい」

「……ルードちゃんって」


「詳しくは説明できないから、了承してくれ。その史料は文字がかすれて読めなくなっていた部分が多く、読解できた部分も意味を理解できた点は少ない。だが、丹念に読み進め推測を勧めることで、ある記述を見つけたのだ。イルサックの花ではないかと思われる記述、どんな病もたちまち治す不思議な樹がある、と」

「どんな、病もたちまち治す樹……」


 復唱するルードに向かってファンデルが白い歯をのぞかせて話す。


「ああ、肝心の名前の部分は文字かかすれて読めなかったし、樹と書いてあったから若干気にはなったが、それでも内容からするにイルサックの花ではないかと思っての」

「なるほど……」


 その言葉にゴクリと唾を飲むルード達一行。その瞳には確かな光が宿っている。

 ファンデルは周りを見渡し真剣な様子の部下たちに満足げにうなずくと、急に立ち上がり一度、大きく手をたたく。

 そして、

「さて、まじめな話はこれまで!!皆の者、これからはルードとアイシャ姫の馴れ初め話をみんなで聞きほじるぞ!!」

「え!?ちょっとファンデル様!?」


 混乱するルードをよそに、ファンデルやファンデルの部下たちは急に色めきだったようにルードの周りに群がる。

 ルード・イドと王女アイシャ・ラクスが交際中で婚姻間近であるというのはこの国の兵ならば皆が知っている周知の事実であった。


「おお、さすがファンデル様、わかってますね~」

「ルード、最初の出会いはどうだったんだ?」

「アイシャ姫のことは、なんて呼んでるんで?」

「ちょ、みんな急に群がんないでください!!ファンデル様も何とか言ってくださいよ!!」


 助けを求めるルード。一斉に視線が集中した(一つは救いを求める視線だが)当のファンデルは顎に手をやり意地悪な笑みを向けると一言


「そうだな、私は2人の初夜について根掘り葉掘り聞かせてもらおうかの。特に、ベッドの上での姫さんの可愛い姿なんぞを、の」

「――!?あんた、じゃなかった、ファンデル様!?」




 ファンデル・ニクス、このとき齢42。

 エロ親父っぷりは年相応。


 ちなみに念のために言うがこの国の重要人物である。











 ¶


「いいんですか、こんな軽装備で。重たい装備類は全部置いてきてしまいましたが……」


 馬車に揺られること数日、ファンデル達一行は目的地に到着した。

 そして近郊の都市で装備を調えて出発したのだが、その際にファンデルからの指示は一点。重装備類はすべて置いてくると言うことだった。


「ああ、大丈夫だ。この近辺の森の中に危険な生物は居ない。それよりも森の中で重装備で体力を奪われてしまう方が大事だ。私はともかくルードたちの中には森の歩き方を知らない者が居るからな」

「はぁ……」


 そういってルードはファンデルの足下をまじまじと見つめる。

 歩き始めてから結構な時間が経ったがこの中で最高齢のファンデルには疲労の色は見えない。飄々とした歩き方にも口ぶりにも全く持って疲労は見えなかった。

 ――普段はおちゃらけていても、やるときは


「やるんだな、か?ルード」

「……え?」

「その前の普段はおちゃらけていても、は余計だな。王家の一員になるんなら素直なモノの言い方も憶えても損じゃないと思うぞ、ルード」

「……勝手に人の心を読んで、台詞を盗らないでください」


 笑みを零すルードに笑みを返すファンデル。

 その間に流れる空気は決して不穏なものではなく、優しい穏やかな空気であった。



 ファンデルの言ったとおり、この森の近辺には危険な生物は居なかった。

 野生の獣と遭遇することはあったが、襲いかけられることもなく、そもそも遭遇すること事態がまれであった。

 そして、日が沈もうとした頃、彼らの目に目的のモノが現れた。

 イルサックの花の咲くと思われる大きな木。彼らが伝承上でしかその存在を知らなかったモノが目の前に現れた。



「これが……」

「大き……」

「ここまでのものとはな」


 それは森の奥深く、幾多の道無き道を辿り、幾多の川を越え、幾多の湖を見渡す事の出来る最深部、そこに悠然とそびえ立つ巨大な樹であった。

 下からではその頂点は霞んでみることも出来ない。樹の周囲は回るだけで数十分かかるほどの大樹である。


「皆の者、精霊と融合できる者は融合を、そうでない者も精霊を呼び出し周囲を探ろう」


 ファンデルのその指示で気を取り直したルードたちは各々精霊を呼び出し身体能力の向上を図る。

 融合タイプではなく魔術タイプであるルードは人魚、メリジェーヌを召還し、氷の足場を作り周囲を見渡す足場を作る。

 各々が持てる力でその大木から探ることが出来る何かを探していた。


 だが、現実はそう簡単ではない。ファンデル達は日が沈んでも一つも手がかりを見つけることが出来なかった。

 その次の日も、そしてそのまた次の日も。

 ファンデル達はその樹の周囲で野宿し、手がかりを探し回った。


 ある者は樹に登り、花が咲いていないかを探りに。それでも登れども登れども花が咲いている気配は見えてこなかった。

 ある者は樹の周囲を丹念に探り花びらや木の実が落ちていないか。それでも周囲にそのような者が落ちている気配はなかった。



 そして3日目の夜。

 テントの中で、ついに1人の隊員が弱音を吐いた。


「こんだけ探しても見つからないんだ、やっぱりイルサックの花なんて伝説上のものなのかも知れないな」

「――!?ふざけるな!!諦めるって言うのか!!」


 ルードは激高した。ここで諦めることそれはすなわち――


「ここで諦めれば、母様は助からないかも知れないんだぞ!!」

「そりゃあそうなんだが、よ。だが、俺たちがこれだけくまなく探してるんだ。ホントにそんなものがあるんならそろそろ手がかりの一つでも見つかっても良いはずだろ?」

「だからといって、諦めるのか!!それでもあなたたち、勇名高いファンデル様の部下なのか!!」

「……」

「だが、ルード。そろそろ刻限が迫っているのも事実なのだよ」

「ファンデル様!?」


 平静を乱すルードに向かってファンデルは言った。諭すように、自らに言い聞かせるように。


「食料が切れかかっているのだ。さすがにここまで野宿が続くとは思っていなかったのでな」

「食べ物、など食べなければ済む話で――」

「では、タルケの粉末が切れかかっているのはどうする?」

「――!?」


 ファンデルは一つ、大きなため息をつく。


「タルケが無くては火をおこす事が出来ない。このような森の中でタルケを失ってしまうということは即生命の危機につながるだろう?」

「……」


「たとえば、誰かがタルケを取りに町に戻るとしよう。だが、それでも取りに行ってここまで戻るのに2日はかかってしまう。もう我々には夜を満足に越せる分のタルケは残されていないのだ。取りに戻ることは出来ない」


 皆、言葉を失っていた。


「では、全員で一度戻って再び出直すとしようか?だが、自分でいうのも恐縮だが我々の部隊はこういった任務ではアナーヒタでも随一の功績を残している。特に、自然の探索関係においては、だ。その我々が見つけられなかったここに私以外の誰かが来たとして見つける可能性はかなり低いだろう」

「……」


「捜索はこれで打ち切りとしよう。私としても残念だが、任務は失敗――」

「待ってください!!」


 それでもルードは諦めることが出来なかった。

 ルード・イド。齢24。

 決して幼いとは言えない年齢で、分別も十分に携えている人間だ。

 そう簡単に諦める事など出来なかった。母の命がかかっているからではない。彼はすべての物事においてこうなのだ。



「何だ、ルード」

「何か、方法があるはずです、何か、方法が!!」

「ルード、いい加減にしろ」


 そう言ってルードを制止にかかる隊員達であったが、ルードの目に思わず怯んだ。ファンデルもルードの目をじっと見つめ次の言葉を待っている。


「ここで諦めるってことが何を意味するかわかるんですか?もしここでイルサックの花を見つけることが出来れば、もし万病に効く伝説の花が存在することがわかれば、もうこれから無益な国民の死を見ることはなくなる!!私の母だってそうだ。エイダ・イドと言えばファンデル様ほどではないにせよ、その勇名はストリボーグやガッスルフニンにも伝わっている!!そのような人を失ってしまうことはこの国にとっても大きな損失だ!!もっと、もっと何か出来ることがあるはずじゃないのか!?こんな目の前にしてあなたたちは諦めるっていうのか!?クソッタレ……」

「……」


 一様に言葉を失っていた。静寂の中に時折聞こえてくるのはルードのしゃくり上げる声。

 若いながらも勇猛果敢な兵として名を馳せているルード・イドの熱い思いに直に触れ、二の句が継げなくなっていた。


「ファンデル様、こういうのはどうでしょう?」


 そこに、唐突にある兵の声が響いた。

 先ほどから黙って会話の行く末を見守っていた長身の屈強な兵だ。


「何だ?」

「明朝真っ直ぐに帰るのではなく、周辺の遺跡に向かうのです。遺跡には野生のタルケが数多く自生しているといいます。そこで野生のタルケを捕まえられれば、今一度捜索を続けることができます」


 ファンデルに向かって意見を述べる兵とその意見を受け止めるファンデル。ルードは2人のやりとりを固唾をのんで見守った。


「それは、逃げだな。そのような見つかればいいかも知れない、と言った意見では見つかるものも見つからないだろう。どうせなら、賭に出ようじゃないか。出発は明朝だが、出発するのは半数だけ。どうせ全員で行ったところで半分の人数で行くのと捜索できる範囲はあまり変わらない。それなら思い切って残りの半数はこの樹の周辺で引き続き捜索に当たってくれ」

「――!?それは、つまり……?」


 ルードが震える声でファンデルに真意を問う。


「探しに行った半数がタルケを見つけることが出来なければその時点で我々は路頭にさまようことになる。火無しでこの森を抜けることなど到底不可能だ。つまり、明日我々がタルケを見つけることが出来なければ我々はお陀仏だ。だが、我々ならば必ず昼までに遺跡を探し当て、野生のタルケを捕まえることが出来るはずだ。そうすればまた数日この辺りを捜索することが出来る。それで、良いか?」


 ファンデルのその意見に皆が雄叫びで返答した。

 全員が一致団結して見つけてみせるという強い意志を見せる。ファンデルは満足げにうなずくと、ルードが未だ涙混じりの眼でファンデルに感謝を述べた。


「ファンデル様、ありがとうございます」

「気にするな。お前の為じゃない。私とてエイダとは何度も任務や戦をともにしたことがある。このまま任務を終えてしまうのは私としても寝付きが悪いからな」


 ファンデルは目を細めながら淡々と答える


「ふふっ」

「ん?どうかしたか?」

「いえ、先ほどのファンデル様の口ぶりが私の父、アラン・イドに似ていたもので少し楽しくなってしまいまして」

「ふっ……アランと似ている、か。まぁ悪い気はしないな」

「あ、ちょっとファンデル様!?」


 ファンデルは笑顔を見せるルードに背中を向けるとテントの外へと1人向かった。

 そして、ファンデル達を悩ませる大木を見上げる。


「それにしても、ルード・イド、か。まだまだひよっこかと思っていたが、十分に育っているのだな。先ほどの口調なんかあんたとそっくりだったぞ、ニヌルタよ。アイシャを女王にするのも良いが、ルードに王位を継がせるのも悪くないとは思うが、な」


 そう、独り言を零すと、ファンデルは一つのびをして、テントの中へ戻った。

 テントの中で今にも始まらんとしているどんちゃん騒ぎに加わろうとするために。






「……宴会始めようと思ったんだが、そう言えば食料無くなりそうなんだったな」

「……仕方ない、水にしよう。こんだけ気分が高けりゃ水でも酔えるさ」

「……あ、てかファンデル様顔真っ赤だぜ?」

「かぁ~、一体何に酔ったっていうんだろうな、あのおっさん」




 ファンデル・ニクス。念のためもう一度言うがこの国の重(略













 明朝、ファンデルやルード、そして昨日ファンデルに意見を述べた長身の兵がタルケを探しに、他の隊員達は引き続き樹木の周辺の捜索に当たることにした。



「ラディックス、1人だけ先に町に帰るなよ~!!」

「お前じゃないんだ、誰がそんなことするか!!」


 そんな掛け合いをテントの前でしながら出発したファンデル一行。

 遺跡を探索する道中、ルードが巨大な体躯を器用に操り森の中を歩き続けるラディックスに話しかけた。


「ラディックスさん、昨日は助け舟を出していただきありがとうございます」

「ん?何だ、ルードか。気にするな、お前のためにしたわけじゃないさ」

「ですが、私には野生のタルケが多く生活している場所など存じ上げませんでしたので」

「ああ、そうか。だが、俺だってファンデル様の部隊にいなければこんな事知らなかったさ。だが、ファンデル様はこういった知識じゃピカイチだからな。自然と部下の俺たちも知識が深くなるってもんよ」

「なるほど……」


 そう言ってルードは前を歩くファンデルの背中を見つめた(正確にはルードの前を歩くラディックスの巨体でファンデルの身体は全く見えないのだが)

 いつもはふざけているファンデル様。その内面にもう少し触れてみたくなった。


「イテッ!!」


 ボーッと考えていると目の前を歩く、ラディックスの背中に衝突した。そのあまりの衝撃に思わず尻餅をつきそうになる。


「イテテ……、急に立ち止まってどうかなさったのですか?」


 ラディックスへ向けた疑問の返答はさらにその前を歩くファンデルから帰ってきた。


「ルード、この川の水脈がどこまで続いているか探ってくれるか?」

「水脈、ですか?」


 そう言ってルードはファンデルの横に並ぶと、その目の前には確かに川が流れていた。


「ああ、そうだ。我々の探す遺跡と言うものは何故かこういった川、特に湖の側にあることが多いのだ。それを君に探ってもらいたいのだ」

「――!!わかりました、今すぐに!!」


 そう言ってルードは深呼吸し精霊を呼び出した。


 銀色の髪と銀色の鱗。透き通って見える魚の下半身は蛇のようにも感じられる。

 ルードの従える精霊、人魚メリジェーヌだ。


 そして、そのメリジェーヌはルードの身体の中に透けて同化したように見えなくなると、辺り一面の空気中の水分が凝結し、ダイヤモンドダストのように光を乱反射させ始めた。

 この神秘的な光景に思わずラディックスはファンデルに尋ねる。


「ファンデル様、一体これは……?」

「細かな事は私にもわからんさ。だが、ルードは水分の位置を操るのにきわめて優れていると聞く。温度や運動エネルギーを一緒に操作する魔術はアランやイド家の最高傑作と呼ばれる長女フレイヤに劣るが、その位置感覚はルードがずば抜けているそうだ」

「なるほど……」


 そして、しばし待つと先ほどまで空中を舞っていた細かな水分達は一斉に消え、ルードが花開いたように声を上げた。


「ファンデル様、この川を南方向へに参りましょう。歩けば湖があるはずです。この川の周囲を探索しましたが見つかった湖はその一つだけでした」

「よし、それでは行こう。よくやった、ルードよ」


 ファンデル達一行はルードの示した方向へ急いだ。








 そして、日も暮れようかという頃。

 樹の周りで探索を続けていた隊員達はいっこうに進展の見られない探索と、帰る気配のないファンデル達いっこうに焦りを覚えてきた。

 そして、諦めようかというそのとき。


「みなさーん、やりましたーー!!タルケ、捕まえましたーー!!」


 ルードの声が響き渡った。


 あるものはもうダメかと思った、と言い、あるものはファンデル様達ならきっとやってくれると思った、と言う。

 とにもかくにも、彼らはイルサックの花を探すと言う任務に新たな時間的余裕を生むことが出来た。

 そして、この事実は今だ手がかりを見つけられない任務本来の目的に対しての自信を生む。

 ここに来て事態は好転し始めたのだ。



 それから数日間探し続けたある日、事態に進展が見られた。

 それは時折強い風が吹く日。

 大きな風によって揺られたその大木から花びらが数枚落ちてきたのだ。


「ファンデル様、これを見てください!!」

「と、ルードか。その手に持つそれは……、もしやイルサックの花びら!?」

「ええ!!強風が吹いているおかげでたまたま落ちてきたのです!!」

「なんと!!」


 それからのファンデルの行動は素早かった。周囲を探索していた部下たちに集合をかけると、一斉に地面の捜索に当たらせる。

 そして、一時間ほど経った頃。

 ラディックスがついに目的の花を見つけた。

 それは小さく鮮やかな白い花。

 儚げながらも凛とした鮮やかさを持つその花に皆が見惚れた。

 そして、これでこの任務は無事に終わるのだと皆が思った。




 だが、事件は起こった。

 帰り道。一行は長期の任務の疲労もあり、また、日がすっかりと暮れてしまったこともあり、途中で一泊野宿しなければならなくなった。


「ファンデル様。せっかくですからあの遺跡に向かいませんか?私としてももう一度行ってみたいのですが」

「ふむ、遺跡にか?だが、あそこは少し帰りのルートからは外れるが……」

「良いじゃないですか、ルードの言うとおりあそこによってみましょうや。俺もあそこにもう一回改めて寄ってみたいんですよ」

「なんだ、ラディックスもか?まぁ、そうまで言うなら行かない理由もないし行くとするか。これも何かの縁かも知れないしな」




 ファンデルはラディックスにまで遺跡に向かうことを進言され、やや面食らったが、結局遺跡へと向かうことにした。

 そして、歩くこと数十分。一行は遺跡を見渡すことの出来る丘に着いた。


「何日か前にここでタルケを捕まえたときも思ったんですがね、なんつーか綺麗っすね。荘厳とでも言いましょうか」


 ラディックスがファンデルに向かって言葉をかけた。

 木々の緑に囲まれた、中心には透き通る池。

 その周りにはかつて古代の人が住んでいたのだろう家の跡が残っている。


「ああ、荘厳だな。かつての古代人が住んでいたと言われているが定かではない。一体いつ、誰が作ったものなのだろうな」


 ファンデルとラディックスは少し改めて遺跡を観察することにした。

 ルードや他の隊員達は慌ただしくテントの設営などの準備をしている。


「へ~、それにしても随分頑丈な作りしてるんですね、この家」

「ああ、そうだな。確かに、古代人が住んでいたと考えると相当頑丈な作り――」


 ファンデルがそうやって何気なくラディックスと会話をしていると、突如、静かな遺跡中に響き渡る大声がした。



「ファンデル様!!!!」

「ルード、そんな大声をあげていったい……?」


 慌てて駆け寄ったファンデルとラディックスだったが、そこで2人一様に目を見開くこととなった。ルードのそばに真紅の髪の毛の少年が倒れていたのだ。


「ルード、なんだそのガキは!?」

「わかりません……ですが、ここに倒れていたのです。脈をとりましたが安定していますし、目立った外傷もないので気絶しているのか、と」


 ラディックスの困惑気味の言葉に困惑気味に返すルード。ルードの大声に集まってきた隊員達も皆驚愕の表情を浮かべている。


「なぜこんなところに子供が……?」

「わかりません……。この遺跡で暮らしていたのでしょうか」

「まさか、そんなはずはないだろう。それに先ほどはここに人の気配などしなかったのだぞ」

「ああ、すいません。そうですが、しかし……」


 ルードは困惑していた。ファンデルの表情にも困惑の色が浮かんでいた。このような何もない場所で人間の少年が見つかったのだ。

 彼らの頭の中は疑問符で埋め尽くされていた。

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