第8話 これは俺の小説世界だよな? なんで俺だけ辱められてるんだ?
翌朝。
太陽が昇るよりも早く、陵原 凛はレオモードの家にある簡素な部屋で目を覚ました。
軽く背伸びをして――
そして、ある事実に気づく。
「……金がない」
ズボンのポケットを探る。
空っぽ。
財布? ない。
この世界の硬貨? 一枚もない。
じわりと、小さな焦りが頭をよぎった。
「待て待て待て……
これじゃ物も買えないだろ。飯も、飲み物も、着替えも……!」
舌打ちしながら、キラキラとした光と共に現れたホログラムへ視線を向ける。
「おい、システム。金が必要なんだけど。手っ取り早い方法ない?」
【システムホログラム】
『ありません。
(例外として、毎日ゆでたジャガイモだけを食べる
モブNPCとして生きる覚悟がおありでしたら可能です)』
凛は眉をひそめた。
「なんでお前、だんだん俺みたいに皮肉になってきてるんだよ……」
【システム】
『所有者様の性格に最適化されております』
「……聞かなきゃよかった」
その時、布に包まれた壊れた剣を持ったレオモードが部屋に入ってきた。
呆れたようで、どこか楽しそうな視線を凛に向ける。
「金がないなら、俺の後ろを歩いて
貧乏護衛のふりでもしておけ」
「ありがとう……その屈辱、無料サービスだよな?」
レオモードは小さく笑った。
凛がここに住み始めてから、少しずつ増えてきた笑顔だった。
二人はそのまま、ヴァルデンの街へ向かう。
城門をくぐった瞬間――
人々の視線が、一斉に凛へ突き刺さった。
以前と同じ視線。
奇妙なものを見る目。
嫌悪。
警戒。
まるで、脱獄した犯罪者でも見ているかのような。
凛は思わず顔を手で覆った。
「おい……なんで俺の顔、この世界じゃ国家的危険物扱いなんだ?」
即座にホログラムへ問い詰める。
「説明しろ。今すぐ」
【システムホログラム】
『小説《アイアン フェイト クロニクル》の設定によりますと、
キャラクター【陵原 凛】の顔立ちは
「女性に不安感を与えるタイプの顔」と記述されています』
凛は立ち止まった。
「……は?」
「そんなの、俺は一度も書いてない!」
【システム】
『最終改稿時に編集者様によって追加されました』
「編集者ァァァァ!!」
レオモードが肩を叩く。
「まあ……少なくとも殺人犯には見られてない」
「それ、慰めになってないからな?」
市場の中央。
軽やかな足音が近づいてきた。
燃えるような赤髪が揺れる。
鎧姿ではない。
今日のアーデリアは白いシャツに革のベスト、動きやすい黒いスカートという私服姿だった。
明るい笑顔――
しかし、それは凛を見た瞬間に消え去る。
「……はあ!?
またあんた!? この不道徳で変態な男!!」
凛は眉を吊り上げる。
「俺、起きてから一時間も経ってないんだけど!?
どうやって不道徳なことするんだよ!?」
アーデリアは鼻を鳴らした。
「変態は、自分が変態だって自覚がないのよ」
「完全に冤罪なんだが?」
レオモードが笑いをこらえる。
「実はな。今日は俺の剣の修理で来た」
アーデリアは背中の剣に手をやった。
「奇遇ね。私も鎧と武器を直す予定だったの。
西地区にいい工房があるわ。一緒に行きましょ」
そして、凛を頭から足先まで値踏みする。
「でもこの変態は後ろを歩きなさい。
背中見られるのも嫌だから」
凛は天を仰いだ。
「神様……
自分で書いた小説の世界に来て、
ここまで雑に扱われることある?」
三人は歩き出す。
アーデリアが先頭。
レオモードが中央。
凛は最後尾――
変態扱いされた無実の貧乏護衛として。
「近づきすぎないで。
何かしたら蹴り飛ばすわよ」
「この大通りで何かできるほど暇だと思うか!?」
レオモードが苦笑する。
「安心しろ、アーデリア。
陵原は……変態より皮肉屋だ」
「……どっちにしろ鬱陶しい」
凛は小さく息を吐いた。
「俺、元の世界じゃ結構モテたんだけどな。
借金取りみたいな顔って言われたことないぞ」
「元の世界?」
凛はハッとする。
「ち、違う! 地元! 地元の話!
つまり故郷って意味で――」
アーデリアはため息をついた。
「それも十分怪しいわね」
凛は泣きたくなった。
レオモードが壊れた剣を見つめ、低く言う。
「この工房は有名だ。
かつての剣聖が鍛冶師になった場所だ。
武器を命のように見る男だ」
「ええ。私もよく世話になってる。
ただし……変な人は嫌われる」
彼女は凛をちらりと見る。
「だから喋らないで」
「まだ一言も喋ってないのに禁止令かよ……」
「生存率を上げるための忠告よ」
凛は二人を睨んだ。
「なんで俺の創ったキャラたちが
こんなに結託して俺を虐めるんだ……」
「ん? 何か言った?」
「な、何でもない! ただの皮肉だ! 皮肉!」
アーデリアは目を逸らした。
黒い石で造られた古い建物。
竜の彫刻が施された大きな木扉。
――カン! カン! カン!
金属を打つ音が響き渡る。
熱気。
焦げた鉄の匂い。
叩き続けられる鋼。
小さな看板にはこう刻まれていた。
【ブラック アンヴィル ― ヴァルデン鍛冶工房】
レオモードは深く息を吸う。
「……久しぶりだ」
アーデリアが扉を押し開ける。
「おーい、トーグラムのおじさん!
修理で――」
その声を遮るように、低く荒い声が響いた。
「忙しい時間に誰だ。
自分の不注意で壊した装備なら文句は――」
巨漢の男が現れた。
太い腕、立派な髭、巨大なハンマー。
鷹のような鋭い目。
――そして、その視線が凛に止まる。
三秒沈黙。
眉が寄る。
「……それは、何だ?」
凛は固まった。
「“それ”って何だ!?
俺は人間だ!!」
「本当にか?
失敗した呪い解除の被害者みたいな顔だが」
アーデリアは口を押さえて笑い、
レオモードは完全に背を向けた。
凛は胸を叩く。
「絶対に編集者、許さないからな……!」
トーグラムは完全に無視し、レオモードへ向き直った。
「……戻ったか、小僧。
その剣、震えているな。
俺の槌を欲している」
レオモードは剣を差し出した。
「頼む、修理してくれ。
西へ向かう前に」
トーグラムは慎重に剣を調べる。
「……内部損傷だ。
ただの破損じゃない。時間がかかる」
凛はごくりと唾を飲んだ。
――小説では、ここから
レオモードの剣は“ドゥナミス”を失い始める。
だが、凛は何も言わなかった。
アーデリアが腕を組む。
「今日中に終わる?」
「ああ。だが――」
トーグラムは凛を指差す。
「――その不吉な奴は近づけるな。
厄を呼びそうだ」
凛は、また泣きそうになった。
――つづく




