神さまは嘘つきだ。
神さまは嘘つきだ。
あの時、神さまは「この翼で君の好きな人に触れれば何かが分かるよ」と言い、渡してくれた翼で私は自分の好きな人の肌に触れてみた。けど、その翼は何も変わることなく、黄色い翼のままだった。
神さまは嘘つき。
私は学校を過ごしていると、クラスメートから思わせぶりな言葉を受けてしまい、つい言葉に詰まらせてしまう癖がある。日常茶飯事だから馴れることは多少あったのだが、どうしても目線を上げられず、下を向いたまま反応してしまうことがあった。
その時に現れたのが、神さまだった。
現れたとき、神さまは「あなた、もしかして好きな人、居る?」とストレートな質問をぶつけられた。果して神さまとはいえ、知らない人だ。話しても良いのか、と多少言い淀んでしまったものの、私はコクリと首を上下に振った。
その私の反応を見た神さまは続けて、「やっぱり。この神さまからとっておきの情報をあなたに授けよう」と一旦話を区切って、空咳をした。
「実は──あなたのクラスに、あなたを好きと感じている人が居ます」
その台詞にドキリと感じた。これまでの私が学生生活で感じたことは、ほとんどと言っていいほど思わせぶりな言葉を受けてきたばかりだったため、神さまの言葉を聞いて自分の予感が確信に変わるような気がした。
ゆっくりと、静かに呼吸を整えて胸のざわめきをおさえた後、私は「本当なんですか?」と問いかけた。神さまは自信に満ちた様子で「ああ、本当だ」と応えてくれた。その様子を見て、私は益々胸の内に潜んでいた確信が大きくなっていくのを感じた。
だから私は、神さまが現れた以降から思わせぶりな言葉をかけてくるクラスメートに対して、自分を好きな人かどうか見極めることにした。見極める、と言いつつ、大体私の感じ方や考え方で決めているのだが。
そうしていくうちに、一人に絞ることができた。きっとこの人だろう、と自分の本心が告げている以上、私は次の時に現れた神さまにそのことを告げた。
すると、神さまは自らの身体から生えている黄色い翼を一つ抜き取り、私に渡してくれた。
朝の時に微笑んでくれること。
プリントの受け取りの際に必ず紳士に対応してくれること。
お昼休み、一緒に食べて仲良く話してくれること、
体育の時、共に行動して授業を受けてくれること。
一緒に、勉強して帰ってくれること。
私はクラスメートの行動を見て、考えて、神さまの黄色い翼を使って確かめることにした。本当にこの人なのか。この人は私のことを好きな人として捉えてくれているのだろうか。
不安に押し潰され、心臓がうるさく鼓動を続ける。雑音が耳ばかりに集中して入ってくる中、私は目前に居るクラスメートの肌目掛け、黄色い翼で軽く一撫でした。
しかし──変わらなかった。
何か分かる、ということは、何か変化するのだろうと思い込んでいた。だけど、今この翼は何も変化を起きることなく、呆然と翼を見つめてしまった。
すると声が聞こえたので顔を上げれば、心配そうな顔つきで「大丈夫か?」と声を掛けてくるクラスメートの存在がいた。私は咄嗟に「あ、うん、大丈夫」と頷きを示した。
嘘つきだ。神さま。
これで何か分かるかと思ったのに。何か翼が変化して自分の好きな人が分かるかと思ったのに。自分の好きな人が自分と同じ、同性愛者であることが分かると思ったのに。もしくは、自分の好きな人が異性愛者であることが分かると思ったのに。
どうしてなの、神さま。
不条理だ。神さま。
私は何も起きない、自分にとって用済みとなった黄色い翼を床に落とした。基本的に落としたものは気になる性分だが、今の私は神さまへの怒りで全く気になることもなかった。机と向き合い、勉強を再び始めた。
暫く時間が経過する。もう、あの時に突然現れた神さまは私の目の前に現れることもなくなった。
正直楽な気持ちが胸中に占めていたが、どうして神さまは私の目の前に現れ、あのような言葉をかけてきたのだろう、どうして翼を渡してきたのだろう、と疑問に感じる時があった。ただ、いくら考えても埒が明かないと思い、考えるのはもうやめてしまった。
気付けば卒業式だ。
私が思っていた好きな人は今も思わせぶりな言葉を発している。時々戸惑いながらも、私はしっかりと目と目を見て話している。ああ、相手の目をしっかり見れば、この人は好意なんてなく、普通に私と接していたんだな、と改めて気付かされた。
その気づきが、私の今まで築き上げてきた気持ちを瓦解させることに繋げた。
今まで相手の目をしっかり見ずに、自分の気持ちばかり考えてきたおかげで相手は自分のことが好きなんだろう、と思い続けてきた。が、実際は異なり、相手はただただ普通に自分のことを普通に接しているだけだった。
何だろう、辛辣と呼べるほどの辛さのこの気持ちは。
私はこの人のことが好きだったのに、改めて考えれば相手はそれほど自分のことを好きとも何とも思っておらず、ただ普通に私と接していた。そんな相手に対し、私はただ勝手に自分のことが好きなのだろう、と勘違いを起こしていた。
片想いと呼べるものだろうか、これは。
いや違う。これは片想いではなく、勘違いから始まった恋心だ。
けどそれも──片想いなのではないか。何となくそう思った。
感覚的な気持ちの問題だが、私が今までに感じ続けてきたクラスメートたちによる思わせぶりな言葉は、確かに私の恋心を擽り続けるようなものばかりだった。だから私は、恋心が芽生えてしまい、クラスメートと目を合わせられなくなった。
どうしようか。この気持ち、伝えた方が──。
その時だった。私がずっと片想いをしてきたクラスメートから言葉を掛けられたのは。「一緒に帰ろう」と言われた時の私の心臓はこれまで感じてきたよりも、ずっと強く、激しく、鼓動が響いていた。めちゃくちゃうるさく、咄嗟に耳を塞ぎたくなるような音だった。
でも、耳を塞いだら相手の言葉が聞こえなくなるか。
私はクラスメートの隣を歩いた。相手は普通に私の隣を歩いている限りで、何とも思っていない、と思えるような気がした。すると、私の口が咄嗟に開いて「あのさ」と言葉が出ていた。自分の足も、相手の足も止まっていた。
相手は振り向いている。
どうしよう、どうしようこれ。
どう言葉をかけたら──。
いきなり告白をしたら相手はきっと戸惑う。普通通り、周囲と何ら変わらない様子で接してきた人物が告白し、同姓に気持ちを伝えてきたら、どのように思うだろうか。戸惑うはずだ。戸惑って、距離を置いてしまうはずだ。
どうしよう。──そうだ、お決まりのフレーズでいこう。
「元気でね!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
大声で、ありったけに叫んで、私は相手に向かって言った。
相手は和やかに、少々苦笑しながら、
「お前も、な?」
その言葉にひとつ、惚れそうになった。相手はそのまま止まっていた歩みを再開している。
僕はそんな、肩幅が広くて大きな背中にまた──好きだ、と思った。




