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Flight to Chaos

 対航空犯罪武装私服警察官スカイマーシャルの久我は、久々の長期休暇をフロリダで満喫するために航空機に搭乗する。それが混沌への第一歩とも知らずに。

 コスプレ好きな外国人カップル、お調子者ギークの巨漢黒人、何かを隠していそうな親子連れ、怪しい関西弁を喋るブロンドCA、果てはハイジャック犯まで、久我の圧倒的不運が個性豊かな面子と厄介事を吸い寄せる。

 様々な思惑が交錯し、機内は大混乱、収拾はつきそうもない。


 だが、久我は不運に屈することは無い。例え休暇中で丸腰であっても警察官のプライドだけを武器に、ボロボロになりながら目の前の悪事や危機に立ち向かっていく。善良なる市民を守るために。


 そして、物語は思わぬ方向へ動き出すのだった。


※この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません

@東京国際空港 109番搭乗口付近待合スペース

 

 嫌な予感がする。

 

 せめて晴れていれば気分も少しは違ったかもしれない。久我(くが)は大きな窓越しに見事なまでの曇天を見て、憂鬱な気分になった。嵐の予感さえする真っ黒な雲だ。

 久我と同じ飛行機に搭乗するらしき幼児は、大きな窓に張り付いて発着する飛行機を夢中で見ている。


 そう、飛行機は良いものだ。1日中だって見ていられる。


 久我の仕事は対航空犯罪武装私服警察官スカイマーシャル(SM)であり、週に3,4回は旅客機の乗客に扮して秘密裏に警邏けいらする。それを天職と思うくらい、飛行機が好きだ。飛行機に限らず、空を飛ぶモノは自由を感じて全般的に好きだった。


 だから、上司が気を利かせて久しぶりに取れた長期休暇でも飛行機に乗るのは当然の帰着であり、目的地も飛行に関する事だった。フロリダ州にあるスペースシャトルが展示されている施設に見学に行くのだ。空の上にある宇宙にも久我は、興味をそそられる。

 ただ、そのワクワク感よりも懸念事項に対する不安の方が大きかった。


 久我は圧倒的に()()()()()()のだ。運に見放されていると言っても過言ではない。


 子供の頃からそうだった。

 くじはいつもハズレだが、何かの当番を決めるなどネガティブなくじだと必ず当選する。

 道を歩けば、どんなに気を付けていても3回に1回は獣の糞らしきものを踏んだり、鳥の糞が空から降ってきて付着する。

 各種受験の時は、前日にどんなに体調が良くても必ず謎の発熱や腹痛に襲われる。ストレスによるものかと思い、精神科医も含む各種医者の診療を受けたが異常は見当たらかった。

 デートの時は、必ずと言っていいほど交通機関に遅れが生じたり、道中でひったくりが発生して追いかけることを余儀なくされたりで、1時間くらいは遅れるのがデフォだ。それが原因で4回振られた。


 ただ、久我は強靭だった。その運の悪さに屈することなく経験として活かし、あらゆるリスクに備えるスキルを身につけた。そのスキルを活かし、警察官となったのは必然かもしれない。

 そして、警察の中でもその不運さが威力を発揮し、多くの凶悪犯確保実績を積み上げて、現職にスカウトされたのだった。彼はそれを誇っている。


 しかし、不思議な事に今まで自分が任務搭乗した際にハイジャックなどの大きな事件は発生していない。確かにセキュリティ体制が強化された近年では、ハイジャック発生件数が世界で見ても両手数えられるくらいしかない。SM不要論も囁かれているくらいだ。

 だが、その宝くじ一等のような確率を久我は引き当てる自信があった。


 非武装の完全プライベートな搭乗。これは、不運の悪魔を引き寄せるには絶好の餌になるのではないかと、久我は今更ながらに思っているのだ。


 そのスタートがこの曇天。

 久我は溜息をつく。


 過去に何度もパワースポットの参拝や厄除けで有名な神社仏閣でお祓いを試して、その効果の無さに絶望しているが、彼は神頼みせずにはいられない。


「ア、アノ、スイマセン」


 確か、この空港にも神社があったはず。


「スイマ!チョ、チョ、アノ」


 しかし、保安検査も終わった今では最早参拝は叶わない。神社の方向に向けて拝むだけでもご利益りやくがあるかもしれない。久我は立ち上がって神社のある第一ターミナルの方へ体を向ける。


「おわ! 誰だ、アンタ」


 そこで初めて、久我は目の前に立つ人物に気づいた。しばらく前から久我に向けて話しかけていたが、機嫌の悪そうな強面の自分にわざわざ話しかける酔狂な奴はいないだろうと、彼は高を括っていた。

 オフで完全に油断しているな、と任務搭乗なら命取りになるミスをした自分を久我は戒める。


「サッキカラ、ズット、話ス」


 久我は不満そうな顔をする男女2人組を素早く観察した。コスプレというやつだろう。久我はその方面に明るくないが、彼が子供の頃に遊んだテレビゲームに出てくる戦士と魔法使いのような恰好をしていたのでそう判断した。

 旅行中もコスプレするのは普通なのか? 随分軽装だが着替えはどこにある? という自然と湧いて出てくる疑問を久我は意識的に封殺して、クリティカルになりえる疑問だけを解決しようと脳のリソースを割く。


 ずばり、目の前の人物が危険かどうかだ。


 このフライトは任務ではないから気になる人物をマークしたりする必要はないが、不運に常に備える久我はその癖がプライベートでも抜けなくなってしまっていた。


 警戒心からこの人物と関連した久我の記憶が高速で蘇る。保安検査場で、レプリカではあるだろうが大振りの剣と女性の頭くらいまでの長さのある鈍器として十分使えそうな杖を、何喰わぬ顔で持ち込んで止められていた。

 聞きなれない言語で持ち込むことを懇願していたようだが、怖い顔した保安スタッフに別室に連れて行かれていたのを思い出す。


 95%くらいの確度でシロだと、久我は判断した。

 これから事を起こそうとする人物が詳細に荷物検査を受けるリスクを取るとは思えない。

 十中八九、彼らは初の日本旅行でコスプレ文化に浮かれた善良な市民だ。つまり守るべき対象……いや、と久我は思い直す。今日は別に守らなくてもいんだな。


「アノー、キコエ、オケ?」

「ああ、申し訳ない。何か御用ですか?」

「コノヒッコーキ、フロリダ、オケ?」


 久我はあえて英語で話したがコスプレ旅行者は拙い日本語で返してきた。明らかに欧米系の見た目をしているのに英語を話せないということがあるだろうか? という疑問に久我のセンサーが反応しかけるが、これは任務ではないと自分に言い聞かせた。


 運が悪い久我は不確定要素をできるだけ避ける。自分の搭乗する旅客機は確かにフロリダ行ではあるが、彼らが同じ旅客機に搭乗手続きをしているかどうかは定かではない。

 瞬時にその可能性を巡らせて、日本語で言葉を返す。


「良かったら、チケットを見せてもらえます?」

「オー、ェチケット、ワカルヨ」


 嬉しそうにコスプレカップルは頷き合うと久我に向けて深々と最敬礼する。


「いや、あのなんでお辞儀……チケットってわかりますか?」

「エ、ナンデ。イマ、ェチケット、ミセタ。ナゼ、コマル。コノクニノェチケット、オジギ!」


 なるほど、言語というのはやはり難しいと久我は頭を抱えた。彼も英語を習得するにはかなり苦労をした口だった。一文字加えるだけで全然違う意味になるのはどこの言語も一緒であろう。

 観光ガイドか、はたまた日本の友人か、親切心で“エチケット”という難しい言葉を教えたのだろうが、こんな副作用があるとは思ってもみなかったに違いない。


 久我はジャケットの内ポケットから自分のチケットを取り出し、同じものを見せるように伝えると無事本意が伝わった。

 同じ便でしかも久我の後ろの席のようである。久我は辟易し、できるだけ気づかれないようにタイミングをずらして搭乗しようと決めた。


 思わぬ副産物もあった。

 その出来事がナーバスになっていた久我を落ち着かせて周りを見る余裕をもたらした。


 搭乗口付近の待合スペースに座る乗客はまばらだ。閑散期の11月の水曜日、早朝便。乗客は余生を楽しむ高齢者かビジネスパーソンくらいだ。

 

 子供連れは先ほどから窓に張り付いている幼児と母親くらいしかいない。その中でコスプレ組と同等に異質な空気を放つ人物に久我の目は吸い寄せられる。


「何見てんだ、ファ⚪︎キンジャップ。黒人のオタクがそんなに珍しいか!?」


 目が合った瞬間、肥満体型の巨漢(縦にも横にもでかい)黒人が立ち上がり英語のスラングで捲し立てながら久我に向かってきた。絡まれるのは不運からの必然だ。

 11月で薄手のコートを着ている者も多い中、彼は半袖ハーフパンツ姿だ。Tシャツにはアニメの女性キャラが大きくプリントされている。

 久我にはそれが何のキャラかは分からなかったが、やけに肌色が(妙に露出が)多い服装だなという感想を抱いた。


 その振る舞いからこの黒人がどういう人物かを久我は瞬時に理解する。自分より体格が劣るひ弱な日本人を威嚇して思い通りにした成功体験を旅行中に積んで、イイ気になっているのだろう。


 確かに一般的な日本人であれば、聞き取り辛い英語を怒鳴り声で捲し立ててくるでかい黒人は恐怖の対象でしかない。ヒップホップのMVの中でだけ暴れてくれと思うだろう。


 しかし、久我には憐憫の感情しか浮かばない。彼は隙だらけで素手でも5秒で制圧できる。幼児が戦隊ごっこで悪者を必死で演じているようにも感じた。

 自分にさえ絡んで来なければ、気持ち良く母国に帰れただろうに。


 摘めるリスクは摘んでおいた方が良い。果実と違って、熟れさせても不味くなる一方だからだ。そして、その腐敗は十中八九自分の被害になると久我には確信がある。

 だから、今後この黒人が同様の行動を取らないよう釘を刺すことにした。


「英語が堪能で勇敢なさむらいもこの国にはいる。喧嘩を売る相手を間違えない方が良い。少し声が震えているぞ」


 聞き取りやすいがドスを効かせたネイティブ顔負けの英語と猛禽類を思わせる久我の鋭い視線に面食らい、巨漢は立ち止まる。


「はは、冗談だよ、ブラザー! そんな怖い顔をするなよ。……ガム噛む? このガム、すげぇぞ。飲み込める上に、超うまいんだぜ。なんて読むんだっけな、これ。あ、そうだ! ハイチ―」


 彼はどうやら動物的勘を失っていなかったらしい。ヒエラルキーを瞬時に理解し、日本のお菓子が大好きな陽気な黒人おデブにクラスチェンジした。


 しかし、これはこれで面倒くさい。久我は溜息をつくと、菓子とアニメの話を捲し立てる巨漢を無視して、再度周囲をそれとなく観察するが他に気になるものは無かった。


 何も問題は無い、久我は自分にそう言い聞かせる度に不安が募っていった。





@警視庁東京国際空港テロ対処部隊(空テロ) 執務室

 

「カテゴリーAだと!?」


 管制塔の一室。空テロの執務室兼会議室で部隊長の松永警視は、出勤するや否や端末に表示される警報を見て思わず叫んだ。

 

 その声に部下達が一斉に松永へと視線を向ける。スクランブルにより大慌てで出勤した者、夜勤明けの者など、午前5時半のためその瞬間までまだ眠気があるのが正直な所だった。

 しかし、各国家機関及び民間会社間で要注意人物情報を共有するシステムが、カテゴリーAという最大限に警戒すべき警報アラームを出している事に一気に眠気が覚めスイッチが入る。


 旅客機は言わば空飛ぶ大きな密室であり犯罪行為があると全乗客が危険に晒される上、飛行機が乗っ取られれば大量破壊兵器にも成りうる事は過去の経験から世界は学んでいる。


 そのため、実行犯となるリスクが高い人物の搭乗情報は、共通のシステムで広く且つ迅速に各所で共有している。

 その警報は危険度によりカテゴリー分けされていて、Aは超危険人物、重大なテロを起こす可能性の高い人物であり、いわば、国難、いや世界秩序の危機であるからして空テロの隊員達の目の色が変わるのも当然である。


「搭乗する機は特定できているのか?」

「本日発の合衆国行き便のいずれかとしか」

「50便はあるな。人物の詳細は?」

「年齢、性別、容姿など一切不明。何者かが搭乗するという情報しか取得できていないようです」

「既に離陸した便はあるのか?」

「ありませんが、離陸準備している便がひとつあります」

「その便にSM(スカイマーシャル)は手配できているのか?」

「できていません。搭乗手続き後の警報発令だったので」


 矢継ぎ早に放たれる松永からの質問に部下達が間髪入れずに簡潔に答えていく。

 こうした国際的危機に対応するために空テロに所属する警察官はエリート揃いだ。


 部下のレスポンスには何の不満もなかったが、松永は内心イラついていた。

 要注意人物情報がファジーであるのは、いつもの事だ。そもそも最大級の機密情報であるし、国家間のバランスなど複雑な問題が絡むからだ。

 それに加えて犯罪者も馬鹿ではない。「犯罪の重大さ」と「身分やその行動を秘匿する手口の高度さ」は比例関係となるのが通常である。


 普段共有される事の多いカテゴリーC以下の情報であれば、数日前に判明する事が多く対応は比較的容易だが、カテゴリーAに限って当日の朝に判明するというこのジレンマ。

 何より十数年、空テロに所属している松永もカテゴリーAに遭遇するのは初めてだった。


 松永は極度のストレスがかかるとイラついてしまう事を自覚しているため、平静を取り戻すため普段は多用しているユーモアを取り入れる事にした。

 過度な緊張は重大なミスを誘発し、判断を鈍らせる。カテゴリーAだろうがEだろうがやる事は同じだ。機内の平和を維持すれば良い。と松永は腹をくくった。


「よし、佐藤。お前、歌がプロ級だったろ。その便で何曲か歌って時間を稼げ」


 ひときわ優秀だと松永が評価している部下の佐藤に冗談を飛ばす。佐藤はその意図を瞬時に理解した。


「僕はバーチャルアイドルなんで、ガワが無いとステージには立てませんよ。隊長がパパになってください」


 そのやり取りで空テロ内の触れたら切れそうな緊張が少しだけ緩和される。松永はその結果に頷いた。佐藤の言っていることはよく分からなかったが、それは些細な問題だ。

 佐藤もそれは気にしていないようで淡々と続けた。


「隊長、お得意様からリクエストが届いています。ライブはまた今度ですね」


 松永は端末で各省庁からの緊急要望を確認する。


「待機中の便を早く離陸させろ、か。国交省は分かるがなぜ経産省からも要望が出るんだ?」

「経団連のVIPでも乗っているんじゃないでしょうか。どうします、隊長」


 要注意人物情報が発令された該当機は警察の許可無く離陸することはできない。


 松永の思考がジェットエンジンのごとく高速で回転する。

 リスクはできるだけ排除したいが、旅客機の運行を遅延・キャンセルさせれば大きな損失になる事は痛いほど分かってはいる。

 確度が低いファジーな情報で、乗客ひいては国民を過度な不安に陥れる事を避けたいのもよく分かる。近年の感染症対策でそのネガティブな効果を世界は痛感していた。

 

「当該機のDPAX(乗客名簿)を見せてくれ」


 データオブパッセンジャー、略してDPAX(ディーパックス)には、氏名、性別、年齢、顔写真、職業、機内での注文履歴や対応注意事項など様々な個人情報が載っていて、要注意人物情報と同様に各所共通で使用するデータベースだ。


 松永をそれを凄まじいスピードで閲覧していく。松永は東大卒のキャリア組で、情報処理能力は警察組織の中でもトップクラスだ。そうでなければ、この隊のおさは務められない。

 30秒も経たないうちに、松永は何人か気になる人物をピックアップした。更に信頼を置く部下の名前を見つけて、『やっぱりあいつはそういう宿命か』と感心にも似た感情が湧き出てきた。


「離陸許可を出せ」

「了解」

「安定飛行に入ったら、機長と直接話したい。つないでくれ」


 部下達は松永の指示には絶対の信頼を置いているので、その決定に不服な者は誰一人いなかった。

 しかし、付け加えられた指示は珍しいものであったので少しだけ戸惑っていた。


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