表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/8

魔王城 1000

 オレたちは、ついにここまで来た。


 灰色の石畳を踏みしめるたび、ブーツ越しに伝わる重たい空気。

 薄暗い壁に掲げられた松明が、巨大な広間を淡い光で照らしていた。


「ここが……魔王城の、大広間」


 勇者ワンサウザンがぽつりとつぶやいた。その声には、緊張と、それからほんの少しの決意が混じっていた。


 ああ、また戻ってきちまったな。


 1000年前と同じ景色──だけど、違うのは、1000人の勇者軍団を引き連れているってことだ。女神の癒しの力なのか、オレたちは年を取らなかった。ただ古傷を増やし、経験を積み重ねて、文字通り歴戦の勇者になっていた。


 オレの全身には、魔王との対決を表す1000個のタトゥーが刻んである。

 他の勇者の身体にも、ループ回数に応じたタトゥーが浮かんでいる。

 だが、それだけでは区別できないので、番号に応じて甲冑の色や紋様を変えてあった。


 魔王城の大広間は、桁違いににぎやかだった。


 ざっ……ざっ……ざっ……


 1000の足音が、石畳を埋め尽くす。甲冑の軋み、剣の鞘音、誰かの小声、笑い声……すべてが不釣り合いなほど明るい。


 最初の時は、ほんの数人の仲間と命がけで魔王城までたどり着いた。

 だが今では、どの仕掛けも、魔物も、全部攻略済みだ。


 ──問題は、食料と寝床。

 1000人もいれば、何人かは調理係、補給係に回ってもらわないとやってられない。

 冒険というより、大遠征だ。


 新人たちは、ほとんど何も苦労しない。ただの観光客気分だろう。


 盗賊エドウィンは、最初から金で雇い、裏切られる前にこっちから切り捨てた。

 白魔道士のエミリーは、三角関係にならないよう新人に譲った。

 そして結局、彼女が冒険の犠牲になると、皆で泣いた。


 ……でも、これは「終わらせるため」の戦いだ。


 目の前の階段の上に、巨大な王座。その上に座ってやがった。


 黒のローブを羽織った魔王だ。


『……お前たちが、新しい勇者だな』


 魔王の低く唸るような声。1000回も聞くと飽き飽きするぜ。


『待っていたぞ』


 姿も、威圧も、昔と変わらない。変わったのは──こっちの数だ。


『だが、お前たちのような未熟者、1000人が束にならねば……ん?』


 魔王の声が、途中で止まる。


『……勇者が1000人……?』


 オレたちはニヤリと笑い、1000本の聖剣を抜いた。


「……うっせえんだよ……見ろ! これが1000本のエグセクターだ!」


「「「うおおおおおおおおおッ!!」」」


 勇者たちの鬨の声が、大広間をゆらす。


 だが、流石は魔王だ。

 ひるむことなく、その右腕を掲げる。

 そこには黒金のブレスレットがはめられていた。表面には、禍々しい紋様。


 ドンッ!!


 深紫と暗赤の閃光が、魔王の腕から解き放たれた。

 オレたちは、すかさず1000枚の盾を構える!


「──ッぐうっ!!」


 衝撃。1000枚のコランダムシールドがグキィィん、と音を立てる。

 1000枚の盾が強靭な壁となり、受け止めてたわみ、そのすべてを弾き返した。


『ば、ばかな……! そんな……そんなもので……ワシの……ワシの魔力が……!!』


 四方八方から反射した閃光が、逆に魔王の身体を貫く。


『ぐわああああああああああああああああッ!!』


 魔王が叫び、のたうち、燃え尽きる──


 その身体が、灰となって崩れ落ちた。


「…………勝った」


 オレは、喉の奥から震える声をしぼり出した。


「ついに……ついに、魔王を倒したぞおおッ!!」


「「「うおおおおおおおおおおおおおおッ!!」」」


 勇者たちが歓声をあげていた。

 ある者は抱き合い、

 ある者は泣いていた。


 同じ勇者だったはずなのに、異なる経験と年月がそれぞれに違う反応を引き出していた。


 オレは、もっとも長く共に冒険をしてきたツーを探した。


 けれど──あいつの姿がどこにも見えない。


(……ん?)


 騒ぎから離れて、ツーが静かに歩き出していた。


 そして、魔王の残骸である灰に近づいていた。


(意外と静かな反応をするんだな──)


 ツーは、足先で灰をかき分けていた。

 本当に魔王がいなくなったのか確かめているのだろう。


「勇者ワン、ついにやりましたね!オレたち世界を救ったんですよ!」


 そう言って飛びついてきたのは、フィフティシックスか?

 オレは、軽く肩を叩いてやった。


 もう一度、ツーのほうを見た。

 何か見つけたのか、ゆっくりとツーがかがむ


 気づいた時には、ツーの手が、灰の中から何かを拾い上げていた。


 それは──ガルヴァスの腕輪。


「……ツー? おい、何して──」


「…………」


 ツーは答えない。


 ただ、ゆっくりと──腕輪を、自分の腕に装着した。


「ツー、おい、やめろ! 何を──」


 そして次の瞬間。


 ガルヴァスの腕輪が、深青と暗緑のイナズマを放った。


 ズドォオオオオン!!


「え──」


 爆音。光。絶叫。


 ──防げなかった。

 誰も、盾を構える準備なんてしていなかった。


 ……だって、もう終わったと思ってたから。


「ぐああああああああああッ!!」


「な、なんで……!?」


「うそだろ、ツー……っ!?」


 最後にオレが感じたのは、燃え上がる肉の臭いと、999人の勇者が崩れ落ちる音。


 そして──たった一人だけ残ったツーがつぶやいた。


「……これで終わった…………やっと、勇者の使命から解放されたんだ」


 その声は、静まり返った魔王城の大広間に飲み込まれていった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ