勇者 1000
あいつらが、ついにここまで来た。
灰色の石畳を踏みしめるたび、ブーツ越しに伝わる重たい空気。
薄暗い壁に掲げられた松明が、巨大な広間を淡い光で照らしていた。
ざっ……ざっ……ざっ……
またしても勇者たちの足音が、魔王城の大広間に響き渡った。
最初からわかっていた。やがて来る。必ず、来る。
召喚の神殿が、次の勇者を送り込んでくるだろうと。
ガルヴァスの腕輪を手にしたあの日から。
オレが、新たな魔王となった時から。
……けれど、最初の報告から1000人とはな。
(オレ自身が──気づかないうちに、タイムループさせていたのだろう)
それを1000回も繰り返していたのなら、確かに辻褄は合う。
勇者をループさせるたびに、オレの時間軸も書き換えてしまったのだ。
それでも──オレは、この短い期間で、できるかぎりのことをしてきた。
魔王となっても無理な圧政はしなかった。
魔族と人間の間のいさかいを押さえて、税金は少なくし、古びた街道を整備し、魔界の産業に投資した。
ガルヴァスの力を試したくて荒野を一つ焼き払ったけれど、できるだけ被害の少ない地域を選んだ。事前通達も出して、住んでたやつは避難させた。実害はゼロだ。
結果的に、ガルヴァスの破壊力が噂として広がり、戦争の抑止力になったはずだ。
(……世の中は皮肉なものだ)
どんなに民のためを思っても、権力者は悪役にされる。
──魔王。それがオレに与えられた役割だった。
……もちろん。
勇者たちを滅ぼしたことは──毎晩のように夢に出る。
彼らの叫び声が、焼かれていく姿が、オレの心をむしばんでいる。
オレの身体に残された、999個のタトゥーが痛み出すのだ。
だが、どうしてもあいつらを許せないことがあった。
勇者ワンとスリー以降は、エミリーとの幸せな想い出を持っていた。
しかし2回目のループでワンと三角関係になったオレは、彼女と幸せな時間を過ごせなかった。
彼女が冒険の犠牲になるたびに、オレたちは泣いた。
失った恋人を想って。
けれどオレには、その想い出がなかった。
オレだけは、得られなかった彼女の微笑みのために泣いていた。
(だから、オレは──奴らを裏切ったんだ)
それに魔王になってからは、女の子にもやさしくしているぞ。
現に、今回の勇者たちが犠牲にした召喚士のユウナを、密かに助け出してある。
この魔王城にかくまって、何もかも打ち明けている。
彼女は、オレのことを許してくれた。
今では、この城でいっしょに暮らしている。
この無益な争いが終わったら、彼女と結婚しようと思ってるんだ。
そして、魔王など存在しない平和な世界で暮らしたい。
心の底から、オレはそう思っていた。
そのために、今──決着をつける。
オレは、王座から立ち上がった。
手には聖剣エグセクター。背にはコランダムシールド。
そして、腕には──ガルヴァスの腕輪。
大広間には、1000人の勇者が並んでいた。
一歩前に出ると、オレは奴らを見下ろす位置に立った。
『……お前たちが、新しい勇者だな』
静かに、だがきっぱりと告げた。
『待っていたぞ』
魔王の前に立っても、勇者たちはひるむ様子も見せない。
『だが、お前たちのような未熟者、1000人が束になっても……ワシを倒すことなどできぬ!!』
勇者たちはニヤリと笑い、1000本の聖剣を抜いた。
「……うっせえんだよ…………見ろ! これが1000本のエグセクターだ!」
「「「うおおおおおおおおおッ!!」」」
勇者たちの鬨の声が、大広間をゆらす。
オレは、ひるむことなく右腕を掲げた。
ドンッ!!
深紫と暗赤の閃光が、オレの腕から解き放たれた。
勇者たちは、すかさず1000枚の盾を構える!
「──ッぐうっ!!」
衝撃。1000枚のコランダムシールドがグキィィん、と音を立てる。
1000枚の盾が強靭な壁となり、受け止めてたわみ、そのすべてを弾き返した。
違っていたのは、勇者たちの立ち位置だった。
大広間の全体に、すり鉢状に段差を付けてあった。
それによって、跳ね返された魔力は四方に散ることなく、
王座の──この一点に集中するように導いていた。
運命を終わらせるための、最後の焦点。
オレはニヤリと笑い、光の中に飛び込んだ。
ガルヴァスの力が、オレのすべてを包み込んだ。