憧れ
クレイアの家から少し離れたところに丸太小屋がある。質素だがしっかりとした造りで、10人程度が起居出来る広さがある。
窓は開けられており、物好きな妖精や精霊が中を覗いているのがみえる。小屋の中には2人の人物がいる。
1人は狐の様な耳、尻尾があり、金色の髪のしている。男は金毛狐族と呼ばれる獣人であり、体はかなり鍛え上げられ、無駄のない引き締まった体をしている。4本の剣を腰から下げ、腕を組み、もう一人の人間を見ていた。
もう一人は少年であり、少年は身の丈の半分位ある剣を振っていた。時折、獣人の男性が少年に声を掛け、武器を投げ渡す。少年は、武器を受け取り、使用していた武器を前方に放り投げ、受け取った武器を構え、振りなおす。
シファがトモキウスの修業を始め、半年ほどが過ぎていた。シファから見ても、大分マシな動きになったと思えた。とはいえ、やっていることは子供用の短剣や短槍等の素振りや基本動作であり、それも短い時間である。但し複数の武器を次々と投げ渡され、受け取った武器を型通りに扱うという変則的な練習である。武器そのものは刃を潰してあり、ケガをしないようになっている。
最初は各武器の扱い方を実戦を交えて教えた。トモキウスがダガーナイフを剣の様に使おうとしていた為でもある。とはいえ、クレイアが与えている武器だけあり、魔法が付与されている武器であり、特定の魔力を流すと4大元素の内、何れかに該当する魔法が刀身を覆い魔法剣となり、刺突に限らず使用はできる。
トモキウスは素直であり、言われたことはしっかりと行うが、魔法に頼りすぎであり、矯正するのに3カ月かかった。最終的な目標は魔法を使える戦士であるが、武器のみ魔法のみでも戦えるように鍛える必要がある。戦うべき相手がハッキリとしているからだ。シファが呼ばれた理由であり、クレイアがトモキウスを育てている最大の理由だろう。
「5年前だ。覚えているはずがないのが当然だな」
トモキウスの槍捌きを見ながら、昔を思い出し一人ごちる。シファが近づくに連れ槍の動きが速く激しくなる。が、そんな扱い方は教えていないし、目に見えて動きが悪くなってきた。後ろに回り、手に持った木の棒で槍を突き出したトモキウスの腕を上げる。
「腕が下がってきたな、さすがに疲れただろう?此処までにしよう」
トモキウスは一瞬顔を顰めたが、直ぐにシファの目を見て大きく頷く。
「まぁ、座りなさい」
言われるまま、トモキウスはその場に座る。シファは腰に付けた水筒の1つを渡し、飲むように促す。
喉が渇いていたのだろうそのまま飲み干す。
「剣と槍は大分良くなっている。それ以外はまだ及第点にもならんな」
「はい、ごめん…」
謝り、頭を下げようとする。シファから見てトモキウスの欠点といえた。
「謝るなと、ずっと言っているだろう?武器の相性が合わないのは仕方がない事なのだ。お前は、私の教えた通り、しっかりと練習しているんだ。もっと胸を張り、顔を上げなさい。但し、今は基礎が重要だ。速く、激しい動きは不要だ。基礎が出来ての応用だ」
どうしても向き不向きはある。基礎的な動きを身につけねば手札が少なくなる。どんな相手か分からず一撃必殺を狙えるほど簡単な相手ばかりではない。将来を考えれば猶更であり、ましてや未だ6歳の子供である。教えるなら徹底的に教える。
「師匠…」
トモキウスは何処で覚えたのか、シファを師匠と呼ぶようになっていた。
「いいかね?3カ月で全てが及第点やそれ以上の評価に成るものは、神将くらいのものだ。それも、戦王、軍王、武王辺りの戦闘特化型しかいないだろう」
「はい、師匠」
シファをじっと見つめるトモキウスの目は、うっすらと涙が見える。泣きやすいのだが、それでも涙を堪える。
「トモキウス、12神将は知っているか?」
シファも座り、神将の話をする。
「12人の神の将ですね?師匠が仰られた戦王、軍王、武王も12神将ですよね。確か、古代・旧文明時代、滅ぼすモノたちを滅ぼしたと言う」
シファは少し驚いた。クレイアが教えているとは思ってもいなかったからだ。
「そうだな。旧文明時代がどれだけ昔か、1000年か2000年か?実は、もっと昔なんだ。その当時は魔法は無く。機械文明と呼ばれていたんだ」
「機械文明、書物で読んだ事はあります。魔法を使わずに空を飛び、海の上、底を行き来し、空よりも高い塔に住み、海の底をも住みかとし、地の底すら住みかにしたと。知らない者とも話す事ができ、どんなに遠くても意思の疎通すら可能だったと」
ここでもシファは感心した。どこまで理解しているかは分からないが、読書をする、過去を学ぶ子供、そうするように育てた親。
「そうか、古代・旧文明時代は、機械文明全盛期の頃に、神を創り出し、結果、その人造神に人類も世界も滅ぼされた。その神を滅ぼした者が、魔法文明最初期に誕生した12神将たちであり、その中の一人が現在の神なんだ」
「人が神様に?しかも大昔の人間が今も生きている…。あれ、12神将は今も12人なんですよね」
当たり前のこと、知っていること、その先然り、何故を考える事は、頭の、人の成長には必要だ。
「そうだ。12神将は必ず12人となる。1人欠ければ1人補強される。そして、同じ名の神将にはならない。人類種ばかりではないし、亜人種からもなる。また、聖女と呼ばれる存在もいて神と共にある」
どういうことか、最初期から12神将の絶対数は変わらない。欠ける=死亡であるらしいと、シファは聞いている。神将には、使徒と呼ばれる複数の側近がいる。神将は使徒から選ばれる。選んでいる奴は解らないが。
「師匠はなぜ、そんな事までご存じなんですか?」
シファにも分かる。トモキウスの目が尊敬する人を見るような目だと。純粋な瞳で見られるのは、何年振りか、気恥ずかしさがあった。
トモキウスの顔を見るに、疲労も取れたように見えた。
「その内にな。休憩は終わりだ。次は身体の基礎訓練の時間だ。いつものように」
シファは態と話を打ち切った。
「はい!分かりました」
その後、全ての訓練を終わらせ、トモキウスはシファと共に温泉に入った。クレイア家の贅沢なところの1つだろう。
訓練を頑張った褒美として、背中を洗ってやるとトモキウスは笑い出す。くすぐったいらしい。あまりにも笑いすぎるのでシファも可笑しな気分になり、笑ってしまった。
散々笑い転げた後、トモキウスはシファの背中を洗う。しっかりと洗おうとするところにも、真面目さが出ている。
「トモキウス、昔話をしよう。クレイアとお前に出会う前の事を」
浴槽に浸かり、何となく話す気になったのだ。
「は、はい、師匠の昔の事ですね」
「あぁ、15年前、私は金毛狐族の族長だったんだ。だが、神聖王国が七聖教会と謀り、侵略戦争を仕掛けてきたのだ。建前は、獣人、亜人は悪魔であるとして、豊かな獣人国家の土地を奪い、獣人を奴隷とするためにな。実際には、神の加護を失ったためなんだがね」
ため息交じりに話す。
「神様の加護を?何故でしょうか」
トモキウスは真面目に聞く。
「神の名を騙り、好き勝手なことをしてたからだそうだ」
シファは笑いながら言う。バカバカしいと思っているのだろう。しかし、トモキウスはシファの言い方が気になった。
「師匠、それは誰に聞かれたのですか?」
シファが振り向く。
「実はな、神様なんだ。神を騙り余りにも好き勝手するから潰すタイミングをはかっていたそうでな。凄まじかったぞ、神の怒りは」
「師匠、からかっていますね?」
シファが笑いながら言うもので、トモキウスはからかわれていると思ったのだろう、頬を膨らませている。怒っているのかもしれない。
「本当さ。神は意外と近くにいるのさ。愛する者のね」
「じゃあ、師匠は神様に?」
トモキウスはシファの顔の真ん前まで顔を近づける。
「顔が近い顔が近い」
シファが片手でトモキウスの顔を軽く押すと、トモキウスはバランスを崩し、後ろに倒れ、水飛沫が上がる。トモキウスは直ぐに立ち上がり、顔を拭う。幸か不幸か、お湯が鼻に入ったり、飲んだりはしなかったようだ。
「師匠~」
トモキウスはシファの方向にジャンプし飛び込みの様なことをしたが、さざ波程度しか起きず、トモキウスが再びずぶ濡れになっただけである。
随分と懐かれたものだ。シファは、昔を思い出す。
「水も滴るいい男になったな?トモキウス」
「師匠は神様に守られてるんですよ」
「いや、私じゃないのさ。神、大地の神の愛し子はな」
空を見上げ、独り言のように言う。
「愛し子ですか」
「あぁ、姪っ子なんだがね」
「姪っ子というと、ご兄弟がいるんですね」
「弟がいたんだ。狩りの腕が良くて、統率力もあるから、私に代わり、隊を率いる事もあった。ある時、大量の魔獣の群れが出てな。弟と隊を別けざるを得なくなったんだ。順調に駆逐していたんだが、魔獣の他に魔神が現れて、弟の隊はかなりやられたんだ。あいつは仲間思いのやつで、皆を守ろうとして、1人で魔神を引き付け、仲間を逃がしたんだ。神様ってのは残酷さ、愛し子の父親すら護らないんだ」
シファの表情を見て、トモキウスは言葉に詰まった。
「とは言え、戦争からは守ってくれたし、大いなる加護もくれたからな。感謝はしてるんだよ」
シファはトモキウスに微妙な笑顔を見せる。
「師匠は、族長と仰いましたが、身分のある人が何故、此処に?」
話題を逸らそうとしたが、失敗したかとトモキウスは思った。
「尤もな疑問だな。姪っ子が、神の寵愛を受けたからな。俺は、神様に気に入れられて、神界に連れられて、神将に弟子入りさせられてな。ま、戦王の使徒にされたんだが、一通り修行を修めて、許しを得て、放浪の旅をしているのさ。使徒の中でも戦王は話の分かる人でな、きちんと断りを入れたら、許してくれたんだ」
シファの話しぶりから、かなりの年月を戦王の元で過ごしたように感じたが、そうするとシファは幾つなのか、トモキウスは疑問に感じた。
シファはその後、冒険者の様に各地を巡り、魔獣や魔神を倒していたら何時の間にか剣聖と呼ばれるようになっていた事、各地の国家とも縁が出来た事を話した。
そして約5年前、シファはある王国の高位貴族と揉め、王国からの追っ手を撒くため、クレイアの家もあるこの神霊の森に来た。神霊の森と呼ばれるが、精霊や妖精が住まう広大な森で、12神将により立ち入りが制限されている。神将の加護がある為、神将に認められた者しか入れない。
シファは森の中で戦王の使徒に会い、神霊の森の魔女クレイアの事を教えられ、クレイアの元に向かった事、クレイアと幼児のトモキウスと1年ほど暮らした事等を話した。
トモキウスは、クルクルと表情を変えながらシファの話を聞いていた。
「師匠とは、僕が僕と分からない時から知り合いだったんですね」
と、変な納得をしていた。
「まぁ、そうだな」
シファは苦笑交じりに答え、再び放浪していた時の話をした。
「なぜ、旅を続けるのですか?師匠なら何処にでも…」
トモキウスは、素朴な疑問をシファにぶつけようとしたが、クレイアの使い魔が来て、昼食だと告げ消えた。
「昼だな。戻ろうか」
シファは立ち上がるとトモキウスに手を差し出す。トモキウスはシファの手を握り立ち上がり、クレイア家へと戻る。その間も、2人の会話は続いていた。
トモキウスのシファを見る瞳は明るく輝き、師匠というよりも父を見ているようであった。