魔王城 1000
オレたちは、ついにここまで来た。
灰色の石畳を踏みしめるたび、ブーツ越しに伝わる重たい空気。
薄暗い壁に掲げられた松明が、巨大な広間を淡い光で照らしていた。
「ここが……魔王城の、大広間」
勇者ワンサウザンがぽつりとつぶやいた。その声には、緊張と、それからほんの少しの決意が混じっていた。
ああ、また戻ってきちまったな。
1000年前と同じ景色──だけど、違うのは、1000人の勇者軍団を引き連れているってことだ。女神の癒しの力なのか、オレたちは年を取らなかった。ただ古傷を増やし、経験を積み重ねて、文字通り歴戦の勇者になっていた。
オレの全身には、魔王との対決を表す1000個のタトゥーが刻んである。
他の勇者の身体にも、ループ回数に応じたタトゥーが浮かんでいる。
だが、それだけでは区別できないので、番号に応じて甲冑の色や紋様を変えてあった。
魔王城の大広間は、桁違いににぎやかだった。
ざっ……ざっ……ざっ……
1000の足音が、石畳を埋め尽くす。甲冑の軋み、剣の鞘音、誰かの小声、笑い声……すべてが不釣り合いなほど明るい。
最初の時は、ほんの数人の仲間と命がけで魔王城までたどり着いた。
だが今では、どの仕掛けも、魔物も、全部攻略済みだ。
──問題は、食料と寝床。
1000人もいれば、何人かは調理係、補給係に回ってもらわないとやってられない。
冒険というより、大遠征だ。
新人たちは、ほとんど何も苦労しない。ただの観光客気分だろう。
盗賊エドウィンは、最初から金で雇い、裏切られる前にこっちから切り捨てた。
白魔道士のエミリーは、三角関係にならないよう新人に譲った。
そして結局、彼女が冒険の犠牲になると、皆で泣いた。
……でも、これは「終わらせるため」の戦いだ。
目の前の階段の上に、巨大な王座。その上に座ってやがった。
黒のローブを羽織った魔王だ。
『……お前たちが、新しい勇者だな』
魔王の低く唸るような声。1000回も聞くと飽き飽きするぜ。
『待っていたぞ』
姿も、威圧も、昔と変わらない。変わったのは──こっちの数だ。
『だが、お前たちのような未熟者、1000人が束にならねば……ん?』
魔王の声が、途中で止まる。
『……勇者が1000人……?』
オレたちはニヤリと笑い、1000本の聖剣を抜いた。
「……うっせえんだよ……見ろ! これが1000本のエグセクターだ!」
「「「うおおおおおおおおおッ!!」」」
勇者たちの鬨の声が、大広間をゆらす。
だが、流石は魔王だ。
ひるむことなく、その右腕を掲げる。
そこには黒金のブレスレットがはめられていた。表面には、禍々しい紋様。
ドンッ!!
深紫と暗赤の閃光が、魔王の腕から解き放たれた。
オレたちは、すかさず1000枚の盾を構える!
「──ッぐうっ!!」
衝撃。1000枚のコランダムシールドがグキィィん、と音を立てる。
1000枚の盾が強靭な壁となり、受け止めてたわみ、そのすべてを弾き返した。
『ば、ばかな……! そんな……そんなもので……ワシの……ワシの魔力が……!!』
四方八方から反射した閃光が、逆に魔王の身体を貫く。
『ぐわああああああああああああああああッ!!』
魔王が叫び、のたうち、燃え尽きる──
その身体が、灰となって崩れ落ちた。
「…………勝った」
オレは、喉の奥から震える声をしぼり出した。
「ついに……ついに、魔王を倒したぞおおッ!!」
「「「うおおおおおおおおおおおおおおッ!!」」」
勇者たちが歓声をあげていた。
ある者は抱き合い、
ある者は泣いていた。
同じ勇者だったはずなのに、異なる経験と年月がそれぞれに違う反応を引き出していた。
オレは、もっとも長く共に冒険をしてきたツーを探した。
けれど──あいつの姿がどこにも見えない。
(……ん?)
騒ぎから離れて、ツーが静かに歩き出していた。
そして、魔王の残骸である灰に近づいていた。
(意外と静かな反応をするんだな──)
ツーは、足先で灰をかき分けていた。
本当に魔王がいなくなったのか確かめているのだろう。
「勇者ワン、ついにやりましたね!オレたち世界を救ったんですよ!」
そう言って飛びついてきたのは、フィフティシックスか?
オレは、軽く肩を叩いてやった。
もう一度、ツーのほうを見た。
何か見つけたのか、ゆっくりとツーがかがむ
気づいた時には、ツーの手が、灰の中から何かを拾い上げていた。
それは──ガルヴァスの腕輪。
「……ツー? おい、何して──」
「…………」
ツーは答えない。
ただ、ゆっくりと──腕輪を、自分の腕に装着した。
「ツー、おい、やめろ! 何を──」
そして次の瞬間。
ガルヴァスの腕輪が、深青と暗緑のイナズマを放った。
ズドォオオオオン!!
「え──」
爆音。光。絶叫。
──防げなかった。
誰も、盾を構える準備なんてしていなかった。
……だって、もう終わったと思ってたから。
「ぐああああああああああッ!!」
「な、なんで……!?」
「うそだろ、ツー……っ!?」
最後にオレが感じたのは、燃え上がる肉の臭いと、999人の勇者が崩れ落ちる音。
そして──たった一人だけ残ったツーがつぶやいた。
「……これで終わった…………やっと、勇者の使命から解放されたんだ」
その声は、静まり返った魔王城の大広間に飲み込まれていった。