第16話 炎が螺旋を描く時
東の森は、ドレッドファング キメラによる魔力歪曲の影響で、血と煙の臭いに満ちていた。
紫色に脈打つ魔力の血管が全身を覆い、黒い瘴気が立ち昇る。
「――グオオオオオオオッ!!」
キメラの咆哮が森を震わせ、鋭い爪が周囲の大木を薙ぎ倒す。
地面はひび割れ、魔力の衝撃が波紋のように広がった。
アーデリアは疲労困憊の体で、それでも剣を構え続けていた。
呼吸は荒く、傷も多い。それでも、その瞳に退く意思はない。
レオモードは魔獣を静かに見据え、剣のオーラを安定させている。
しかし、その全身からは明確な警戒が伝わってきた。
そして――
凛は少し離れた位置に立ち、いつものように人を苛立たせるような表情を浮かべていた。
だが、その細められた瞳の奥には、冗談では済まされないほどの集中が宿っている。
「……さて。そろそろ、試す頃合いか」
凛はそう呟き、体内の魔力回路を起動させた。
ゴオオオオオオ……!
凛の魔力が暴流のように全身を駆け巡り、青緑色の光が体を包み込む。
これまで鍛え上げてきた“異常な火球”が、空中に生成された。
――だが、今度は違う。
それは、より大きく、より速く、そして――回転していた。
凛は剣を振るうように腕を横に薙ぐ。
火球はその動きに連動し、巨大な円弧を描きながら回転を加速させた。
ゴォォォォォン――ッ!!
空気そのものが切り裂かれ、炎の螺旋斬撃が発生する。
【新スキル発動:フレイム・スパイラル・スイング】
ドレッドファング・キメラは即座に反応したが、遅い。
巨大な炎の渦が視界を覆い、その動きを一瞬、完全に止めた。
ドガァァァン!!
スキルの軌道に沿って、地面が爆ぜる。
魔力衝撃が連鎖し、森の地形そのものが歪んだ。
凛は空中へ跳躍し、身体を回転させながら再び腕を振るう。
螺旋状の火球が獣の進路を薙ぎ払い、キメラを数歩後退させた。
「今だ!」
その隙を、仲間たちは逃さない。
アーデリアが跳躍し、全身の力を込めて剣を振り下ろす。
狙いは――脚部。
魔獣の弱点。
ズバァァンッ!!
硬質な手応えとともに、血が飛び散った。
同時に、レオモードが反対側から滑り込む。
鋭い横薙ぎの一閃が、キメラの背後を裂き、魔力の流れを断ち切る。
「――暴走させるわけにはいかない!」
凛は攻撃を止めない。
地面を駆け、木に跳び乗り、再び空を切る。
ゴォォォン! ゴォォォン!
炎の波動が全方位から叩きつけられ、攻撃は完全に主導権を握っていた。
螺旋状の炎が何度も直撃し、キメラは苦悶の咆哮を上げる。
「グアアアアアッ!!」
巨体が地面に叩きつけられ、脚部と胴体には明確な亀裂が走った。
粉塵、折れた木々、燃え上がる炎が森を覆う。
凛は額の汗を拭いながら、魔獣を見下ろす。
「うーん……もう少し速さが欲しいね」
さらに魔力を圧縮し、回転数を上げる。
異なる角度から、再び炎が叩き込まれた。
レオモードはその光景に、思わず薄く笑みを浮かべる。
「……これが、貴方が必死に鍛えていたスキルか」
そして凛を見つめ、少しだけ目を潤ませながら言った。
「……本当に、厄介な方ですね。ですが――実に有効」
ドレッドファング・キメラは、ついに片膝をついた。
凛は地面に着地し、荒い息を吐きながらも、相変わらず嫌味な笑みを浮かべる。
「また大きいのか……本当に問題ばかりね。
だがまあ――今の私は、少し格好良かったよう?」
魔獣はまだ生きている。
だが、明らかに弱体化していた。
レオモードとアーデリアは、止めの一撃に備える。
その瞬間――
ドレッドファング・キメラの瞳が、再び紅く輝いた。
口元が歪み、獣の笑みを浮かべる。
「……油断するな」
レオモードはアーデリアに視線を送る。
「今だ。三人同時に!」
アーデリアは頷き、傷だらけの体で跳躍する。
剣が光を反射し、急所を狙う。
凛はその背後で、さらに魔力を解放した。
「では――二つ目を」
魔力が凝縮され、先ほどとは異なる火球が形成される。
より攻撃的で、即効性のある――爆裂型。
【新スキル2発動:エクスプローシブ・バースト・ストライク】
ヒュンッ!!
小型の火炎弾が高速で飛翔し、魔獣の体に接触した瞬間――
ドォォォォン!! ドガガガガッ!!
連続爆発が発生し、巨体が後方へ吹き飛ばされる。
凛は空中と側面から次々と火炎弾を放ち、脚と腕を破壊。
アーデリアは爆発の隙を突き、正確な剣撃を叩き込む。
レオモードは背後から、弱体化した魔力経路を断ち切る一閃。
三人の攻撃は、まるで完璧な連携の舞踏だった。
――だが。
キメラは最後の力を振り絞る。
全身の魔力歪曲が収束し、凄まじい咆哮が森を裂いた。
「グオオオオオオオオッ!!」
地面が崩れ、大木が吹き飛ぶ。
次の瞬間――
巨大な黒い魔力波が口から放たれ、三人へ直進した。
「危ないっ!!」
アーデリアが叫び、レオモードは剣を構えて防御態勢に入る。
凛は新たな爆発を準備していたが、間に合わない。
――致命的な反撃。
凛は唾を飲み込み、表情はいつものままだが、瞳だけは真剣だった。
「……これは……危険すぎるね」
視線の先には、アーデリア。
(ここで止めなければ――彼女は死ぬ)
アーデリアも凛を見つめ、その覚悟を悟った。
レオモードは眉をひそめ、凛に問いかける。
「……また、あの大爆発を?」
凛は小さく頷き、震える手で、さらに強力な魔力を集束させる。
全員を守り、
そして――反撃するために。
東の森は、次なる衝撃を待ち構えていた。




