08 王宮でのやり取り(国王視点)
「どういうことだっ! 辺境は我々を謀ったのかっ!」
辺境で部位欠損を修復する薬ができたという噂が王都で広まったので、辺境に献上するように命令を出した。
だが、届いた薬を訓練中に小指を飛ばした騎士に使用したところ、この世のものとは思えないほどの絶叫をした挙句、昏倒してしまったのだ。
「騎士団長、少し落ち着け。……誰か、筆頭薬草師と治癒師を呼べ」
「はっ!」
激情に駆られる騎士団長を落ち着かせ、余は昏倒した騎士の様子を探るためにも筆頭薬草師を、そして昏倒で済まなかった場合を考えて治癒師を呼んだ。
「それより、騎士団長。そこの騎士の欠損は回復しておるのか?」
「は?」
「騎士が昏倒したことで、そなたは叫びだしたが、そもそも部位欠損回復薬なのだろう? 欠損は回復したのか?」
「……確認します。陛下、しばしお待ちを」
余に対して断りを入れた騎士団長が、騎士に駆け寄る。……まったく、辺境への怒りを出す前にやることがあるだろうに。
「……これは」
「どうした?」
「はっ! 欠損していたはずの小指が完全に回復しております」
「ということは、部位欠損を修復する薬に違いはないのか」
辺境には部位欠損を修復する薬を、としか言っていなかったから、これはこれで間違いではないと言えるが……しかしこれは。
「しかし陛下っ! 薬を飲むたびに昏倒するようでは現場では使い物になりませぬぞっ!」
騎士団長の言うことも、もっともだ。辺境にはどのような用途かは伝えていないが、それでもこんな不完全な薬を送り付けるとはどういうことか。
「陛下、お呼びになりましたでしょうか?」
「陛下、お待たせいたしました」
騎士団長と現状確認をしていると、筆頭薬草師と治癒師がやってきた。
「よく来たくれたな二人とも。そこな騎士に辺境から送られてきた部位欠損を修復する薬を飲ませたところ、昏倒したのだ。診てやってくれ」
「「はっ」」
余の言葉に筆頭薬草師と治癒師は即座に騎士へと駆け付け、あれこれと身体をいじり始めた。
「ふむふむ」
「これは……薬草師殿」
「そうだな」
「なにかわかったか?」
「はっ! こちらの騎士殿は完全部位欠損回復薬を服用し、その効果が十全に発揮されたことがわかりました」
余の問いかけに対して治癒師が答える。
「完全部位欠損回復薬?」
「そちらに関しては……薬草師殿、お願いします」
「薬に関してですから、私から解説します。完全部位欠損回復薬は部位欠損を修復する薬の一種です」
「完全……ということは、上位の薬か?」
「いえ、部位欠損を修復する薬自体が上位薬なので、上下はありません。部位欠損回復薬は一部が欠損している場合、完全部位欠損回復薬は身体の大部分が欠損している場合に用いられます」
「そこの騎士は小指が欠損しておった。完全部位欠損回復薬とやらでは、不適格だったということか?」
「いえ、完全部位欠損回復薬はどのような状態でも完全に修復する薬。たとえ小指程度だろうと回復はされるもので、現に騎士殿の小指は回復しております」
筆頭薬草師が首を振りつつ、解説を続ける。……ふむ、不適格ではないのか。では、騎士の絶叫や昏倒はどういった理由が?
「一部しか欠損していないものに完全部位欠損回復薬を服用させた場合、余った魔力が体内を駆け巡り、激痛をもたらします。騎士殿が気を失っているのは、それが理由でしょう」
「ふむ、部位欠損回復薬ならば、そういったことはないのか?」
「部位欠損回復薬は服用する患者の部位欠損の量に合わせて調合するので、痛みが走ったりすることはございません」
「なんだとっ! ならば、やはり辺境の怠慢ではないかっ!」
筆頭薬草師の言葉に、騎士団長が怒り狂う。……まったく、先ほどまでは落ち着いていたというのに、騎士団長がこんな簡単に感情を見せるとは。
「怠慢ではございません。言ったでしょう? 部位欠損回復薬は服用する患者の部位欠損の量に合わせて調合する、と。私とて、遠隔地から部位欠損を修復する薬を求められたら、完全部位欠損回復薬を作成しますよ」
「それでも怠慢だろう! 合わせて、というならすべてに適合した薬を届けるべきだ! 所望したのは陛下なのだぞ!」
「すべて……面白いことを言いますな、騎士団長殿は。指欠損に限っても人によって指の長さは違いますし、直接見なければわからないこともあるのですよ」
騎士団長の言葉に筆頭薬草師は嘲りの色を隠そうともせずに言い放つ。
「な、ならば! これを作成したものを王宮へと招けばよい! そうすれば部位欠損回復薬とやらも作れるのだろう!」
「はあっ。何か勘違いをしているようですね。部位欠損回復薬ならば、私とて作成できますよ」
騎士団長の言葉は余も思っていたこと。部位欠損回復薬という貴重な薬を作成できる薬草師……ならば、辺境に埋もれさせるよりも、王宮にて采配を振るわせるべき。
だが、そんな考えは筆頭薬草師の一言にて崩れ去る。
「な、ならばっ!」
「騎士団長、少し黙れ。……筆頭薬草師、その方は部位欠損を修復する薬を作成できると言うのか?」
「恐れながら陛下。私は筆頭薬草師、この国でもっとも優れた薬草師である自負があります。現在、製法が確立されている薬ならば、どんなものでも作成可能でございます」
堂々と言い放つ薬草師。その目を見れば、嘘やごまかし、自身の立場を守るための虚言ではないことがよくわかる。
「ならば、なぜ作らん。魔国との戦闘で騎士たちが傷ついているのは、知っておろう?」
「材料がございませんので」
「ざ、材料?」
筆頭薬草師の言葉に、思わず間の抜けた声が出てしまった。ここは王都、国中からありとあらゆる資源が送られてくるというのに、言うにかまけて材料がないとは。
「金さえ出せば、どのようなものでも手に入る王都に居て、戯言かと思うかもしれませんが、部位欠損回復薬を含めた上位薬の素材は、薬草師自身が採集せねばならないのですよ」
余の考えを読んだのか、筆頭薬草師が解説を続ける。
「薬を作成する薬草師が素材を採集することで、自身の魔力を馴染ませ、効力を高める……薬草師の基礎でございます。……しかし、陛下が魔国への侵攻を始めてから、王都は徐々に魔国の近くへと移され、現在の王都周辺は荒地ばかり」
「なっ! 魔国を制覇するのは陛下が決められたことだぞっ! それに異を唱えるというのかっ!」
「ええ、異を唱えさせていただきます。手に入れたとして、何の旨味もない魔国。その侵攻が貴族が植物や虫が嫌いだから、などという下らない理由で行われているのですから」
騎士団長が激高するが、筆頭薬草師は飄々とした風情で言いたいことを言い始めた。
確かに魔国への侵攻は貴族会議や元老院から是非と進言され、余が始めたこと。とはいえ、筆頭薬草師の言うように、全く旨味がないというわけでは。
「魔国を統べる魔王! それに魔族どもは我々よりも力のある存在! 将来のためにも先んじて攻撃することに意味がないというのかっ!」
「ええ、ありませんとも。そもそも、国境を接することになってから数百年、平穏無事に過ごしていたというのに、何が脅威ですかっ!」
騎士団長の言に対して、筆頭薬草師の言葉も強くなっていく。
確かに筆頭薬草師の言葉も間違っていないが、既に侵攻は始まっている……簡単に引き返すことはできないほどに。
「陛下! このような腰抜けがいれば士気に関わります!」
「解雇ですか? ええ、どうぞご自由に。こちらとしても下位薬ばかり作らされて、腕が落ちるのが怖いのですよ。いっそ、辺境に飛ばしてほしいくらいですよ。先ほど見た完全部位欠損回復薬は、素晴らしい素材で作られているのが一目でわかりますからね」
筆頭薬草師は、余に対して軽く礼をすると、言いたいことは言い終えたと言わんばかりに、勝手に退出していった。
魔力があれば活躍できる魔術師や魔女、治癒師や聖女とは違い、薬草師は薬草によって成果が変わる……だというのに、薬草の少ない場所で成果を出せと言われ、鬱憤がたまっていたのだろう。
治癒師は気まずそうに、騎士団長は鼻息荒く筆頭薬草師の解任を訴えているが、どうしたものか。
筆頭薬草師を解任するのは簡単だが、ポーションや薬が無くなれば魔国への侵攻どころか、日常生活にすら支障が出るのは自明の理。
今一度、魔国への侵攻の正当性から、考え直さなければいけない時期に差し掛かっているのかもしれんな。




