3章―木偶の坊―
俺達が目的地に到着したのは太陽が頂点にさしかかる直前の頃だった。
来る途中にワーウルフの群れに襲われた事を考えると早かった方だろう。
俺は近くの兵に様子を尋ねた。
「おい、状況はどんな感じなんだ?」
「はっ、フェノア様!わざわざ援軍にいらして――」
「いいから、質問に答えてくれるかしら?」
要領を得ない返答をする兵にフレイヤ様が横槍を入れた。
いつもなかなか見せないフレイヤ様の真剣な表情に目の前の兵はあからさまに動揺していた。
「も、申し訳ありません!!ストリボーグ軍はおおよそ我々の2倍強の2000人程度。ニーヌ様が中心となって応戦しておりますが、状況は五分五分といったところです」
「2000!?」
思わず大声になってしまった。
「2倍強って……よく持ちこたえられたな」
「現在、我が軍勢で負傷者・死亡者を除いた戦闘可能者は400あまり。対するストリボーグ軍ですが現在は数を減らし1000程度と推察されます」
「ありがとう、行っていいわよ」
「は、はい!」
俺が言葉を失っていると、フレイヤ様がその兵に指示を出した。
フレイヤ様に笑顔を向けられた兵は鼻の下を伸ばして、張り切ってこの場を離れた。
俺は気を取り直し、フレイヤ様に話しかける。
「フレイヤ様、どうしましょうか?」
「そうね、私は部下を引き連れて南側の応戦に当たるわ。あなたはニーヌの居る東側に行って援護に向かってもらえる?」
「は、かしこまりました」
俺は返事をして歩き出そうとしたがフレイヤ様に引き留められた。
そして、
「あ、待って。この戦が終わったら手伝ってくれた御礼してあげるから、待っててね」
と言うと、フレイヤ様は片目をつぶり笑顔で行ってしまった。
俺は軽く頭を振り森へ向かった。
フレイヤ様にあんな事をされるといくら何でも動揺してしまう。男なら、な。
俺は川沿いを走り、ニーヌのもとへと急いだ。
どうやら強兵を誇る相手に互角の戦いを繰り広げているようだ。
得意げに笑みを浮かべるニーヌの顔が目に浮かぶ。
――あんたとは出来が違うのよ
ニーヌの幻影を頭を左右に大きく振って頭の中から消し去る。
なんでこんなところで不快な気分にならなきゃいけないんだ。
俺は川に視線を向ける。
対岸を渡るには苦労と努力を強いられそうな大きな川。その川を所狭しと戦死した兵たちの死体が浮かんでいた。
このとき、俺の頭の中に何かが引っかかった。
ささくれのような朧気な何か。
だが、俺は違和感の正体を突き止めるには至らなかった。
強風で群青色の髪をなびかせる少女。ニーヌがの姿が視界に入ったためだ。
「ニーヌ!!」
「……フェン」
ニーヌは駆け寄る俺にまるで関心を見せずに短く言葉を返してくる。
「つれない態度だな、せっかく助けに来てやったってのに」
「あんたに来てくれなんて頼んだ記憶はないけど。それに、私1人でも何とかなったわよ」
「その点に関しちゃ否定はしないけどよ」
「……」
俺はどこか違和感を覚えた。
いつもと同じような冷たい言葉に素っ気ない態度。それでも今のニーヌは様子が変だ。
俺はニーヌの方を盗み見る。
整った顔に勝ち気な目、それでもいつもより血色は悪い。肩も大きく上下し全身で呼吸している。
大きな傷はなさそうだが、少なからず出血しているのだろう。
俺は感じた違和感に合点がいき、ポケットの中をまさぐった。
「ニーヌ、これを飲め」
「……え?」
「薬だ。気休め程度にはなるだろ。安心しろ、俺が調合したんじゃなくちゃんと城の薬師の特別製だ」
「……ありがと」
「気にすんな」
俺は辺りの様子を観察した。
辺りではニーヌの部下達が慌ただしく負傷兵達を運んでおり、敵兵の気配はしない。
「この辺の敵はもう片付けたのか?」
「ええ、とりあえずはね。ストリボーグ兵、異常に多いからきっとまた現れるわよ。それよりフェン、ここをお願いしても大丈夫?」
「は?」
「いや、南側の部隊が気になるから私はそっちに向かおうかと」
「ああ、そっちなら大丈夫だろ。フレイヤ様がそっちに向かってるはずだ」
「……そう」
少し暗い表情を浮かべるニーヌを無視して俺は言葉を続けた。
「ああ、それにフレイヤ様の部下たちも向かってるから大丈夫だろう。……それにしても、よく持ちこたえられたな。相手の数、倍以上なんだろ?」
「そうね。負けるわけにはいかないから。それに何でかわからないけど相手の兵のレベル、そんなに高くなかったのよね」
「相手が、弱かった?」
「ええ。正直に言って、ろくに部下達の訓練も出来てない状態だったから不安だったのだけど、そんな不安必要なかったみたい」
ニーヌは弱々しげに笑みを浮かべながらそう言った。顔色は多少マシになっている。どうやら薬の効果があったらしい。
俺はもうしばらく談笑していたい気分でもあったのだがそうはいかないらしい。
「なぁ、気付いたか?」
「ええ、そうね。いい加減諦めてくれると良いんだけど」
「ふん、そうもいかないだろ」
俺はニーヌにそう言葉をかけると腰元の剣――普通、剣は背中のホルダーにしまうのだが俺は腰の方が落ち着く――を抜いた。
そして、周りをゆっくりと見渡す。敵兵の姿はおおよそ6人。
俺はニーヌと背中合わせになり裏をとられないようにする。
「あんたでも半分ぐらいはちゃんと倒してよね」
「へーへー」
気のない返事を返し、俺は目の前の敵に集中する。
足下の石を蹴り上げて、相手を威嚇し、体勢を崩させる。
そして、近くに飛び込みまず一閃。兵はゆっくりと倒れていった。
直後、背後から殺気を感じたのでいったん距離を置く。
他の兵が俺に向かって剣を出鱈目に振りかざしていた。だが、鎧からのぞく顔は恐怖でゆがんでいる。
俺はその好機を逃さないように敵の近くに飛び込むと一気に2人の首を斬り落とした。
「ふぅ」
俺は軽くため息をつくと後ろを振り返りニーヌの状況を確認するが、とうに戦闘を終わっていたようだ。
俺の方を観察しているニーヌの足下には敵兵の骸が3体転がっている。
「へぇ、やるじゃない」
「……まぁな。だが――」
――それにしても手応えがないな
川の中を異常なほど流れていた敵兵の死体。
ストリボーグ軍が数の割に本気で攻めてきている気配が感じられない――敵兵のレベルからしても明らかだ――という点。
些か不可思議だった。
「だが、何?」
聞き返したニーヌに少し感じた懸念を言おうとした。でも、考え過ぎかも知れない。
「……いや、何でもない。とりあえず、この辺りはだいたい片付け――!?」
心の芯を震わすような、金切り声。
この世のものとは思えない鳴き声で俺の言葉は途中で遮られた。
「何っ!?今の声!?」
「わからん。とりあえず、そっちへ向かおう!!」
俺たちは鳴き声を頼りに声のする方へ向かった。
そこで俺たちが目にしたものは文字通りの化け物だった。
一見すると人。
だが、成人の男数人分はあろうかというずんぐりした巨体と体中に纏わり付かせた海草のような水草。
巨大な金切り声を発しながら、巨体に似合わない素早い動作で傍若無人に暴れ回っていた。
辺りにいた兵達は驚き、逃げ戸惑っている。
――隊列も何もあったもんじゃないな……
ニーヌが近くに居た兵に状況を尋ねる。
「一体何があったの!!?」
「ニーヌ様!!あのバケモノが急に現れて我々の部隊に攻撃を仕掛けてきまして……」
そのとき兵の声をかき消すかのように再び巨大な金切り声が聞こえてきた。
そして、突然目の前の怪物がこちらに向かって飛びかかってくる。
俺は慌てて二人を怪獣のそばから突き飛ばした。
代わりに俺が危険な状況になったが俺はその攻撃から身をかわす。
スピードには自身がある。
「あ、ありがと……」
「礼なら後でいい。それより今はこいつを何とかしなきゃいけないな」
「そうね。あなた、離れてて良いわよ。動ける人は負傷者を運んで一旦退避して!!」
ニーヌは指示を飛ばし、俺の方に向き直って改めて尋ねた。
「フェン、このバケモノを知ってるの?」
「ああ。ドラウグとかって名前だったかな。見るのははじめてだがな」
俺は知っている知識を話す。
直後、ドラウグは俺めがけて攻撃してきた。どうやら俺をターゲットとして認定したらしい。
俺は剣を取り、振るう。
横に一閃。
だがその斬撃はドラウグには届かず、空を斬る。
俺が渾身の一撃を避けられて体勢を崩しているとドラウグは俺に向かって飛びかかってきた。口を大きく開き、中からは凶暴な牙を見せる。
俺は慌てて近くの大きな木を蹴り、その勢いで間一髪攻撃を避ける。
俺が攻撃を避けたことでドラウグは俺の背後に生えていた木に衝突し、その木に噛み付く格好となった。
「へへ、自慢の牙もさすがにそんな太い木には負けて折れちまったか――ってマジかよ!?」
ドラウグはその木を牙でへし折り、折られた木は大きな音を立てて倒れる。
そして折れた木をドラウグは持ち上げると振り回し始めた。
「ちょっと!!ただでさえでっかい化け物なのに武器まであげないでよ!!」
「おまっ!?俺のせいか、これ?」
ドラウグは俺とニーヌに向かって滅茶苦茶に大きな木を振り回す。
俺たちが居る辺りは木が生い茂る林の筈だったのだが、ドラウグの攻撃で辺りの木は全て薙ぎ倒されて随分と見晴らしがよくなってしまった。
俺が必死になってドラウグの振り回す木を避けていると、ニーヌが思い立ったようにドラウグに向かって走っていった。
「バカ、危ねぇって!!」
当然ドラウグもニーヌの攻撃に気付き、思いっきりその木を振る。
そして、木がニーヌに当たろうかというとき、俺は思わず最悪の結末を予想し手で顔を覆いたくなった。
だが、覚悟した最悪の結末は訪れない。
ニーヌはドラウグの持つ大木を剣で一刀両断したのだ。
「……木は、剣で切れるモノなのよ、でくの坊」
俺のことをでくの坊と言ったのではないかと俺が不安に陥っている間も、ニーヌは攻撃の手を休めずドラウグに向かって距離を詰めた。
そして、目にも止まらぬ早さで斬りかかる。
ドラウグが一際大きい例の金切り声を上げると同時、空中にドラウグの両腕が舞った。
ニーヌがドラウグの両腕を切り落とすことに成功したのだ。
「よっしゃ!!」
「ふぅ……これで状況もマシになったでしょ」
片膝をつき、剣を支えに立ち上がろうとするニーヌ。
俺はニーヌのそばに駆け寄り手を貸す。
そのとき、俺はある光景が視界に入りニーヌをその場から突き飛ばした。
ドラウグはが斬り飛ばしたはずの両腕で近くに落ちていた木を持ち俺たちの方に振り下ろしていたのだ。
「ちょっと、何すんのよ!!」
突き飛ばされたニーヌは俺に不満の声を上げかかるが、状況を把握するとすぐに俺の手助けにドラウグの腕に再び素早く斬りかかる。
再び、ドラウグの腕が宙を舞った。俺はさっきまで足と剣の腹で受け止めていた木を蹴り払うとしっかりとドラウグの様子を見た。
そして、今度はしっかりと目に入った。腕を切り落とされたドラウグがすぐに新たな腕を生やすところを。
「クソッタレ……馬鹿力に加えて斬っても新しい腕を生やすってか」
俺とニーヌは再び剣で応戦した。
ドラウグの力ずくでの攻撃を何とかしのぎながら、時折見せる隙を見計らってドラウグに斬りかかる。
それでも相手の傷はすぐにふさがり、切り落とした腕や足はすぐに新しいものへと変化する。
五分五分のように思えるがどちらに分があるかは明白だろう。
斬られても意味のないドラウグと相手の攻撃を避けるしか出来ない俺とニーヌ。消耗戦になったら敗勢となるのは明らかだ。
「危ない!!」
俺が頭の中で現状を分析していると、ニーヌの声で意識を引き戻された。
そして、俺はドラウグの前蹴りで吹き飛ばされ、背中をしたたかに地面に打ち付けた。
「っぁぁ!!」
俺が声にならない声を出し苦悶の表情を浮かべると、ニーヌが近くによってくる。
「バッカ、油断しないでよ。大丈夫?」
「……バカヤロ、俺はおまえみたいに剣術に長けてないんだから仕方ないだろ」
「ふん、口答えする余裕があるなら大丈夫ね」
俺は痛む身体を無視して何とか立ち上がると、ニーヌに声をかけた。
「……まぁいい。とりあえず、一旦あいつと距離を置こうぜ。このままじゃ消耗戦だ」
「わかった」
俺達は再び強風で砂埃が舞ったのを契機に一旦相手と離れた。
「それで、どうするつもり?」
「簡潔に言うぞ。ドラウグの倒し方は首を切り落としてその切り口を焼くしかない」
「倒し方知ってるんなら早く言ってよね」
息も絶え絶えにニーヌが言う。俺はお互いの身体に大きな出血がないことに安堵しながら返答した。
「うるせえ。さっきの衝撃で思い出したんだ。それで、だ」
「私がやるわ」
ニーヌは淡々と言葉を発した。
「ここは私の街だから、私が守るわ。それに、どうせあんたの剣もうダメなんでしょ?」
「……気付いてたのか」
「当然。どうせ、さっき木を受け止めたときでしょ?どうして剣の腹で受け止めるかしらね」
ニーヌが少し笑いながら言う。
だが、その笑顔には疲労の色が濃くにじみ出ており、余裕はなさそうだった。
「いいから、行くぞ。怪我でしんどいだろうけど頼むぞ」
「ふん、あたしに指図なんて十年早いわよ」
俺たちは再びドラウグへと向かっていった。俺たちの姿を隠していた砂埃もとっくにやみ、ドラウグも俺たちの方へ向かってきている。
俺は意識を集中し精霊を呼び出した。
体に深紅の布をまとわせる妖艶な若い女の精霊。
ウェスタと言う炎の精霊だ。
「ニーヌ!!俺が炎と剣であいつの両手をふさぐからその隙を突いて首を切り落としてくれ」
ウェスタはその姿を俺の体内に隠すと、俺と意識を同調させた。
そして、俺の意のままにドラウグのいる場所に炎柱ができる。
急に灼熱の中に身を置かれることになったドラウグは巨大な金切り声を上げ、転がり回る。
それを好機とした俺はドラウグが立ち上がった瞬間を狙い澄ましその右腕を切り落としにかかる。
俺の気配を察知したドラウグも強引に足を振り上げて、俺に向かって蹴りを入れる。
俺はその蹴りを無防備な体勢のままに受けるが、その攻撃の威力は格段に落ちていた。
俺は衝撃を歯を食いしばってこらえると、右腕を切り落とす事に成功する。
直後、ドラウグが絶叫をあげる。悲鳴。
俺は頭がおかしくなりそうだったが、何とか意識を集中し再び魔術を起こす。
今度はドラウグの居る近辺にこぶし大の無数の炎の玉を作りドラウグに舞い当てる。
そして、同時にドラウグの左腕をも切りかかる。
もっともドラウグも体制を取り直し、ふらつきながらも俺に向かって体当たりを仕掛けてきた。
俺は相手の体当たりを再び甘んじて受けながらも左腕を斬り落とした。
俺はドラウグの体当たりで吹っ飛び、背中をしたたかに打ち付ける。右手にもつ剣を確認すると、先ほどの一閃でこの剣は折れてしまっていた。
この状態ではもう俺は満足に戦えないかも知れない。俺はそんな思考に陥りながらも、ドラウグも前屈みになり、ふらふらとよろけている姿を確認した。
両腕は失われ切り口も焼けているためすぐには新しい腕は生えてこないはずだ。
――チャンスだ。
姿を隠し好機をうかがっているはずのニーヌにむかって大声を張り上げる。
「ニーヌ、今だ!!」
俺の言葉よりも先にニーヌは木陰からその姿を現し、ドラウグに向かって飛び込んでいた。
トドメをさそうと、その首を切り落としに両腕を渾身の力で振り下ろす。
その両腕にもった大剣は見事にドラウグの首を切り落とし、地面にはドラウグの頭がおちて勝負は決まる、はずだった。
だが、地面にたたきつけられたのはニーヌの身体だった。
相変わらずの強風で砂埃が舞う中その巨体が姿を露わにする。
「な……もう一匹居たのかよ!?」
ニーヌを地面にたたきつけたのは2匹目のドラウグだった。
ニーヌを容赦なく地面にたたきつけた後、その拳を振り上げニーヌにとどめを刺そうとしている
「ニーヌ!!?」
俺は痛む身体を無視して慌ててニーヌに駆け寄り、体を抱えると、ドラウグから距離を置く。
ニーヌは返事をする気配はない。
だが様子を詳しく調べる間もなく後ろから再び殺気を感じた。
慌てて振り返る。
そこに見えた光景は、
「ウソだろ……」
先ほど両腕を切り落としたはずのドラウグには新たな両腕が生え、2匹目のドラウグとともにこちらに向かって飛びかかって来るところだった。
――なぁ、レックス。
――俺は、許せないんだ。この世界の在り方が。俺たちを無視して回り続けるこの世界が、だ
導入部分はこれで終わりです。あほみたいに人物が出てきてチンプンカンプンだったと思いますが、次からちゃんとストーリーを追っていきますのでご勘弁を。ちなみに登場人物の増加のペースも落ち着くのでそちらの方もご容赦ください。
(追記)修正かけると同時に一部会話の内容を変更しました。重大なミスというか何というか、性格面で少々考えにくい発言がみられましたので。何のことかわからないと言う方はそのまま気にせずにいてください。