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幽体離脱

掲載日:2026/03/29

 私は私を見下ろしている。


 ここはどこだ。病院か。救急車で搬送されたようだ。

 見下ろされている方の私は心臓マッサージを受けている。他にも数人の看護師が慌ただしく作業をしている。


 私は70年生きてきて、来月には初孫が生まれる。このままだと孫の顔を見れずに死ぬのか。嫌だ。生きたい。生きたい。


 その時もう一人救急搬送されてきた。少し離れたもう一つのベッドに寝かされたその人は若い女性だった。そして、大きなお腹をしていた。妊婦だ。何て事だ。可哀そうに。

 臨月の私の娘の姿と重なった。横たわる彼女の事を思ったとき、すぐ近くに彼女の気配を感じた。


『あなたも救急車で?』

 なんと彼女が話しかけてきた。通常の声とは何か違う。心の声とでも言うような感じだ。姿は見えない。


『あ、はい。』なんとか返事をしてみた。通じたろうか?


『お腹の子は諦めるしかないみたい。何となくわかるんです。ううっ。』

『諦めちゃいけない。私はもうすぐ初孫が生まれるんです。きっとあなたのお子さんの誕生を心待ちにしている人が何人もいるでしょう。諦めちゃいけない。』

『でも、はっきりと感じるんです。もうダメだって。』

『そんな…』と言いかけた時、ドンと鈍い音がした。私の体がAEDを受けている。でも、私が体に戻る気配が無い。私ももうダメなようだ。


 思えば平凡な人生だった。普通に高校を卒業して、家庭のために大学を諦め就職し、小さな会社だったが人間関係に恵まれ、大きな苦労もなく勤め上げた。

 職場結婚をし、娘が生まれた。


 こんな自分でも誰かの役に立ちたい。と漠然と思っていた。


 待てよ。今がその時じゃないか。私は思いついた。すごい事を。


 そして、彼女に伝えた。

『私があなたの赤ちゃんになります。』

『ええっ。』

『強く念じてみます。やるだけやってみます。試して損は無い。』

 その時の私はなぜだか、やればできる、という確信を持っていた。

 とにかく強く念じた。


『あの、あなたのお名前は?』

 彼女の声は少し遠くに聞こえた。


『勝男。高橋勝男』

 私の声も遠くに聞こえた。意識が急激に薄れていった。


 数日後。産婦人科病棟。

 彼女は医師の回診を受けていた。隣には生後間もない子が眠っていた。

「あの状態で母子ともに助かるなんて、本当に奇跡だよ。緊急帝王切開にはなったが、とにかく無事に生まれてくれて良かった。」


 そこに夫がやってきた。彼女は言った。

「退院したら、会いに行きたい人がいるの。勝男ちゃんのために。」

「本当に勝男でいいのか?思いっきり昭和な名前じゃないか。」

「いいの。この名前じゃないといけないの。」

 そう言って満面の笑みを浮かべた。













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