女神
知ってるか?
エネルギー保存の法則ってやつを。
……いや、別に真面目に勉強してたわけじゃない。
授業なんて寝てばっかだったし、教科書もまともに読んでない。
オレは、ブラック企業に勤めるさえない会社員だったんだ
それでもなんとなく──マンガやゲームで覚えた知識がある。
エネルギーってやつは、形を変えても、なくならないんだって。
ブランコに乗ると、最初高いところで止まっていて、少しずつスピードが早くなる。
で一番下まで来て地面が近くなると、最大スピードになる。
それから反対側に上がるとスピードが遅くなり、
やがてゼロになって反対側に動き出す。
また一番下まで来て地面が近くなると最大スピードになる。
それを繰り返して、振り子のように揺れ動くだろ。
エネルギーは増えたり減ったりしない。
ただ、形を変えて存在し続ける。
これが宇宙のルール:エネルギー保存の法則だ。
運動エネルギーだけじゃない。
化学反応も電気の力も、それに質量だってエネルギーだ。
エネルギーは減るんじゃなくて、他の形に変換されて保存されているんだ。
──大理石の階段を踏みしめ、オレは神殿に足を踏み入れた。
壁際には、柱のような装置が並んでいる。
一見すると宗教的な意匠──翼を持った人間や女神を表す紋様
だが、その形は完全に異世界のものだった。
まったく異なる環境で進化を遂げた異生物を表していた。──
……じゃあさ、召喚ってなんなんだよ。
この世界に、いきなり人間──オレみたいなのが「召喚」して現れたらどうなる?
オレが持ってた分の質量エネルギーが追加される。
エネルギー保存の法則が、破綻するはずだろ?
でも、そうじゃない。
オレは、元の世界でトラックに跳ねられて──たぶん、あの瞬間に“消えた”んだ。
そして、あっちの世界で消えた代わりに、こっちの世界に現れた。
ってことは、元の世界とこっちの世界を合わせて、帳尻を合わせてる。
召喚は、二つの世界をまたいでエネルギーを保存しているんだ。
──柱のような装置の間は、半透明の外装でおおわれていた。
その内側では、無数の光の回路が流れ、心臓の鼓動のように、ひゅん、ひゅん、と脈を刻んでいる。
床から天井まで、数十本の光のラインが立ち上がり、部屋全体を構造ごと縫い合わせている。
それは結界にも、回路にも、拘束にも見えた。──
……じゃあ、タイムループは一体なんだ?
タイムループするたび、勇者の数が増えていった。
それぞれにエグセクターとコランダムシールドを持ち、それぞれに飯を食って眠って、笑って泣いて
──それってが全部、質量エネルギーだ。
この世界にだけ、どんどん勇者が溜まっていく。
なら、どこか別の世界──この世界とよく似た、
だけど微妙に異なる「パラレルワールド」があって。
そこでは、勇者が一人づつ消えているんだ。
そう。
そこにはもう、魔王と戦う勇者なんていない。
タイムループも起こらない。
魔王が暴れているかもしれないし、平和に統治しているかもしれない。
ただ勇者が減るたびに、他の世界は痩せ細っていく。
そして、この世界だけが──異様なまでに肥大化している。
……誰がそんなことをやってるのか。
エネルギーをかたよらせ、世界のバランスを崩している張本人。
そいつが、このパラレルワールド全体のバランスを壊しているんだ!
この神殿の奥に、そいつがいる。
──部屋の奥、半ドーム状になった空間の最奥には、巨大な祭壇──いや、装置があった。
それを取り巻くように、浮遊するリング状の装置がいくつも回転し、
そこから出る幾筋もの光が、装置と空間をつなぎ止めている。
光の色は白──けれど、その白さが怖かった。
何もかもを消し去る、真実を塗りつぶすための白。──
その中に、静かに女神がたたずんでいた。
999年と2年ぶりだった。
前に会ったときは、どこか神秘的で美しく
……たしかに“女神”と呼ぶにふさわしいと思った。
でも今は違う。
その姿は、まがまがしくゆがみ、光の奥に影がにじむ。
あふれるオーラが黄金の網となって広がっていた。
彼女の微笑みは慈愛と言うより捕食者のそれだ。
うっかり触れた者のエネルギーをむさぼりつくすのだ。
邪悪な波動が襲いかかってきた。
でも、オレはひるまない。
月の光を放つコランダムシールドが、女神の悪しき閃光を跳ね返した。
『我こそは……タイムループを繰り返し、この世界の仕組みを壊す魔王なり!!』
オレの声が、神殿に響いた。
『パラレルワールドのエネルギーを横取りし、世界のバランスを破壊する……邪悪な存在よ、覚悟しろ!!』
女神が、声にならない怒りの高音を発していた。
空気が震え、神殿の壁がきしんだ。
オレは、雷光の輝きを発する聖なる剣を高々と掲げた。
刃の中央にある紋様が、オレの信念に呼応するように白熱を発していた。
そして、エグセクターを邪悪な女神に突き刺した。
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