幻獣牧場の王 〜不器用男のサードライフは、辺境開拓お気楽ライフ〜
エルンストは不器用な男だった。
異世界転生して、年はあっという間に28。
武功をあげた幻獣使いでありながら、戦後処理、そして仲間や動物たちの再就職にかまけたせいで、すっかり出世に乗り遅れてしまう。
早めの引退を決め込もうとしたところ、かつて死に別れたはずの相棒――幻獣『不死鳥』と再会する。
幻獣『不死鳥』は一度死んでも復活するらしい。ただし二度目の生は人間の、それも女性の姿となって。
不死鳥のフィーネが告げたのは『幻獣たちの牧場』という少年時代の夢。
強い力を持つ獣は、比例して寿命も長く、飼い主の代替わりや移籍でトラブルになるケースも多かった。
行場に困った幻獣たちが、少しの間休み、次の行場を探す場所。
エルンストは提案を引き受ける。
困った人を見捨てられない気質は、本人は不器用と呼んでいたが、優しさとも呼べるものだった。
不器用だが気の優しい大男が、彼を頼って集う仲間と、なんだかんだで幸せになる物語。
「俺の退会を頼む」
手のひらほどの木札を、カウンターに置く。
乾いた音は、14年間続けた仕事の引退である割りには、軽く感じた。
受付の奥から壮年の大男が歩いてくる。こちらの顔と、カウンターに置かれた木札――『冒険者登録カード』を見比べて、ため息をついた。
「本気か?」
肩をすくめてみせても、おっさんは笑わなかった。
「ああ。頼むよ、ギルド長」
「バンスでいい。ったく、バカ息子が」
でかい体をカウンターの小さな扉から出して、ギルド長はのしのしと2階へ歩く。
息子、ね。
もちろん本当の息子じゃない。このおっさんは、自分が手塩にかけた冒険者をそう呼ぶ。
とはいえ、身長190センチの男を子供扱いするのは、どうかと思うが。茶髪はくすみ、肌だって浅黒くなってる。
「原因はなんだ? 借金か? それともやばい女に引っかかったか?」
応接室に入るなり、どかっとバンスは椅子に腰を沈めた。
見え透いた冗談に苦笑しつつ、俺も対面に座る。互いに体がでかいせいで、部屋が狭いな。
「どっちも違う」
「どうだかな。お前、面だけはそれなりにいいからな」
なにがそれなりだ。
寄ってくるのは獣ばかりだってのに。
「王都の貴族から、俺を――エルンストを追放しろって手紙が来てるだろ」
ずいと顔を近づけてきた。
「どこで知った」
「最近、依頼の動き方がきな臭かったんで、新人にちょいとカマをかけた」
「……ちっ。無視してもいいんだぞ」
「それじゃ、この街の冒険者全体に迷惑がかかる。もともと辞めるつもりだったんだ」
バンスは今度こそ、深い深い息をついた。
「お前ってやつは……大戦であれだけの貢献をしたんだ。この街どころか、王都だっていくらでも栄達できただろうに」
バンスは自分のことのように残念がる。
俺はこれまでの人生を思い出した。
もっとも、これは二度目の人生。セカンドライフだ。
俺には前世の記憶がある。
平凡なサラリーマンとして育ち、事故で死亡。年老いた両親のことで、弟と妹に迷惑をかけるのは辛かったが、今では割り切っている。
二度目の人生が波瀾万丈だったからだ。
孤児として転生した俺は、12才の時に特別な力が――恩寵が発現する。
〈幻獣使い〉。
魔物を調教して操る〈魔獣使い〉、いわゆるテイマーと似ているが、操れる獣の強さは過去に例がないほどだった。
「人魔大戦か、もう5年も前か……」
この世界、人間と魔族が5年前まで戦争していやがったのだ。
魔王の討伐という形で、一応の決着はついている。
気づくと、俺は左胸に触れていた。鮮やかな深紅の羽が縫い止められている。
「栄達したって――もう意味なんてないだろ?」
バンスの目が潤んだ。
「おまえよう……」
「あっ」
「そんなこというなっ! まだ28だろ!?」
本物の親かと思うくらい、おいおい泣くバンス。肩叩くな! 痛い!
……いや、平均寿命60くらいだから、けっこういってると思うぞ。
前世からのトータルだと、もうその60歳だし。
「忘れてるなら教えてやらぁ! お前の恩寵は、幻獣種っていう、強い獣を従えられるって意味だった! で、お前は不死鳥という、伝承に残るような、最強の幻獣を従えて戦った!」
幻獣種というのは、獣でも特に強い存在のこと。
強力な魔獣が存在するこの世界で、幻獣とはさらにその上位種である。
俺は、その幻獣種の頂点ともいえる『四獣』が一体、フェニックスらと共に戦った。
幻獣を従えるテイマーはいても、さすがにその頂点を使役した例は皆無。
「だが、一番の相棒は戦争の途中で――死んじまったよ」
俺を庇って。正確には、仲間を庇おうとした俺を、さらに庇って。
バンスは稲妻のような音で鼻をかんだ。
「だが――だが、お前さんは、腐らなかった。お前は優秀な魔獣使い、テイマーでもあった。あちこちの街に出向き、他のテイマーも巻き込んで、魔獣や幻獣を使った輸送団を立ち上げた」
「まぁ……輸送力がなけりゃ、前線が崩れるからな」
〈幻獣使い〉は便利なギフトだ。幻獣という存在に指示できる俺は、他の魔獣にとっても上位者と映るらしい。
幻獣に魔獣らの指揮を任せ、俺も魔獣らを従えて別の敵と戦うなんてこともできた。
ただ、戦うだけじゃダメなのだ。
武具や薬、食料を運ばなければ、獲得した陣地を維持できない。折しも、この世界にも『砲』が出始めた頃で、つまり部品や火器の輸送まで必要だった。
俺は補給が詰まったら、幻獣ペガサスやグリフィンでの空輸を手配した。難しい海域は、海竜を護衛と案内につけた。島亀とも呼ばれる巨大亀は、とてつもなく頑丈な水陸両用の移動倉庫のようなもので、幻獣であるこいつも輸送に大活躍だった。
「――みんな、お前さんには感謝してるよ」
「よせよ。他のやつでも、もっとうまくやれたはずだ」
俺は茶髪をがりがりかいた。
「話を戻す。俺がこの街のギルドに残っていたのは、輸送団の獣に次の働き先を探していたからだ。戦争が終わったら、次の食い扶持がいるからな」
俺が始めた話だし、俺が終わらせなければいけない。
幻獣、魔獣、合わせて大小400頭くらいが、どうにか戦後の一働きを終え余生にありついた。
「役目は済んだ。貴族の手紙だが、ありゃ俺のせいだ」
「……見たぜ。だがな」
「ドラゴンを寄越せって貴族がいてな。確かに珍しいルビー・ドラゴンだったが、もう歳だ。向こうさんは愛玩用にする気だったが、ドラゴン自身も、前の持ち主も、静かな暮らしを望んでる。それで断ったら、逆恨みされちまった」
「……! もう一度言うがな、この街のギルドも、他のテイマーも、お前を守る。ここにいろよ」
――ああ、畜生。申し入れは、ありがたい。
でもな。
「わりぃな。ちょっと、疲れちまったんだよ」
笑顔の俺に、バンスは俯いた。棚から蒸留酒のボトルを出し、グラス2つに注ぐ。
「やろう。最後くらい恰好つけようぜ」
互いに目線の高さに杯を掲げ、干した。
荒野独特の辛み。
「これからどうするつもりだ?」
「さてなぁ」
「なんでも言え。紹介状を書いてやる」
やりたいこと、か。
思い付かない。今まで、仕事ばっかりだったしな。
不器用男のセカンドライフ、いや、サードライフか。
応接の扉がノックされる。顔見知りの受付嬢が、俺とバンス、ついでに酒を見て、バンスだけを睨みつける器用な真似をした。
「……エルンストさま。女性のお客様がお見えです」
●
階段を下りていると、頭に声が響いた。
『ご主人、大変にゃ!』
ケイトか。
ケット・シー種という猫型の幻獣で、唯一俺のところに残ったやつだ。
『懐かしい気配がすると思ったら、とんでもないやつにゃ! 超重い女にゃ! ケイトもこの野良どもと決着をつけたらそっちに……』
「また地元の猫とケンカしてるのか」
『そのサンマーはケイトのにゃ〜!』
切れる通信。
ため息。
1階はざわついていた。
ギルド入り口に女が立っている。
知らない女だ。そのはずなのに、赤毛を見た瞬間、なんだか胸がざわついた。
「いた……!」
その女は俺を見て、赤い瞳を輝かせた。
姿は冒険者風。ミスリルの胴当て、その肩口まで豊かな赤毛が垂れている。赤毛に合わせたのか、赤宝石の首飾りもつけていて、装備のレベルがいやに高い。
受付嬢が囁いた。
「A級冒険者の、フィーネ様です」
「A級だと……?」
A級の上はもうSしかない。Sは魔王に一発入れましたくらいじゃないと、つまりどこかの国の推薦がなければ辿り着けないので、事実上の最上位だ。
彼女は叫んだ。
「マスター!」
俺は右を見た。左を見た。彼女がまだこっちを見ていたので、もう一度右を見た。
視線の先には、俺しかいない。
待てよ……?
「フィーネ?」
かつて死んだ、俺の幻獣――フェニックス。その名前もフィーネだった。
女は戸惑う俺の前に跪いて、胸に手を当てる。
「やっとお会いできました」
頭に疑問符がいっぱいだ。
バンスが叫ぶ。
「見世物じゃねぇぞ、てめぇらぁ!」
野次馬や興味津々だった冒険者が散らされる。
ギルド長の好意で、俺達はまた元の応接室へ引っ込んだ。
「読めたぞ、お前、この子と一緒になるために退職を……くう、水くさいじゃねぇか」
「すまない、ちょっと黙っててくれないかな」
応接室に、3人でかける。
身長の都合、対面のフィーネは上目遣いで、どうも慣れない。というか、流れで大男2人と同室にしてしまったが、怖がられたりしないものだろうか……。
「お忘れでも無理はありません。あなたと9年前に死に別れた、不死鳥のフィーネです」
「はぁ……?」
赤髪に、赤い目の女。
いや俺の知るフィーネは、鳥なんだけど……。
「あなた様が、私の残した羽を持ち続けてくださったおかげで、こうして探し出すことができました。本当は、もっともっと、何年も早く声をおかけようとしたのですがっ」
混乱するが、聞きたいことは山ほどある。
「君、勘違いしてないか……?」
「今でも、私の羽をお持ちだと思います」
俺は、あの時に死に別れた相棒の羽を、お守りとして左の胸に縫い止めていた。
「ああ、私の羽……ウレシイ……! ジュルル」
「んん?」
なんで涎をふいたんだ?
「コホン。お忘れですか? 私は、フェニックス、不死鳥。一度死んでも……甦るのです」
バンスと一緒に息を呑んだ。
そういえば、そんな伝承もあったような……? 人として甦るってこと、か?
居ずまいを正すフィーネ。深紅の目がきらめいて、微笑を浮かべる。
「……フィーネは、今でも、あなたの僕です。ですから、もしお疲れのようでしたら、ご無理をなさらないでください」
フィーネは首飾りをぎゅっと握った。
「牧場のこと――まだ覚えていますか?」
戸惑う俺に、フィーネは目を閉じる。
「炎の記憶」
発光する首飾り。
空中に赤い火が生まれ、ぼんやりとした光景が写し出された。
――俺、将来は幻獣たちの牧場をやりたい!
そこにはキラキラとした目の少年が映っていた。というか……
「お、俺!?」
「おお、すごいなっ! 駆け出しのエルじゃねぇかっ」
「可愛いですよね~! この頃から、年取ってもいい感じになると思ってたんです!」
……こいつら。
――俺、幻獣達が安心して暮らせる牧場を作りたいんだ。みんな寿命が長いから、テイマーが変わることがあるだろ?
あ、と思い出した。
「幻獣の牧場か……!」
大戦の前から、幻獣と人の関係には課題があった。
寿命だ。
竜やグリフィン、そうした幻獣は寿命が100年単位と長い。そのため、『飼い主の寿命』という問題がいつかは起きる。
たとえば。
貴族に世話をされていた竜が、次代に竜に乗る素養がなく、不遇の末に放逐されたり。
戦で空を駆けたグリフィンが、時代の変化で居場所を無くしたり。
狩人と共にあった狼が、狩人の引退で人を襲う害獣になったり。
「寿命の長い獣達が一時的に身を落ち着け、セカンド、いえサードライフを探す場所――そんな牧場を作るのが夢だと、マスターは仰っていました。ですから、フィーネは人として復活した後、その候補地を探していたのです」
幻獣は強い。ならば引く手あまたのはず……そう誤解されがちだが、そこは生き物の難しさだ。主が変わる時、仕事が変わる時、幻獣だって嫌がる。
なまじ強いせいか幻獣の調教は難しく、彼らの移譲を支援する専門家が要るのでは、とぼんやり思っていた。
前世でも、引退した競走馬や警察犬を牧場が支援していたりするが、その幻獣版だろう。
「本当に、フィーネ、なのか」
「はい!」
その話をしたのは、俺が従えていた幻獣だけ。
再会。
俺の知る幻獣フィーネと、目の前の女が重なった。
――俺、お前達が大好きだよ!
――ピィ!
2階建てくらいある巨鳥、フェニックスと抱き合うまだ14才くらいの俺。
「……生きてりゃ、いいよ」
目元が、少しばかり熱い。くそ。
「お前、そんな立派なこと考えてたんだなぁ。わかったぜ、それでここを去ろうってんだな……!」
すっかり勘違いして涙ぐむバンスが、いい感じに気を削いでくれた。
「私、候補地としていくつか土地を押さえてあります。もし、ご興味がおありなら……」
上目遣いで、赤い瞳が見つめてくる。
しかし、正直、今更もっと働きたいとは思えないんだが……。
「……牧場、牧場ねぇ……」
過去の幻を消し、フィーネが土地資料を出してくれる。
辺境の開拓地ばかりだ。
なるほど。
ガキの頃の夢を後押しするため、復活した後は冒険者になって稼いだり土地を探したり、色々していたわけか。俺が戦後処理をしている間だろう。
「サードライフか」
「マスター?」
「まず、場所を見るだけならな」
しかし、美人にも弱くなっていたとはな。
ま、今はそういうことにしておくか。
……まさか不死鳥の炎で、熱意が再燃したわけでもあるまいに。