プロローグ
この話はフィクションです。多数の宗教観、神々の名前が出てきますが現実世界のそれとは名前を同じくするだけで一切異なるものとお考えください。
少女は森の中で震えていた。
彼女の緑色の瞳には恐怖の色が浮かんでいる。
愛する家族は既に殺されてしまっている。
青い瞳をした人たちが少女たちの集落を襲撃してきたのだ。
その襲撃から逃れ生き残ることができた人たちともに今は身を隠している。
隠れてからもうすでに二週間。それでも町の方から時折聞こえてくる悲鳴や銃声はやむ気配がなかった。
先ほど青年が食料をとってきてくれた。
ウサギ一匹と毛虫のような得体の知れない虫、そしてよくわからない植物。
それでも貴重な食料だからと言ってみんなで分け合って食べた。
当然火をおこすわけにはいかない。煙でどこにいるかがばれてしまうかもしれないからだ。
動物は生肉で食べたし、得体の知れない虫だって火を通すなんて事はできなかったから動いているまま口にした。
少女は恋しかった。
家で当たり前のように食べていた、食料を。
お母さんが作ってくれたシチューを。お父さんがつってきてくれた魚を。
そんな当たり前の食事がしたかった。
それでも、もう、そんなことはできない。
料理を作ってくれるお母さんも、食料をとってきてくれるお父さんも、帰るべき家も、全部失くしてしまった。
――ガサッ
草むらから音が聞こえた。
少女たちは一斉に動きを止める。
もしや、敵だろうか。
茶色だろうか。それならまだマシかもしれない。
青色だったら、最悪だ。
だが、こういう時の予想は得てして最悪のものが当たってしまう。
「居たぞ!!ここに隠れてる!!」
姿を見せたのは青色の瞳をした若い男性だった。その手には銃。
少女たちは慌てて散り散りになって逃げる。
銃声と悲鳴を背中越しに聞きながら逃げた。
少女は走った。必死に、必死に。
見つかれば殺されてしまう。
どれくらい走っただろう。
周りには声もしなくなった。青色の瞳の人たちは周りに居なかったけれど、少女と同じ緑色の瞳をした人たちも居なくなってしまった。
みんな逃げ切れたのだろうか。それとも捕まってしまったのだろうか。
たった1人になってしまった。
少女は木の根に足を取られて躓いてしまった。
前のめりに転んで、膝からは血が出てしまった。
少女には立ち上がる気力もなく、うつぶせのまま地面に横たわった。
そして自然と目が熱くなる。
――私が一体何をしたというのだろう。私たちはおとなしく暮らしていただけなのに。どうして銃を持った人間たちに追い回されなければならないのだろう。
――何でこんなことになってしまったの?
零れてくる涙が止まらなかった。
うつぶせに倒れている少女の目に足が見えた。
少女を見下ろしているのだろう。
――もうイヤだ。いっそのこと殺して欲しい。
少女は最期を覚悟し、目をつぶる。
だが、覚悟した衝撃はいつまで待ってもおとずれない。
それどころか少女にかけられた言葉は男の子の優しい声色だった。
「大丈夫?」
「……え?」
少女は声の主を見上げる。
逆光で瞳の色は確認できない。でも、髪の色は今まで見たこともない色だった。
「安心して、きっとエホバ様が助けてくれるよ?」
「エホバ、さま?」
年の瀬は少女と同じくらい。少女には少年の言葉の意味がわからなかった。
「そう、エホバ様。君はわるものに追われているんでしょ」
「わるもの……?」
少年はうなずきながら言う。
「そう、わるもの。エホバ様はわるものをやっつけてくれる、ヒーローなんだ」
「ヒーロー?エホバ様って、強いの?」
「うん、すっごく。エホバ様はね、すっごくつよくてすっごくやさしいの。困っている人たちを助けてくれるんだ」
「ねぇ、ここ、どこ?」
「ここ?森の中だよ?」
もしや、ここがもう天国だというのだろうか。
私はとっくにもう死んでしまっているのだろうか。
「ねぇ、あなたはいったい……?それに、エホバ様ってなに?」
「僕の名前は――、それからね、エホバ様って言うのは――」
物語は、ここから始まる。