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これ以上は、もう無理だ

「……じゃあな」


家の前。


いつも通りの言葉。



でも——


“いつも通り”じゃないのは、お互い分かっていた。



「……はい」


小さく頷く。



ドアの前に立つ。


鍵に手をかける。



でも、開けられない。



背中越しに分かる。



まだ、龍がそこにいる。



「……入らないのか」



声がする。



「……はい」



嘘だ。


入れる。


でも、入りたくない。



少しだけ沈黙。



「……なんで」


思わず、呟いていた。



「え?」



振り返る。



龍は、少しだけ驚いた顔をしていた。



「なんで、あんなこと言うんですか」



「……どれだ」



「“離せる自信ない”って」



空気が止まる。



「それ、言われたら」



言葉が詰まる。



でも、止められない。



「期待、しちゃうじゃないですか」



やっと出た言葉。



龍の表情が、わずかに揺れる。



「……してるだろ」



小さく、でもはっきりと言われた。



「え……」



「期待させてる」



視線が、まっすぐ向く。



「分かってて言ってる」



心臓が、強く鳴る。



「じゃあなんで——」



一歩、近づく。



「なんで止めるんですか」



もう、止まれない。



「好きなんじゃないんですか」



言ってしまった。



完全に。



でも——



龍は、否定しなかった。



その代わりに、


苦しそうに息を吐いた。



「……好きだよ」



一瞬、何も聞こえなくなる。



「え……」



「好きに決まってるだろ」



静かな声。



でも、その言葉は確かだった。



足の力が抜けそうになる。



「じゃあ、なんで——」



「だからだ」



言葉を遮られる。



「好きだから、簡単に言えない」



理解できない。


でも——



分かりたくない。



「意味分かんないです」



少しだけ声が震える。



「好きなら……」



「俺の仕事、分かってるだろ」



また、その言葉。



でも今は、逃げに聞こえた。



「それでもいいって言ってるじゃないですか」



一歩、さらに近づく。



「怖いのは私も同じです」



胸を掴むような気持ち。



「でも、それでも一緒にいたいって——」



「ダメだ」



強く、遮られた。



空気が、一瞬で凍る。



「……え」



龍の目が、真っ直ぐ私を見ていた。



「中途半端な覚悟で、隣に立たせたくない」



低い声。



「守れなかった時、後悔するのは俺だ」



何も言えない。



「だから——」



言葉が続く前に、


私は一歩踏み出していた。



「じゃあ」



龍の胸ぐらを、軽く掴む。



「ちゃんと覚悟させてくださいよ」



初めて、こんなことをした。



でも、止められなかった。



「勝手に決めないでください」



声が震える。



「私だって、自分で決めたい」



沈黙。



長い沈黙。



龍は、何も言わない。



ただ——



その目だけが、揺れていた。



「……ずるいな」



ぽつりと、呟く。



「それ言われたら、逃げられない」



少しだけ、力が抜ける。



でも——



次の瞬間。



龍が、私の手首を掴んだ。



ぐっと引き寄せられる。



「っ……!」



距離が、一気にゼロになる。



呼吸が、触れそうなくらい近い。



「これ以上近づいたら」



低い声。



「もう止まらないぞ」



心臓が、壊れそうなくらい鳴る。



でも——



「……いいです」



自分でも驚くくらい、はっきり言えた。



龍の目が、大きく揺れる。



「後悔しません」



もう、逃げない。



その瞬間。



龍の手に、力が入る。



「……ほんとに」



かすれた声。



「言ったな」



次の瞬間——



龍の顔が、ゆっくりと近づく。



目を閉じる。



触れる、寸前——



「……っ」



龍が、止まった。



「……ダメだ」



離れる。



「今日はここまでだ」



一歩、距離を取る。



「……え」



理解が追いつかない。



「明日」



龍が、真っ直ぐ言う。



「ちゃんと答え出す」



その目は、もう迷っていなかった。



「逃げない」



はっきりとした声。



「だから今日は帰れ」



その言葉に、何も言えなかった。



「……はい」



ドアを開ける。



中に入る。



閉める直前、


もう一度だけ振り返る。



龍は、まだそこにいた。



でも——



その表情は、


今までで一番、覚悟を決めた顔だった。



ドアが閉まる。



その瞬間。



「……なにそれ」



力が抜ける。



涙が出そうになる。



嬉しいのか、


苦しいのか、


もう分からない。



でも一つだけ、はっきりしてる。



明日。


全部が、変わる。

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