出会い
少年はその日、奇妙な気配を感じて目が覚めた。静かにベッドからおり、力ある言葉を放つ。
「光よ」
少年は拳大の小さな光の玉を創り出し、窓から外に明かりが漏れないよう設計された場所に、光球を飛ばし固定する。
少年は5~7歳くらいだろうか。大きめの寝間着は立っている少年の手足をすっぽりと隠すほどである。
カーテンと窓の間に頭大の木の玉を入れる。安全を確認し、窓から外を伺う。少年とは思えないほど鋭い目をして外を見る。
月明りで見える影と姿から見て人間だろうか?ゆっくりと家に近づいている。
少年の住むこの家に人が訪ねて来るというのは、少年の記憶の中にはない。
今は真夜中で、真っ当な人間が訪ねてくる時間ではない。
また、この時間帯は魔獣除けの結界が張られており、魔獣は結界により周囲を彷徨い続ける事になる。
少年は、この結界を張った義母から、人にも効果があると聞いているので、ここに来ただけでも外の人物は相当な実力者だと理解できる。少年にとって、義母は偉大な魔法使いであり、敬愛する母親である。
少年は、覚悟を決めた様な顔をしてベッドに戻り、ベッド下から護身用のダガーナイフと革鎧を引っ張り出す。寝間着の上から革鎧一式を着こみ、ダガーを腰のベルトに取り付け、1階に素早く降りる。玄関に人影を見た瞬間、声をかける。
「お義母さん!」
呼ばれた人物は振り向き、少年を見て困った様な表情を浮かべる。お義母さんと呼ばれた女性は20代半ばであり、腰よりも長い癖のないプラチナブロンドの髪を後ろで纏めて縛っており、美しい顔立ちをしており、赤い瞳が印象的であった。女性はこの時間帯でありながら、普段着のままである。
「トモキウス、子供が起きていていい時間じゃないのは判っているの?それに、その恰好…」
少年は義母を護る騎士のつもりでいたのだが、優しく叱られて意気消沈してしまった。
「だって、妙な気配を感じたから…お、お義母さんが心配だったから…」
「もう、目に涙を浮かべて…」
子供を優しく抱きしめながら、耳元でささやく。
「私のかわいい小さな騎士さん。お母さんは大丈夫よ。貴方がきちんと寝て、健やかに育ってくれるほうが嬉しいわ」
「で、でもね?お義母さんの結界に惑わされずにお家まで来たんだよ」
先ほどとは打って変わり、年相応の子供のように母親に話す。
その時、扉がノックされ、家人の名前を呼ぶ男性の声が聞こえた。
「夜分に済まない。クレイア・シェイスター」
「お母さんの友達よ?もう、その目は仕方ないわね。自分で確認するまで納得しないわね」
クレイアと呼ばれた女性は、子供を見て強い意志を感じ、ため息をつき、諦めたように言った。そして子供から離れ、扉を開ける。
「久しぶりね、シファ?貴方も変わらないわね。女性の家を訪ねる時間ではないわよ」
扉の前にいた男性は、頭からすっぽりとフードを被り、マントを纏い、腰には4本の剣を下げている。
「今は夜間型かと思ったのでね?それに、呼んだのは君で、使い魔には今日あたりに着くと言っておいたはずだがね」
シファと呼ばれた男はフードを脱ぐ。
灯りに照らされた肩ほどもある金色の髪は妖しく輝いていた。頭部には狐の様な耳があり、獣人と呼ばれる種で、金毛狐族とわかる。
金色の瞳は優しさと意志の強さを感じさせ、少年はシファから目を離せなくなっていた。
マントを外すと190以上はありそうな、鍛えられ引き締まった武人然といった感じの身体が現れた。紫色の半袖の肌着に赤い袖のない道着の様なものを着ている。
少年はシファを探るようにジッとみていたが、シファと目が合った。
「初めまして、クレイア・シェイスターの子で、トモキウス・シェイスターです」
トモキウスは顔を赤くしながらシファに挨拶をする。シファは優しく微笑み、頷いて挨拶を返す。
「覚えていないか…初めまして、私はシファ。金毛狐族のシファと覚えてほしい」
トモキウスに対して、とても優雅で丁寧な挨拶を見せた。所作がとても美しく、トモキウスは見惚れてしまった。
「さあ、良い子は眠りなさい。シファは前の様に客間で休んでね」
クレイアは、後ろからトモキウスを抱きしめ、優しく眠るように言い、シファには旧友に対するように言った。
「ああ、明日…じゃないな。朝、落ち着いたら時間をくれ」
「当然ね。貴方が来てくれたんだもの、説明するわ」
「お義母さん、シファさん、お休みなさい」
それぞれがそれぞれに挨拶を済ませ、部屋に戻って行った。
トモキウスは部屋に入ると、鎧を外してベッドの下にしまう。そして、ベッドに入ると直ぐに眠りに落ちた。
トモキウスが目を覚まし、時計を見ると昼近くだった。着替えながら気配を探ると、1階に2人居るのが分かった。直ぐに着替えを終わらせ、洗面所で歯を磨いて顔を洗い、居間に向かう。
「ごめんなさい。寝坊しました」
居間に入り、頭を下げて謝る。
「今日は仕方ないわ。食事をしたら、いつもの場所で薬草採取をしてきてね。お母さんは一緒に行けないから、きちんとした装備で行くこと」
1度シファを悪戯っぽく見て、トモキウスには母親の顔を向け話す。トモキウスは不思議そうな顔でクレイアを見つめている。
「待てクレイア、1人で行かせるのか?この子は…」
シファは、1人で外に行かせようとするクレイアを非難するように言う。
「大丈夫ですよ、シファさん。僕はこの辺の魔獣には負けませんよ」
トモキウスは胸を張り言う。シファは、その少年の態度に内心苦笑した。
「そうよシファ?私が危険な真似をさせるとでも」
シファは、2人を交互に見て、ため息交じりに了承した。
「では、失礼します」
一礼して食堂へと向かう。朝昼兼用の食事を済まし、革鎧一式を装備し、ダガーナイフ2本を腰のベルトに着け、リュックサックを背負う。薬品庫に行き、薬棚から必要な薬をリュックサックに入れて野生でしか生えない薬草を取りに行く。
家を出て周りを見ると、妖精が飛んでいるのが見える。妖精は様々な種類がおり、大きさは20~30㎝程度で、人の様な姿だったり獣人や亜人の様な姿もある。また、妖精は、妖精に認められないと触れることも、姿を見ることも出来ない。霊力の高い一部の妖精は、長い期間を経て精霊へと進化する。精霊は大別すると4種であるが、元の種の影響から個体差が出る。
「お~い!トモ~」
と、トモキウスを呼ぶ声が聞こえる。この声の主をよく知っている。
「シルフィー!」
声の聞こえた方ではなく、反対側を見る。
「バア!って、なんでこっち見てるのよ!」
トモキウスの目の前現れたのは30㎝ほどの少女であり、揶揄う様な仕草をしていたが、目が合うなりプリプリと怒りだした。
少女は4大精霊の1つで、風の精霊シルフと呼称される娘である。精霊に娘と言うのもおかしな話だが、2人は幼馴染でもある特殊な関係だ。
「それは付き合い長いからね」
トモキウスが笑いながら言うとシルフは
「6歳のくせに付き合い長いって」
と、笑い返す。その笑顔はとても可愛らしく、美しくも見えた。
「シルも6歳だろう?同い年なんだから」
「あ~ら?私は貴方よりも早く誕生したから、人間で云うところのお姉さんよ」
ふふんと自慢げに微笑みながら手を腰に当て身を逸らす。トモキウスは、シルフィーはそういう所が子供っぽいんだよと思うが、言うと話が長くなるので胸にしまう。
「はいはい、で、そのお姉さんがどうしたの?」
手振りを交え聞き返す。
「ムゥ~、まあいいわ。朝、姿を見なかったし、気になったの。起きてた子たちに聞いたけど、お客さん来たんでしょ?」
腕を組み、片目を瞑りトモキウスを見る。
「うん、お義母さんの知り合いみたい。朝は、寝坊したんだよ」
恥ずかしいのか、寝坊の声は小さくなっていた。
「ふ~ん。で、あんたは何処行くの?珍しく、バッチリ装備整えてさ?草原?」
シルフィーは革鎧を指差し、前のめりで聞いてくる。
「そう、薬草採取だよ。あと…昼近くまで寝ちゃったから体を動かさないとね」
やはり寝坊が恥ずかしく、シルフィーから目を逸らして言う。
「人間は不便よね~」
クスクスと可愛らしく笑う。
「で、僕は行くけど、シルフィーも来る?」
トモキウスは、ちょっと口はうるさいが、仲のいいシルフィーと一緒に行きたいと思い、誘ってみた。
「う~ん、気が向いたら行くわ。じゃあね」
残念ながら断られた。気が向いたらというが、精霊も妖精も色々と忙しい。
「うん、またね」
トモキウスは笑顔で手を振り、シルフィーと別れた。
暫く歩き、途中で魔法の練習もしようと考える。風の魔法を使おうと思い、目を閉じ、頭の中にイメージをしっかりと浮かべ形にする。そして力ある言葉を発する。
「風よ」
体の周りを風の魔力が覆う。自身の魔力を妖精や精霊の力を使い変換し魔法とする。魔力を収束して体を浮かせる。コントロールはまだ慣れていないが、ここからは一直線だから、落ちないように真っ直ぐ飛ぶだけだと考える。一応、魔獣対策で地面から50㎝くらいの高さで飛ぶ。
「うわー!気持ちいい」
歩くより早いし、より薬草採取に時間を掛けられる。が、トモキウスは失念していた。道は一直線だが途中は緩やかな登坂だった。気が付いた時には地面スレスレで、慌てて魔力の一部を地面側に回し、一気に地面から距離をとる。直ぐに戻るが、飛びすぎたようで魔鳥に見つかっていた。
「キイイイエエエエ」
数羽の魔鳥が甲高い声で鳴き襲撃してきていた。鳴き声が聞こえなければ、危なかった。間一髪、身に纏った風の魔法を両腕に纏わせ攻撃魔法に変換して放つ。
「風刃」
手刀を相手に叩き込む様に魔鳥へと振りかざす。風刃を放つと同時に直ぐ魔力を練る。腕を振ると同時に力ある言葉を放つ。4羽倒すと魔鳥は逃げ出した。周囲の気配を探り、安全性を確認した。と、同時に座り込んでしまった。
「こ、怖かった~」
呼吸を整え少し休む。
改めて周囲を警戒する。敵は居ない。深呼吸をしてから立ち上がり、魔鳥に近づき再度深呼吸をする。
ダガーナイフを抜き、魔鳥から魔鳥たる所以の魔石を取り出す。
トモキウスの足元には真っ黒な小石が4っつあった。リュックサックから手ぬぐいを出し魔石を拭い、リュックサックにしまう。
もし、第三者がいたらこの奇妙な光景をどう思うのか。
6歳の少年が躊躇いもなく魔鳥から魔石を取り出し、血抜きをし、羽をきれいに取る様を。
「薬草採取前に荷物が増えちゃたな。怒られるかな。でも晩御飯に一品増えるし、大丈夫だよね」
捌いた魔鳥に氷結魔法を掛け、リュックサックに吊り下げの棒を取り付け魔鳥をぶら下げる。
リュックサックを背負って先を急いだ。
何だかんだで薬草の自生場所に到着し、リュックサックから折り畳み式の籠を取り出して組み立て、直ぐに薬草採取を開始。3時間ほど採取し、一杯になった薬草籠見て満足したトモキウスは、帰宅することにした。
「不味い。なんか囲まれてる?」
立ち上がりざま周囲の気配を探る。薬草採取に夢中になって警戒が疎かになっていたのだろう。周囲に十数体の敵性生物の気配を感じた。
魔獣なら最悪、魔鳥肉を囮に逃げられるけど、魔獣ではないようだし、でも、何故ここに知らない気配があるんだろう?
トモキウスがクレイアに連れられ、この辺に来るようになって、約3年。1人だと2カ月程度しか経験はないが、この土地の魔獣や魔鳥の気配の種類、判断方法は、クレイアに徹底的に叩き込まれている。だからこそ、ここまではっきりしない気配は初めてで、気持ちが悪かった。
クレイアも、トモキウスの能力で行ける、確実に安全と言える場所にしか来させてはいない。
トモキウスは相手の力量が分からず、動かない相手に待ち厭きた。
「でもなぁ、君たちには、やっぱり何もあげたくないや」
あえて大声を出し、注意を引き付け周囲を見回す。相手の反応を確認し、力ある言葉を放つ。
「風よ!」
風の魔力を身に纏い、籠を掴み抱きしめ一気に上空に飛ぶ。と、同時に立っていた場所を矢の様なものが飛来する。
「残念でした~。バイバイ~」
トモキウスは高度を上げつつ、自宅方向とは違う方向に飛び、ある程度進んでから高度を下げ自宅に向かった。
飛び上がった一瞬に見えたのは、人型の生物だった。多分、人ではないはずだ、トモキウスは考えながら戻っていた。運よく魔鳥には出会わなかった。
家に着き、義母クレイア、シファに先程の出来事を話した。
「空は飛ばないって約束を破ったのね?」
クレイアは謎の敵よりも、空を飛んだトモキウスに対し叱る。
「そ、それは…ごめんなさい」
「無事だったから良いけれど、魔鳥の種類によっては、貴方では絶対に勝てない、逃げられない相手がいるのは教えたでしょう」
淡々と叱るクレイアの声は、トモキウスには物凄く堪えた。
「はい…」
トモキウスはすっかり涙目になっていた。
「はあ、困った児ね」
あえて大きな溜息をつき、トモキウスの反省を促す。顔を下に向け泣き顔を見せないようにしているが、床には涙の跡がハッキリと出来ていた。
「さぁ、顔を上げて、話を聞きなさい」
言われて顔を上げたトモキウスだが、目は赤く大粒の涙があった。
「はい、お義母さん」
鼻を啜り、涙を零しながら返事をするトモキウスを、十分に反省をしたと満足げにみたクレイアは、優しく言う。
「貴方が見たのは、小鬼族ね。魔獣や魔鳥を狩って生活している種族よ。貴方の力なら十分に勝てるわ。初見の相手からちゃんと距離を取り、家を悟らせないよう帰ってきたのはいいわね。でも、飛ぶのはお母さんと一緒の時だけよ」
泣き顔の息子が、泣いている程度で人の話を聞きとれるかどうかくらいは分かっている。
「う、うん、あ、いえ、はい」
褒められたと思った瞬間流れるままだった涙が止まり、笑顔になった。クレイアも笑いそうになったが、トモキウスの反応には慣れていたので微笑む。
「ぷ、ふはははは…」
シファが笑い出す。
「どうしたのシファ?急に笑い出して、笑われるとこの子のためにも良くないのだけど」
「すまない。昔の君たちを知っているとな。トモキウス君、分かっているとは思うが、お母さんは怒っているわけではないよ。心配なだけなんだ」
シファはトモキウスに向き直り優しく言葉をかける。
「はい、大丈夫です。お義母さんは、僕が約束を守らなかったから怒っただけだって」
「そうだね、守れなかったと、守らなかったは似て非なるものだ。しかし、君は本当に6歳なのか?」
「えぇ、この子は6歳で間違いないわ。あの方の血を引く」
トモキウスの前にクレイアが答える。
「彼の、樹皇の血か…本当にいいのか?」
シファは真剣な面持ちで聞く。トモキウスは不思議そうに二人のやり取りを見ている。
「今日まで私に出来ることはしたつもりよ。この子は単純な戦闘力なら使徒にも匹敵するわ。だけど、近接戦闘は全然だし、私では教えられないもの。魔法だけで勝てない相手は多い、逆もね。だから剣聖の力が必要なの」
「と、いうわけでトモキウス君、明日から私が君に、武器を使った戦い方を教える」
「え、シファさんが先生をしてくれるんですか!」
「そうよ。私が頼んだの。私は暫く研究に集中するからね。すべては貴方を強くする為にね」
「お義母さんには会えなくなるの?だったら、強くなんて…」
言い終える前にクレイアはトモキウスを抱きしめる。そして
「何を心配してるの?食事は一緒にするし、離れ離れになるわけじゃないのよ?」
「うん、お義母さん。シファさんよろしくお願いします」
トモキウスはクレイアの言葉に頷き、クレイアから離れシファに近づいて一礼する。
「あぁ、任せてくれ。君をよく知ったうえで鍛えていくつもりだ」
シファはトモキウスの頭に手を置き優しく撫でた。シファの大きな手に、トモキウスは感動していた。
クレイアが厳しくも優しい母であっても、トモキウスは6歳であり、どこかで父性を求めてもいたのだろう。
頭を撫でられたトモキウスの、シファを見る目が熱を帯びていたのをクレイアは見逃さなかった。母として、子供が父親を求める感情があることは理解しているのだが、女としても母親としても複雑な気持ちがあった。
「じゃあ、食事にしましょうか。皆で作るわよ」
クレイアが椅子から立ち上がり、2人を調理場へと誘う。
「分かった。トモキウス君の狩ってきた魔鳥の処理も問題ないようだし、こちらは私の方で調理しよう。将来、君が旅に出た時の為に、野営料理を知っておくのも良いだろうからな」
シファは、椅子から立ち上がりながら、クレイアとトモキウスを交互に見やり言う。
「はい、お手伝いします」
トモキウスも立ち、2人に付いて行く。
その日以降、旅立ちの日まで、トモキウスの記憶には、優しく温かい、かけがえのない家族の記憶として残る。