第14話 七日後に死ぬ騎士
夜はゆっくりと訪れ、レオモードの家を橙色の光で包み込んでいた。
裏庭では、凛が地面に仰向けに倒れ込み、荒い息を吐いていた。
「はぁ……はぁ……」
身体はまるで強く絞られたかのように重く、筋肉は小刻みに震え、指先にはじんじんとした痺れが走っている。
新しく作り上げた二つのスキル——
それは、ここ数週間かけて鍛えてきた魔力を、文字通り根こそぎ使い切る代物だった。
「はぁ……はぁ……冗談だろ……。
なんでこのスキル……身体が六百ボルトの電線にされたみたいな感覚になるんだよ……」
淡い青色の光とともに、無機質なホログラムが出現する。
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【警告】
魔力残量が極めて低下しています。
状態:過剰使用による疲労
推奨:八時間以上の完全休息
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「……はぁ。システムまで容赦なしとか、性格悪すぎだろ……」
凛は身体を起こそうとしたが、途中で力尽き、再び地面に倒れ込んだ。
そのとき、家の中から足音が近づいてくる。
木製のカップに水を入れたレオモードだった。
「……まだ生きているか?」
凛は力なく片手を上げる。
「たぶん……な……。一応……」
レオモードは凛の隣に腰を下ろし、水を差し出した。
「本気で聞くが……さっき何をしていた?
お前の身体から放たれていた光は、尋常じゃなかったぞ」
「聞くな」
凛は即座に遮った。
「とにかく……聞くな」
レオモードは少し考え、ゆっくりとうなずいた。
「……もし、うちの庭で死なれたら、説明が面倒になるな」
凛は細く目を細める。
「ご心配どうも。さすが剣聖様」
レオモードは小さく笑った。
「心配しているんだ。
お前が死んだら、薪運びを押し付けられる相手がいなくなる」
「……やっぱり前言撤回。お前に情はなかった」
疲労の中でも、凛は小さく笑ってしまった。
だが——
彼の胸の奥では、はっきりと理解していた。
この二つの新しいスキルは、必ずアーデリアを救うための“鍵”になる。
王都ヴァルデン・宿舎の一室
王都ヴァルデンでの任務中、簡素な宿舎の部屋で、
アーデリア・クリムゾンヴェイルは机に腰掛け、修復されたばかりの剣を布で丁寧に拭いていた。
ふと、手が止まる。
理由もなく——
一人の顔が脳裏に浮かんだ。
厚原凛。
「……なぜか、あの不細工な顔が浮かんでくる……腹立たしい」
アーデリアは眉をひそめる。
思い出すのは、あの男の姿。
——グレッグの攻撃から自分を庇ったこと。
——身体を震わせながらも前に立った背中。
——理解不能なスキルでレオモードを支えたこと。
だが、すぐにトルグラムの工房での“事故”が脳裏をよぎる。
アーデリアは唇を噛んだ。
「……それでも、あいつは無断で触ってきた変態よ!
偶然だとしても!」
自分の頬をぺちん、と叩き、雑念を振り払おうとする。
それでも——
凛の顔は消えなかった。
不細工で。
場違いで。
鬱陶しい。
なのに……
なぜか、完全に嫌いにはなれない。
アーデリアは深くため息をついた。
「……私は何を考えているの……」
コン、コン、コン
扉が叩かれる。
「アーデリア様。王国からの任務書が届いております」
「入ってください」
若い士官が赤い封蝋の施された書状を差し出した。
アーデリアはそれを開く。
目が見開かれる。
――――――――――
【王国任務書】
目的地:東部森林地帯
脅威等級:B+
内容:
新たな魔力異常が確認され、魔物の襲撃件数が急増。
調査および殲滅を命ずる。
報告期限:七日以内
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アーデリアは静かに書状を巻き直した。
「……東部森林? なぜ急に……」
士官は答える。
「上官は、“貴女ほどの実力者に相応しい任務”だと」
アーデリアは小さくうなずいた。
だが、胸の奥に重たい感覚が残る。
理由は分からない。
ただ、嫌な予感が胸を締めつけていた。
「……分かりました。明朝、出立します」
士官は敬礼し、部屋を去った。
アーデリアは窓辺に立つ。
月光が、紅い瞳に反射する。
東部森林——
なぜだろう。
まるで、そこに“何か”が待ち構えているような感覚が消えない。
その瞬間、再び思い浮かぶ一人の男。
グレッグの攻撃を前に、迷いなく飛び出してきた凛。
震える背中。
愚直で、無謀で、それでも真っ直ぐな決断。
「……馬鹿ね。あんたがいたら、きっと“考えすぎだ”って言うんでしょう」
アーデリアは、無意識のうちに小さく笑っていた。
だが、その笑みはすぐに消える。
風が鳴る。
まるで世界そのものが囁くように——
――七日後。
未来視 —— 鉄の運命
夕焼けの空が、血のように赤く染まる。
東部森林は燃えていた。
暴走する巨大魔物のエネルギーに。
黒い身体に紫の脈動が走る——
《ドレッドファング・キメラ》。
高位魔力歪曲から生まれた存在。
レオモード・サハラは、ふらつきながら立っていた。
こめかみから血が流れ落ちる。
師から授かった、最も大切な剣は——
ひび割れ、今にも折れそうだった。
「はぁ……はぁ……アーデリア、下がれ!
俺が、時間を稼ぐ!」
返事はない。
アーデリア・クリムゾンヴェイルは、全身を切り裂かれ、血で赤髪を濡らしながらも、なお前を見据えていた。
「……私が下がったら」
震える手で剣を構える。
「……あなたが死ぬわ、レオモード。
それだけは、絶対に許さない」
キメラが咆哮する。
「グオオオオオオオオオオオッ!!」
黒いエネルギーが槍のように放たれる。
レオモードが前に出ようとした、その瞬間——
「レオモード!! 駄目!!」
アーデリアが先に飛び出した。
背後から彼を抱きしめ、身体を反転させ、地面に押し倒す。
次の瞬間——
黒い槍が、アーデリアの胸を貫いた。
――――ズガァァァン!!
血が噴き出し、レオモードの顔を濡らす。
「ア……アーデリア……!?」
アーデリアは、かすかに微笑んだ。
「……やっと……一つ……返せた……」
「喋るな! 喋るな!!」
「……いつも……守ってくれた……
今度は……私の番……」
身体が震え、呼吸が乱れる。
「なぜだ……なぜ、そんな馬鹿なことを……!」
アーデリアは彼を見つめる。
優しく、真っ直ぐで、痛いほどの眼差し。
「私は……クリムゾンヴェイルの騎士……
あなたを……守るのが……役目……」
レオモードは彼女を抱きしめ、声を震わせる。
「俺は守られたいんじゃない!
生きていてほしいんだ! アーデリア!!」
再び、キメラが咆哮する。
アーデリアは、弱く、しかし確かに彼の手を握った。
「……生きて……レオモード……
あなたには……未来が……」
言葉が終わる前に——
二本目の黒いエネルギーが、アーデリアを貫いた。
――――ドォォォン!!
身体は吹き飛ばされ、黒い光に焼かれ、
炎の中へと落ちていく。
「アァァァァァァァァァァァァァッ!!
アーデリアァァァァァァァァ!!」
レオモードの叫びが、大地を裂く。
だが——
アーデリアは、もう動かなかった。
そこに残ったのは、
折れた剣。
血に染まった大地。
そして、最も大切なものを失った騎士。
それは、
痛みを考えずに書かれた物語。
レオモードを壊した運命。
そして——
今度こそ。
その運命を、厚原凛自身の手で、叩き潰すための物語。




