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奇遇仙女は賽をふる 〜悪鬼悪女討伐伝〜

出会いと運命を司る仙女・凌華の身体には二つの魂が宿っている。一つは凌華自身の魂、もう一つは異界から追放されてきた妖妃の魂だ。


この妖妃の魂を封印するためには、月に一度、贅沢な宴を奉納しないといけない。そのために凌華は俗世の妓楼に身を置き、金を稼いでいた。


そんなある日、絶対に出会うはずのない運命を持つ青年・玄布が現れた。彼は凌華へ助力を乞うために、札合わせの遊戯に挑む。


どうして凌華の助力が必要なのか。

その問いかけに玄布は。


「第六天魔王・波旬の廟が暴かれて、その亡骸が消えた。俺は玄天上帝の命で亡骸の在処を探している」


自分と妖妃のことで手一杯な凌華。ほんとうは関わりたくないけれど――。


ありえないはずの出会いは、奇遇仙女の運命を大きく動かす!

 綺麗楼(きれいろう)で一番安い妓女は、間違いなく凌華(りょうか)だ。

 だけど綺麗楼で一番稼ぐ妓女も、間違いなく凌華。


 だって凌華は色を売らない。歌も詩もびっくりするほど下手。舞うのも苦手の三拍子。

 そんな凌華が売るのは。


「それじゃあ、旦那様方。準備はよろしいかしら!」


 綺麗楼の吹き抜けになっている大広間。

 その真ん中に、六百枚もの札が伏せて並べられる。


 凌華は満面の笑みを咲かせた。

 ぬばたまの黒髪に、翡翠の瞳。額には花鈿、眦には朱、唇には紅。身体にぴったりと沿いながら、大胆に腰まで切れ目の入った旗袍(チーパオ)

 そして足元には何故か雉がいる。だけど雉なんて目に入らないくらい愛嬌のある凌華の美貌に、札を挟んだ向こう側にいる三人の男性客たちは鼻の下が伸びていく。


「遊び方は簡単。二枚一組の札の表には六十干支(ろくじっかんし)が五色の色筆で書かれています。同じ干支と色の組み合わせをめくることができたら、自分の持ち札となるの」


 持ち札が最も多い人が勝ちという、単純な札遊び。

 ただし、凌華の札遊びには賭けるものが必要で。


「勝利条件は一つだけ。旦那様方三人の合計持ち札が私よりも多いこと。旦那様方が私に勝った場合、賭け金を倍にしてお返ししてあげる。かつ、私よりも持ち札が多かった旦那様がいれば、私の全財産をお譲りするわ!」


 朗らかに宣言する凌華に、三人の客の喉がごくりと動く。

 そのうち、今日初めて綺麗楼にくる若者がおそるおそる手を挙げて。


「あの、その全財産というのは……」

「もちろんこの私、奇遇仙女(きぐうせんにょ)の心と身体だって、好きにしてもかまわないわ!」


 凌華から言質をとれた若者がよしっ、と拳を握った。隣にいる中年の男二人は深く頷いていて、あり得るかもしれない可能性に鼻の下が膨らんでいる。


 そんな彼らを見て、凌華は朗らかに笑った。


「審判は楼主の蘇亘(そせん)にお願いしているわ。イカサマをしてもいいけれど、バレないようにね? バレたら出禁よ!」


 上階から大広間の賭けごとを見物している客たちがやんやと騒ぎ出す。吹き抜けになっているこの大広間は、凌華の芸を見せるに持ってこいだ。


 これが凌華の稼ぎ方。

 出会いと運命を司る仙女である凌華が、複数の客相手に賭け遊戯をする。絶対に負けないわけではなく、稀に凌華の力の及ばない()()の客がいるからこそ、成り立つ稼ぎ方。


 それなら妓楼ではなく賭博場に行くべきだろうとからかう客もいる。でも凌華が妓楼にいるのは、この店が凌華にとって都合が良いからで。


 だから凌華は今夜も全力で賭けごとに興じる。


「旦那様方の中に、私よりも運命を引き寄せる力のある人はいるかしら! 最低金額は金一両からよ? さぁ、賭けて頂戴!」


 凌華が両手を大きく広げれば、水のように透けて通る紗織の領巾(ひれ)から、しなやかな白い腕が見え隠れする。

 三人の男たちがそんな凌華を手に入れようと、夢と財産を賭け、挑みにかかった。

 それを見た上階の客たちも、凌華に賭けるか、三人の客に賭けるか、熱気が渦巻く。


 今宵も熱烈な夜が幕を開けた。

 凌華は満面の笑みを浮かべ、足元では雉がチッと鳴いた。






「金三十両儲けたどー!」


 やっほい! っと自室に戻った凌華は、そのまま寝台へと飛び込んだ。

 今夜の男たちは羽振りがよかった。良いところで働いているのか、一人十両ずつ賭けてくれた。これで勝てればなかなかの大金になっただろうに、凌華を超える豪運の持ち主は現れなかった。


 ご満悦で寝台に転がった凌華のお腹に、ずっと足元をちょろちょろしていた雉がどっすんと落ちてくる。


「ぐっふ!」

「こんなことばっかして! お金なんていくら稼いだところで無駄なんだからね! 姐様にさっさとその身体を明け渡しなよー!」

「ちょ、暴れないでよ喜媚(きび)!」


 凌華のお腹でぎゃあぎゃあ羽を広げて大騒ぎするのは雉鶏精(ちけいせい)の喜媚。いわゆる鳥の妖怪だ。


 凌華はぺいっと喜媚をお腹から退けると、寝台から降りて棚のほうへと足を向ける。素朴な箱に貼ってある『封』の札をぺりっと剥がし、今日の売上をいそいそと箱の中にしまった。また新しい札を貼っておく。


「無駄無駄。どうせ稼いでも、七日後には綺麗さっぱりなくなっちゃうのにさ」

「逆に言えば、七日後をしのげるほどのお金があれば、私の寿命は延びるってことでしょう」

「あー、やだやだ! なんで姐様はこんな奴の身体の中に入っちゃったのさー!」


 いやだいやだとごねる雉に、それはこっちの台詞だと凌華は思う。


 今、凌華の肉体には二つの魂魄が宿っている。

 一つは凌華自身の魂魄。

 もう一つは喜媚が『姐様』と呼ぶ魂魄。


 この『姐様』の魂魄がたいへん曲者(くせもの)で、満月の夜に凌華の身体を乗っ取ってしまう。


 本来であれば、肉体に『姐様』の魂魄が入り込んだ瞬間、凌華の魂魄が取り込まれて消滅するはずだった。でも入り込んだのが仙女である凌華の体で、凌華自身の魂魄が『姐様』の魂魄と同等に強かったからこそ、力が拮抗した。


 魂魄を操る術はとても繊細だ。

 凌華が肉体に魂魄が入り込んだと気づいた瞬間、主導権を握られないように自分の肉体に『封』をかけた。


 その封の印が額の花鈿。

 だけど『姐様』の魂魄も相当諦めが悪く、凌華の封術に錠を付けた。


 解錠の条件は二つ。

 陰の気が満ちる満月の日であること。

 饗応を怠ること。


 『姐様』というのはたいそう贅沢を好む性質だったようで、余興だと言わんばかりの条件に凌華も最初は呆れた。

 けれど初めての満月の夜を迎えて以降、『姐様』の持つ残虐性に気づいてからは、この饗応を欠かしたことがない。『姐様』が封術の制約から完全開放されてしまえば間違いなく死人が出ると、凌華の直感が告げたから。


 だから凌華は贅を尽くした饗応を、月に一回奉じなければならない。


 これが、凌華にとって綺麗楼が都合の良い理由。

 綺麗楼で稼いだ金で、綺麗楼で贅沢を買う。


 楼主に事情を話して許可ももらっている。もし封術が解錠されて『姐様』が解き放たれても、凌華が日頃から陣地を築いているので万が一に備えてある。


 妓女たちも仙女である凌華のことを歓迎してくれて、何かあれば頼ってくる。ちょっとした便利屋みたいな立ち位置でもあったり。


「奇遇仙女が聞いて呆れるね。ちまちま小銭なんて稼いでさ。仙界の住人のくせに俗世にまみれて馬鹿みたい」

「そっくりそのまま貴女の『姐様』にも返してあげるけど?」


 喜媚の『姐様』も修行を積んで昇仙した妖怪だ。仙妖のくせに俗世にまみれた贅沢を好むのだから、そちらのほうがよっぽど道理から外れていると思う。


 そうは言っても喜媚の耳には馬耳東風。いや、雉だから雉耳東風?


 凌華の煽りに、喜媚は羽を大きく広げて「ケーン」と威嚇する。凌華は腕を組んで雉を見下した。


 そんな一人と一匹が視線で火花を散らしているところへ、楼主の蘇亘が顔を出す。


娘々(ニャンニャン)、ちょいといいですかね」

「あら蘇亘、何用かしら!」


 くるりと踵を返して、凌華は蘇亘のほうを振り向いた。旗袍の裾がひらりと翻る。雉が白けた顔で寝台へと飛んでいった。

 蘇亘は凌華から視線を外すと雉のほうを一瞥して。


「今、雉を威嚇してました? お腹が空いてもあの鳥は頭が良いから食べてはダメですよ」

「違うわよっ、威嚇されてたのよ! あとあの鳥は美味しくないと思う!」


 普通の人は気づかないけれど、喜媚は変化の術が得意だ。人の姿だってとれる。今は『姐様』と同じで凌華が封術をしているから本性でいるだけ。

 たまに「雉鍋にしてやる!」と思うくらい憎らしい時もあるけれど、三割くらいは冗談だ。


 そんなことより、と凌華は蘇亘に話を促す。

 蘇亘は生温い視線になりながらも、そうですそうですと姿勢をただした。


「娘々にお客様がいらしておりまして」

「あら。金づる?」

「言い方がよろしくないですけど金づるです」


 よろしくないと言いながらも同意する蘇亘に、凌華はにんまり笑う。

 蘇亘が冗談でもこんなことを言うなんて、相手はさぞかし羽振りが良いのだろう。うきうきしながら凌華は蘇亘と一緒に自室を出て、客が通された部屋へと向かう。喜媚もちゃっかり後ろから着いてきたので、蘇亘が甲斐甲斐しく扉の開閉を手伝った。


 移動しながら、蘇亘はこそこそと凌華に耳打ちする。


「さっき娘々が接待された若者がいましたでしょう」

「そうね。彼がどうしたの?」

「あの若者が連れて来られた方なんですが、いわく付きのようでして」

「蘇亘がそう言うなんて、珍しいじゃない」


 妓楼のある花街はどこもかしこも無礼講。金が全てで、襤褸切れのような身なりの人物であっても金を十両積めれば立派な上客だ。

 その上で、妓楼側も客のことを他所で話すのはご法度。信用問題に関わる。上級の妓楼ほど徹底していて、客個人の来歴を知っていても口には決してしない。


 そんな妓楼を営む楼主が、その暗黙の了解を知らないわけもなく。

 いわく付きの客とはどんな人物か。

 凌華はちょっぴりわくわくしながら客の待つ個室へと入る。


「旦那様! ご指名に感謝いたしますわ――」


 満面の笑顔で客の前に出た凌華の声が尾を引いていく。

 個室に入った瞬間、その青年に目が奪われた。


 藍がかった黒の短髪はさらりとしていて、切れ長の目は夜明け色の瞳を包んでいる。甘い顔立ちながら鼻筋はすっきりと通り、唇の形が良い。着崩した深衣(シンイ)からのぞく喉仏と鎖骨のせいか、とんでもない色気を醸している青年。


 でも凌華を圧倒したのはその色気ではなくて。


(この奇遇、は……!)


 奇遇仙女である凌華が司るのはその名の通り奇遇。

 奇遇とは縁のある出会いだ。

 出会いとは運命でもあり、引き合うものもあれば、遠ざかるものもある。


 凌華はこの奇遇を色や形として視ることができる。賭けごとが得意なのは、この奇遇を読み解くことで簡易的な未来視や縁起への干渉もできるからで。


 その奇遇が。


「ちょっと失礼!」


 蘇亘の首根っこを引っ掴んで、凌華は迷うことなく部屋を退出した。扉を閉める向こう側で、青年の目が丸くなるのがちらりと見える。

 でも、そんなことより。


「どういうこと!? なんであんな人がここにいるの!? なんでいるの!? 本当に私を指名したの!?」

「娘々、お知り合いですか?」

()()()()()()()()()()()()のよ!」


 凌華はだいぶ混乱した。

 だって本当にあり得ないものを見たから。


(あの奇遇、放伐の天子じゃないの! しかも色は黒! 玄天上帝(アイツ)が選んだの……!? なんでそんな奴がこんなところにいるのよ……!)


 放伐の天子は、天帝が定めた次代の君主。

 今の王朝を滅ぼし、次の王朝を建てる者。

 玄天上帝は、北と冬を司る天帝の一人で。


 畢竟。


「私と絶対に出会わない奇遇を持つのに、なんで出会えたの……!?」


 奇遇仙女はたいていの奇遇に干渉できるけれど、天帝によって干渉を禁じられている奇遇もある。

 その一つが国運を担う天子の奇遇。

 それこそ、今この部屋の中にいる人物で。


 干渉を禁じられたということは、奇遇を生むことすら禁じられる。凌華とこの部屋の中にいる青年の縁は絶対に生まれない。生まれる余地なんてどこにもない。


(それなのに、どうして出会えたの?)


 凌華の頭は疑問符だらけ。

 百面相する凌華に、蘇亘は足元の雉と顔を見合わせる。雉はすんっとすましていて鳴きもしない。


「とりあえず娘々。お客様をお待たせしてはいけないので……」

「分かってるわ。うん、大丈夫。私は奇遇仙女。この奇遇にはきっと何かの意味があるはず。だからその意味を、天帝の意図をちゃんと汲み取らないと」


 深呼吸して、凌華はもう一度部屋に入ろうとする。

 蘇亘が扉を開ければ、我先に雉が部屋へ飛びこんだ。


「ケーン!」


 ばっさぁっ! っと両羽を大きく広げる雉。

 凌華はもう頭を抱えたくなった。


(そういえば喜媚は面食いだったー!)


 求愛しようとするなこの雉! と怒鳴りたくなるのを必死に堪えて、青筋を立てながらも凌華は笑顔を浮かべる。


「蘇亘、喜媚をちょっと退けて頂戴。……改めまして、凌華と申します。雉のしつけがなっておらず、申し訳ありません」


 別に喜媚は凌華の飼い雉ではないけれど、お客様に失礼を働いたなら非礼を詫びておかねばならない。凌華の部屋に居着いているだけの居候なんだけどな……と考えて、やっぱり迷惑だし雉鍋にしてやろうかしらと考える。


 笑顔の裏で物騒なことを考えていると、色気たっぷりの青年がくすりと笑う。

 なんだその笑い方は。妓女よりよっぽど艶っぽいのはずるい。


「雉が挨拶をしてくれるなんて面白いじゃないか。それにそんなにかしこまらなくてもいい。君は敬われるべき存在だろう、奇遇娘々」


 ぴくりと凌華の眉が跳ねる。

 普通だったらそうだけれど、実際は違う。ここで上下関係をつけるなら、天帝から勅命を受けているこの青年は凌華と同等の位にある。それに気がついていないのだろうか。


「お告げがあって来てみたが……本当にいるとはなぁ。最初から自分で来れば良かった」


 あっはっはっと声を上げて笑う青年に、場の空気が柔らかくなった気がした。

 凌華が返しに言いあぐねていると、青年は一人で言葉を繋いでいく。


「俺には使命があってな。君に助力を乞いたい。だが君を身請けするには、遊戯に勝たないといけないと聞いた」


 放伐の天子が奇遇仙女に助力を乞うなんて、あり得ない。

 あり得ないけれど、凌華は然りと頷いて。


「三百組の札合わせ。これで私に勝てたら、奇遇仙女の身も心も、あなたのものよ」

「札合わせか……そんなに枚数があると、時間がかかるか」

「そうねぇ。人によるけど二刻はかかるわ」


 札合わせは枚数が多いほど時間がかかる。

 二人だけでやるならもっと早く終わることもあるけれど。

 青年は顎に指をかけて考え込む。顔の割には筋張った男らしい手つきをしているな、なんて凌華は思ってしまう。

 そんな凌華の心情を知らないままに、青年は困ったように眉尻を下げた。


「今日はもう時間がないから、すぐにはできそうにないな。そうだなぁ……七日後はどうだ?」


 青年の提案に凌華は頷きかけて、ちょっと待ったと止まる。

 七日後は都合がよろしくない。


「待って、七日後は――」

『分かったわ! 七日後ね!』


 なのに凌華の声で承諾の言葉が飛び出てきて。

 ぎょっとした凌華はとっさに足元を見る。

 得意気な顔でばっさーと両羽を広げた雉がいる。


(ちょっと喜媚ー!?)


 喜媚は変化の術が一等得意。声真似なんてお手の物。その喜媚にしてやられた。


「七日後だな。楽しみにしているぞ」

「ち、ちがっ」

『待っているわ!』

(この雉ー!)


 青年に見えないよう顔を背けながら、凌華は般若の形相で喜媚を見る。喜媚は「なにか?」と言わんばかりに尾を振っている。

 この雉、やっぱり鍋にしてやるべきだ!

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