第18話 仮面の亡霊と公爵の告白
東の森が再び揺れた。
爆発によるものではない。
空気そのものを刺し貫くような禍々しい闇の気配と、地面を踏みしめる重く荒々しい足音によって――。
包帯に覆われた仮面のミイラが、狂気じみた動きで暴れ回っていた。
無秩序、だが一切の無駄がない。
その一振り一振りが木々を粉砕し、空気に血の軌跡を刻む。
レオモードは歯を食いしばり、剣を掲げて正面から受け止める。
しかし、ミイラは隙を与えない。
速い。鋭い。
まるで長年戦い続けてきた達人のような、完成された殺意。
「くっ……!」
剣が弾かれ、腕に痺れが走る。
アーデリアは息を詰め、地を滑るように後退しながら斬撃を避ける。
だが、先ほどのキメラ戦で消耗した身体は正直だった。
「……想像以上……」
かすれた声で呟きながら、震える剣で衝撃を受け流す。
その様子を、凛は見ていた。
相変わらず不真面目そうな表情。
だが、その瞳には確かな覚悟が宿っている。
魔力はほぼ枯渇。
身体は限界。
その時――視界に青白い光が瞬いた。
――――――――
【緊急警告】
魔力残量:危険水準
戦闘継続は使用者の死亡につながる恐れがあります
【推奨】即時撤退
――――――――
凛は肩をすくめ、ホログラムに向かって鼻で笑った。
「撤退?
俺がそんな都合のいい人間に見えるか?」
視線を、アーデリアへ。
「……あいつが無事なら、それでいいんだよ」
残った魔力を無理やり掻き集め、初級火球を部分発動。
球体は不安定に回転しながらも、速度を増して横合いから放たれる。
――直撃。
しかし、効果は薄い。
包帯と血の層をわずかに焼いただけで、ミイラはさらに激昂する。
「チッ……しぶといな」
ミイラは猛攻を続ける。
無作為に見えて、致命点を正確に狙う斬撃。
レオモードとアーデリアは幾度も紙一重で死をかわす。
凛は歯を食いしばり、跳び回りながら小規模な爆発を連続で放つ。
狙いは撃破ではない。
注意を引きつけること。
「……怖がらせるつもりか?
悪いけど、俺はもう慣れてる」
再びホログラムが点滅する。
――――――――
【警告】
魔力枯渇寸前
これ以上のスキル使用は危険です
――――――――
凛は指で画面を叩いた。
「黙れ。
今は命令を聞いてる暇はない」
ミイラの身体は傷だらけになり、剣は赤黒く光っている。
攻撃が外れるたび、大地と樹木に深い裂痕が刻まれ、
“次は誰が死ぬか”を示すようだった。
凛は息を荒くし、身体を震わせながらも前に立つ。
視線は一切逸らさない。
レオモードは一瞬だけ凛を見る。
その表情は、呆れと敬意、そして不安が入り混じっていた。
「……無茶だ。だが……気持ちは分かる。
死ぬなよ」
凛はニヤリと笑う。
「言われなくても」
三人が同時に構える。
レオモードは剣を高く掲げ、聖なる力を集中。
アーデリアは位置をずらし、決定的な一撃のための隙を作る。
凛は深く息を吸い、吐き出す。
内臓が焼けるような感覚を、無理やり押さえ込む。
「レオモード!
アーデリア!
今度こそ終わらせる!」
「了解!」
「……はい!」
三つの気配が重なり合う。
熱、聖、そして風の魔力が膨張し――
その瞬間。
――――
ヒュンッ!!
――――
一本の矢が飛来し、ミイラの足元の地面に深々と突き刺さった。
全てが止まる。
「はぁ!?
今の誰だよ――!」
凛が叫ぶより早く、蹄の音が森を揺らした。
木々の間から現れたのは、騎馬の一団。
先頭に立つのは、銀髪を整えた中年の男。
高位貴族の装いと、圧倒的な威厳。
その後ろには、鋭い眼差しの若い従者が控えている。
アーデリアは即座に跪いた。
「アシュトン・レガネス公爵閣下!
ご無沙汰しております!」
レオモードも簡潔に礼を取る。
……凛だけは、腹を押さえたまま立っていた。
その瞬間。
ミイラが、硬直した。
恐怖ではない。
――認識だ。
次の瞬間、ぎこちない動きで後退し、
霧の中へと跳躍。
完全に姿を消した。
「ちょ、ちょっと待て!!
なんで逃がした!?」
凛は公爵を指差す。
「さっきの化け物、
アーデリアの首を刎ねかけたんだぞ!
また被害が出たらどうするんだ!」
従者の青年が怒りで顔を歪める。
「無礼者!
公爵閣下に向かって――」
凛も負けずに指を突き返す。
「無礼?
こっちは死にかけだ!」
「ボリーズ。
よい」
一言で、従者は黙った。
アシュトンは馬を降り、ゆっくりと歩み寄る。
その気配は強大だが、冷静で、敵意はない。
彼はミイラが消えた森を見つめ、静かに言った。
「私は、彼女を傷つけるつもりはない。
だから止めた」
「……なぜですか?」
レオモードが問い、
アーデリアも唇を噛む。
アシュトンは目を閉じ、深く息を吐いた。
そして――。
「仮面のミイラの正体は……
私の実の娘だ」
「……娘?」
凛の胸が、魔力とは別の理由で重く沈んだ。
嫌な予感だけが、静かに広がっていった。
――つづく




