01 勇者パーティーからの追放
「端的に言って、君はここでクビだ」
魔族領域まで、あと一歩というところにある酒場で、あたしは勇者パーティーをクビになるらしい。
幼馴染のジョーが勇者に選ばれてから、早2年、ここまで献身的に尽くしてきたというのに、いざ本番、これから魔王率いる魔族の領域に迫るこの瞬間に言うこと?
「……へぇ~、どういうことか、理解できるように教えてくれる?」
「お前が役立たずだからだよっ!」
役立たず……そう言ってきたのは、あたしと同様にジョーが勇者になったことで生まれ故郷から旅に同行していた、戦士のマイク。
生まれ故郷では若者たちの兄貴分といった感じだったけど、旅をしていた二年間で女好きのクズだということは判明している。
情報収集だと偽ってパーティーの資金を娼館で使い果たしたこともあるくせに、どの面下げて人のことを役立たずだと言えるのだろうか。
「へぇ~、メインタンクのくせにヘイト管理が下手くそで、毎回ポーションをダース単位で使う戦士に役立たずと言われるとは思わなかったわ」
「なっ!? それはお前の作るポーションがダメだからだろう!」
慌てたように責任転嫁してくるけど、あたしのポーションは組合でも上位の効果があることは知られているのよ?
それを、言うに事欠いてダメとは……ダメなのはあんたの頭でしょう?
「大体、貴女のせいでどれだけのパーティー資金がなくなったかわかってるの? 効果のない薬草を高値で仕入れて!」
そう言いだしたのは、勇者判定のために呼ばれた城でパーティーに加わった魔女のスーザンだ。
王様が戦力になるから是非と勧めてきたけど、今考えれば体のいい厄介払いだったんだろうね。
この魔女は大した魔法をも使えないくせに、あたしが作った貴重なMPポーションをがぶ飲みするバカ女だ。
「ふ~ん、魔女だからって大量のMPポーションを使う人のために薬草を仕入れていたってのに、それがムダだったって言いたいのね?」
「なんですってっ!? 魔法を使うのにMPポーションを使うのは常識でしょうっ!?」
そりゃ、常識的な量ならね。この魔女は魔法を一回使うごとにMPポーションを一本がぶ飲みするほど燃費が悪い。
それなのに、それが魔女や魔法使いにとっての常識だと思ってるおバカさん。普通の魔女や魔法使いは戦闘終了時に一本、二本のMPポーションを飲むくらいで、常飲はしないのよ。
「だいたい、あたしが抜けたら、回復はどうするってのよ? 勇者パーティーが血まみれになりながら、ごり押しでもする気?」
勇者パーティーは、勇者のジョーがアタッカー、戦士のマイクがタンク、魔女のスーザンが純魔、あたしこと薬草師のサラが回復役を担っている。
勇者や戦士はもちろん、魔女も攻撃魔法以外はからきしで、バインドもバフデバフもできない……つまり、あたしが抜けたらごり押しの脳筋戦法しかとれないパーティーに早変わりってわけよ。
「それなら心配しなくてもいいよ」
いや、別に心配したわけじゃなくて、純粋な疑問をぶつけただけなんだけど。
「どういうこと?」
「実は君の代わりは既に決まっているんだ。聖女のマリアだよ」
「マリア・F・ロウです。以後お見知りおきを……あら? パーティーを抜けるのなら、見知っていただく意味もありませんわね」
一瞬まともかと思ったけど、どうやら聖女もまともじゃないみたいだね。
まあでもそうか。だから、あたしはお払い箱ってわけか。
「ふ~ん、これからはあんたが勇者パーティーの回復役ってこと?」
「そうだ。お前みたいな役立たずとは違って、きちんと回復させられる聖女だからな」
「そうよ。貴女と違って、お金もかからないしねっ!」
ジョーやマイクが、あたしよりも聖女をとるってのはわかるのよね。二人は前衛で回復が必要なだけだから、薬草師のポーションでも聖女の聖魔法でも回復すれば変わらないから。
それに自分でいうのもなんだけど、子供みたいな体型のあたしよりも、胸もおしりもバーンと出てる聖女の方が目の保養になるでしょう。
でも魔女がよくわからない。魔女はMPポーションが必要だから、あたしよりも聖女をとることはないと思うんだけど……なにか理由があるのかな?
あー、もう止め止め! 薬草やポーションのことなら考えつくせばわかるけど、人の心なんて考えたってわからないんだから、ムダよムダ!
「なるほど。あんたたちの言い分はわかったわ。そんなに言うならパーティーから抜けてあげる」
「思いあがるなっ! お前が抜けるんじゃなくて、俺たちがクビにするんだよ!」
「そうよ! なんで自分に主導権があるとでも思ってるのっ! 貴女はクビになるんだから、すがっても無駄なのよ!」
ふふ。本当に野蛮な人たち。自分たちが主導じゃなきゃ、歯をむき出して威嚇してくるなんて、チンピラか野生動物みたい。
「サラには悪いとは思っている……だけど、ここからの戦いは今までとは次元が」
「あっ、そういうのはいいわ。あたしは突然勇者に任命された息子が心配だっていう、おばさんの頼みでついてきてただけだから、要らないっていうなら去るだけよ」
故郷には回復ができるような特殊技能を持っている人間は、あたしだけだった。
聖女どころか教会だってろくに機能していない小さな町、そこで薬草師として働いていたのが、あたしたち一家。
その中でも旅に出られるのは、あたしだけだったから、大人たちの頼みでパーティーに参加したのよね。
それに勇者たちの言っていることも、あながち間違いというわけでもない。
薬草師は薬草からポーションを作る……そう簡単に言うけれど、森や草原が広がっている人族の領域とは違って、魔族の領域は不毛の荒れ地。
魔族の領域に近づくにしたがって、薬草は視界から消えていき、商人が販売しているバカ高い薬草を購入する羽目になっていたものね。
「あんたたちに渡したポーションはそのままでいいわ。パーティー資金で購入した薬草も置いていく。あたしが持ち出すのは、着ている服と薬草師としての商売道具だけ」
ここまで、あたしを責め立てるんだから、どうせ荷物は置いていけ、とかポーションは返さない、とか言い出しそうだったから、機先を制してこっちから言ってやった。
ま、ポーションなんて人族の領域に戻れば簡単に作れるし、仕入れた薬草も不要になるからね。
個人資産は冒険者ギルドに預けてあるし、あたしが故郷から持ち出した商売道具さえあれば問題はない。
「お、お前が勝手に決めるなっ!」
「あら、勇者パーティーともあろうものが、女の身ぐるみを剝ぐっていうの?」
「あ、貴女の商売道具って言うけど、旅の途中で買い足したものもあるのでしょう?」
「ええ、そうね。あたしの個人資産から買い替えたものもあるわ。それで? あんたたちには不要のソレも置いて行けって?」
嫌がらせとしか思えない戦士と魔女の言葉に即座に反論して見せれば、二人とも気まずそうに目をそらす。
自分でもおかしいと思っているのなら、幼稚な嫌がらせは止めればいいのに。ま、あたしに一泡吹かせたかったのか、あるいは謝罪でも求めたかったのかしら?
「じゃあ、あたしはこれで。もう会うことはないでしょうけれど、勇者パーティーの活躍は祈っておくわ」
「「「「…………」」」」
勇者パーティーの面々は何とも言えない表情で沈黙していたけれど、あたしは構わず酒場から出ていく。
さて、これからどうするかしらね? とりあえず、こんな前線にいる意味はなくなったから、田舎にでも引っ込んで薬屋でも開こうかしら?
故郷に戻っても、父さんや母さんの邪魔になるし、旅に出る時に独り立ちしたって宣言してるから、これからはあたしの自由よね?