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パリンドローン

作者: 吉川緑

 ある模型師が殺された。その模型師の手には、SD化された世界的に有名なロボが握られている。


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 -


「なるほど『ダイイングメッセージ』と言うわけですか」


 黒髪の人物はクイ、と己の眼鏡の位置を直すと、咥えていたパイポを口元から離して息を吐いた。


「そ、そそそ、そうです。死体の背中にはナイフが何度も突き立てられ、マリアナ海溝より深い憎しみが……その、滴り落ちるかのようで。身体中に熱いものを感じながら、ぐりぐりと突き立てられる硬い物。あぁ……。意識が星の超爆発みたいに真っ白になるその最中、ぎりぎりで掴んだ。そんな感じでしょうか」


 オドオドした態度の娘……まだ、20代だろうか。彼女が首を振るたびに、焦茶のふわふわとした髪が揺れる。


「背後からの一撃、というわけだな。初撃で首か肝臓を狙っていればそんなメッセージを残されることもなかったものを。未熟な犯人だな」


 鋭い眼光。口角をキリッと結んでどこかむっつりとした表情の中年が呟く。


「まあ、何も残っていなければ推理のしようもありませんから。ひとまずはこの材料から始めましょう」


 その言葉に、焦茶ふわふわ娘とむっつり中年が各々の仕草で同意を示す。

 黒髪眼鏡がその場の仕切り役なのだろう。


「では、始めましょう。このミステリーで売れるか検討を」


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 --


 カレーの有名な街の片隅。そこに建つビルの一室では、三様の人物が顔を合わせていた。


「飲み物は……いつもので良いですかね?」


 編集者である黒髪眼鏡。『狩石入歌(かるいしいるか)』はそう呼びかけると、迷いなくトマトジュースのパックを掴んだ。その手に伸びる爪は黒く塗られ、トマトの赤がまるで血のようだった。


「じゃあ、わたしはお水で」


 続いて、焦茶髪の娘。『迷言飾利(めいげんかざり)』がおずおずと手を挙げながら、カバンから一冊のノート――付箋がびっしり付いたそれを広げる。


 彼女は現役の作家で、人間の愛憎や繊細な背後関係を描くの長けている。東京と北海道を行き来する三股男の逢瀬を描いた『北辰急行三股事変』シリーズは、彼女の代表作だ。


「俺は持参しているから、なくて構わんぞ」


 そういって水筒から湯気を出しているのは元捜査一課にして自衛隊経験もある探偵の中年。『名取宗助(なとりそうすけ)』だ。

 意志の強そうな面構えで、依頼のためなら歌舞伎町の酒場から池袋のアニメ店に潜入することも厭わない、仕事熱心な男だった。


「それでは、先ほどの『ダイイングメッセージ』の件ですが」

「あぁ、それだがな……」


 議論が始まると同時に名取が口を開く。


「ダイイングメッセージというのはリアリティに欠けるのではないか? 百歩譲って死の確認をしないのはいい。突発的な犯行かもしれんからな。だが、それなら犯人は逃走していると見るべきだ。被害者はもっと分かりやすい方法で誰にやられたかを伝えると思うが」


 一理あります、と狩石は頷く。


「ち、違うんです! 被害者さんはもう……動けなかったんです。背中に突き立てられる鋭い感覚は、まるで腰を砕くように被害者の自由を奪っていたんです。だから、手近にあるものでしか、犯人を示せなかった。そういうことなんです」


 空中を抱きしめながら早口で猛烈に話す迷言は、一体何を想像しているのだろうか。

 彼女の様子にややおののきながら、狩石は尋ねる。


「で、肝心のメッセージはどういう内容なんです? 小物に有名商品を使って欲しいと言ったのは私ですが」


 迷言は執筆こそ出来るが、やや妄想に走って突飛な方向へと行きがちだ。そこを名取の豊富な実体験で補い、作品のリアリティや理論面をカバーし、狩石は適宜大衆受けしそうな要素を付け加えていく。


 売れる作品を生もうとする、狩石なりの布陣だ。


「被害者が掴んでいたのは、SDのRX-178とRMS-99です。つまり……わかりますよね?」


 分かりやすよね、と言われても型番号で呼ばれてわかるのは有名なやつだけだ。それこそ、惑星間を股にかける作品でカタコトの人語を話すアイツとか、湾岸道路で見かけるようなかっこいいスポーツカーとかくらいで。


 迷言の上目遣いで伺うような視線に困って、狩石は名取に目配せする。彼ならまだ、自分よりこういうのには詳しい。主に銃器とかで。


「さっぱり分からんぞ。そもそも、容疑者の名が分からないと誰を示すか検討もつかない」

「あっ。確かに。そうですね。容疑者は三人です。被害者の姉である『富ノ美兎(とみのみと)』、模型師仲間の『百万久志(ひゃくまんひさし)』、それから、古くからの友人である『黒井紫紀(くろいしき)』。今度こそ、わかりますわよね?」


 迷言は妙に強い筆圧でガガガッとノートに名前を書きつけた。被害者を中心として、取り囲む三名の名前。握られていたロボの型番号が添えられる。


「分からんな。やはり、ダイイングメッセージというのは信用ならん。もっと、直接的に名前を書くべきだ」


 呆れたように腕を組む名取は、ダイイングメッセージという時点で半ばやる気を失っている様子だった。

 狩石は、議論の弾みに欠けると判断して迷言に発言を促していく。


「名取さんはこう言っていますが迷言さんはいかがです? ここの前に、ヒントに繋がる描写があるんですよね?」

「そ、そうですね。話の大筋は……。アニメ鑑賞に訪れた主人公一行が、鑑賞後に中座していた被害者――『富ノ啓介(とみのけいすけ)』さんを見つけるという流れで……。そのときに見ていたアニメがヒントになっている、という構成なんです」

「それでは、見ていたアニメというのは?」


 迷言は両手をこねこねしながら口を開く。


「それは『機動戦士Zガンダム』……です」

「……いまは何も言いません。どうです? 名取さん。これで閃きましたか?」

「ふむ……」


 名取は顎に手をやって思案顔をする。

『機動戦士Zガンダム』それはいまから40年ほど前に放映されていた大人気アニメだ。

 ナイーヴにも見える主人公の熱い闘いや前作主人公とそのライバルの邂。複雑に入り乱れる派閥戦は今でも評価が高い。

 しかし、その最後は……。


「迷言……。ちなみにそれは、”TV版”でいいんだよな?」

「なっ……?!」


 名取の発言に迷言は髪を逆立て、その姿を数倍に大きくした――ように見えた。


「あー……名取さんって、原作至上主義なのかしら? わたしはー……劇場版の終わりの方が幸せで好きなんですけどねー?」

「何を馬鹿な。戦いには痛みが伴い、憎しみは何もかもを奪っていく。あの作品のキモはそこだろうが」

「はっ。献身的な幼馴染と次回作まで看護――。そんな展開もいいですけどー? わたしとしてはー。甘々で終わった方がいいっていうかー? わかります?」

「同意しかねるな。俺はこの作品にも造詣が深い。そもそも模型師にSDを握らせることすら、どうかと思っている」


 ――また始まってしまった。と狩石は内心で頭を抱えていた。

 この二人は、どういう訳か地雷を踏み合う間柄なのだ。


 名取は迷言の、迷言は名取の主張はあるだろう。

 だがしかし、打ち合わせで度々地雷を踏み合うというのは、進めにくいから止めて欲しい。

 それさえなければ、とても仲の良い二人なのだが……。


 そこまで考えていたとき、名取の言葉がふと頭をよぎった。『SDを握らせる』、確か、SDに続く何か単語があったような……。


 ――なるほど。そういうことか。


 狩石は二人の言い争いに割り込んで止める。


「あー。おふたりとも。一旦。一旦いいでしょう。正直、アニメ版は主題歌はじめ、後作にも繋がりますし、劇場版のifにも見える展開に救われた人も多いはずですから。やめておきましょうよ。それより……」


 狩石は迷言の方を向く。


「犯人がわかりましたけれど、ちょっと難しくないですか? これ……」

「えっ、メッセージ解けましたか?」


 さっきまでの青筋はどこへやら。迷言は顔をぱっと明るくする。


「俺もこいつか? というのは思い当たったが、確証は持てんな」

「少し、ひねってありますよね」

「もちろんです! そうでないと、ダイイングメッセージになりませんから」


 ――それはそうですが、と言いつつ、狩石は立ち上がってホワイトボードを席に寄せた。


「それでは、検討を始めましょう」


 ---

 --


「迷言さんが作ってくれた事件案。これは被害者が持っていたSD等身のMS――RX-178とRMS-99から犯人を推測する『ダイイングメッセージ』物です」


 狩石はホワイトボードに関係するキーワードを書き進める。


「お題にしてもらっていた『有名作をギミックに』、『読者も解きやすい』という点には応えてもらっています」

「『犯人はもっとスムーズに殺せた』、『死の間際、犯人を暗号で示すか?』という疑問はあるがな」


 名取は目をつむって腕組みしながら呟いた。


「そこは次の改善として考えてみます……。『ダイイングメッセージ』は王道ですから」

「いや、被害者の所持品から犯人を特定することは多い。その範疇としてみれば……ぎりぎり及第点だ」

「……ありがとうございます」


 狩石は内心で苦笑いする。

 基本は尊重し合っている名取と迷言なのだ。妙なところで衝突しなければいいコンビなのだが。


「じゃあ、難易度的にどうか考えてみましょう。正直、これを解けたのは運の要素が大きいかなと」

「そうですねー。狩石さんは、すぐ思いついても不思議ではないですねー」

「じゃあ、俺が辿り着けないのは、なぜなんだ? 知識か?」


 その言葉を聞き、狩石はきゅぽっとペンの蓋を抜き、ホワイトボードに自らの名前を記述する。


「『かるいし いるか』これを見て、何か気づきませんか?」

「そうそう。これは大きなヒントですよっ。名取さん」


 そう、これはヒントであり、答えだ。つまり、狩石は答えに先に行き着き、そこから暗号を解いた。


「……繋がらんな。俺は順当に『メッセージ』の真意を探った。RX-178は『ガンダムMK-II』でRMS-99は『リック・ディアス』だ」


 名取は立ち上がって「ペンを」と手に取った。そのままホワイトボードに書き進めていく。


 すらっとした人型と、ずんぐりした人型の絵柄が、ホワイトボードに追加される。


「この二機は……それぞれ複数のカラーリングがある。『ガンダムMK-II』は白と黒。『リック・ディアス』は赤と黒。共通して黒が入っているが、どちらかを紫と見なせば『黒井紫紀』を指し示す……」


 名取はそれぞれに黒い斜線で色をつけていく。


「と、思ったのだがな。被害者に残された時間は僅かだ。だが、手近な物で色を伝えるくらいはできるだろう」


 名取はペンを狩石に返して「だか、それではSDの意味もない」と続けた。

 迷言は「ですよね。ですよね」と嬉しそうだ。


「名取さんと迷言さんの反応を見る限り、この謎は大体意図通りになっているようですね」

「はい。『黒井紫紀』はミスリードです。模型師さんはリアル頭身のフィギュアやプラモデルに携わることが多いです。仮にSD専門というなら、それは作中で明言しないと、ずるいですから」


 狩石は再度ホワイトボードに向き直る。


「順を追っていきましょうか。名取さんこの二機はなんですか?」

「……色を抜いた場合、MSかガンダムだな」

「つまり、MSが二機、またはガンダムが二機、G2もしくは、MS2、さらに言えばーー」


 狩石はホワイトボードに『SD』と大きく書きながら続けた。


「GsかMSs」

「待て。それじゃあ、もしかして」


 名取は大きく頷いて、ホワイトボードへ隠されていたメッセージの全容を書き起こす。


『SDGs』


 これは近年耳にすることの多い単語だろう。

 それには『持続可能な世界』など多くの意味が込められているが今回の場合――。


「つまり『循環』名前や人を表すならば、それは『回文』」

「なるほどな……」


 狩石は自身の名前とSDGsのところへ矢印を引いた。

 ここまでくれば、犯人の名前はもう、明らかだろう。


「だから、『狩石入歌』君の方が早く辿り着いたというわけか。犯人は被害者の姉……『富ノ美兎とみのみと』」

「そういうことです」


 迷言はひまわりのように笑顔を見せた。


 ---

 --


「ちなみに動機は禁断の愛に浸っていた姉弟が、弟の趣味に嫉妬したという姉の深い乙女心×狂気ゆえです。わかりますよね?」


 迷言は天井に手を伸ばし、切々と語っている。


「まったく、妄想小説家は……。何でもすぐに官能小説にしていく」

「いつものことですよ。じゃあ、また連絡しますね。名取さん」

「あぁ、そうだな。俺の方でも何か使えそうなギミックはないか考えておく」


 二人が席を立っても迷言の演説はまだ続いていた。


「抑圧されるほど燃え上がる炎は姉に留まり切らず、衝動的に姉は……弟をその手に……あぁっ」


 ――まったく。腕は良いんですけれどねぇ。

 狩石は会議室の出口に立って振り返った。


「迷言さん、電気消しますよ」

「あっ。待ってくださーい」


 次の話は一体、どんなミステリーになるのだろうか。


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