「一日勇者になろう!」 ~吟遊詩人(アイドル)の私が一日で魔王討伐まで目指す話。い、一日だけなんだからね!~
「一日○○」って知ってます?
選ばれた人が、一日だけ違う職業になるあれね。
有名なのだと「一日町長」とか「一日騎士団長」とか。
場所によっては「一日国王」なんていうのもあるんだって!
私、エリナ・ルウ・アメリア、十六歳。
地方都市で活動中の吟遊詩人だよ!
今日は王都のイベントで『一日勇者』をやることになったんだけど……。
勇者にしか抜けないはずの聖剣を握ったら、本当に抜けちゃって大慌て!
そのまま、私をスカウトしたロイ王子と一緒に、仲間を集めて魔王討伐するってことになっちゃった。
でも、一日だけだからね。
勇者をやるのは契約した今日一日だけだよ!!
――でも。
知らないはずの記憶が頭をよぎる。
どうやら「勇者」にも「魔王」にも、誰にも知られていない秘密があるみたい。
そして秘密を持った人物が、もう一人。
ロイ王子、あなたは……。
【王国時間 11月15日 9:30 】
「それでは、一日勇者様に登場してもらいましょう! どうぞ―!」
司会の紹介の後に大歓声が響き渡る。
ここは王都の中心部にある『勇者の剣広場』、そしてみんなは私の登場を歓迎してくれているみたいなんだけど……こっちは全然嬉しくない!
「ねえ。これのどこが子供向けのイベントなのよ。こんな大イベントだなんて、聞いてない!!」
「ははは、それはそうでしょう。子供向けのイベントだなんて、もともと言ってませんからね」
こいつ……。
綺麗な顔をした目の前の青年を殴りたい衝動にかられるが、グッとこらえた。
この爽やかそうな金髪イケメンこそが、この国の第三王子。そして、私をスカウトした張本人だ。
「ほら、お仕事の時間ですよ。あなたは一流の吟遊詩人なんでしょう? そんなこわばった顔しないで。笑顔ですよ、笑顔」
「……わわわ、分かってるわよ。これでも私、プロなんだから!」
ステ―ジは私たち吟遊詩人が観客に夢を届ける場所だ。
それに今日は一日だけどみんなの憧れの“勇者様”なんだもんね。
――よしっ!
やってやるわよ、一日勇者!
私は大きく深呼吸すると、ステ―ジ中央まで歩き出した。立ち止まり、くるりと回って、満面の笑みを浮かべて手を振る。
「アナタに愛と平和を届けちゃうぞっ! 一日勇者のエリナ、年齢は十六歳です! みんな今日はよろしくね―っ!」
「うおおお、エリナちゃ―ん!」
「桃色ツインテが今日も揺れる! オレの天使、エリナ―!」
最前列にいるのは、いつもライブに来てくれる人たちだ。ありがとう!
「初めて見たけど、いい子そうじゃないか!」
「変なイベントだと思ったけど、あんな可愛い子がいるなら来てみてよかった!」
初見さんもありがとう。私のファンになって帰ってね!
「さぁ、勇者エリナよ。まずはこの聖剣を引き抜くのです!」
「は―い、それじゃあステ―ジの前のみんな―っ! 一緒に掛け声よろしくね!!」
さあ、これからが本番!
最初に、『勇者のための伝説の剣』を抜くんだよね。
でも私は吟遊詩人だから絶対に失敗する。
そしたら、ざんね―んって愛想笑いして、踊って歌って終わり――だったよね。
「じゃあ、いっくよ―!」
私はステ―ジの中央の、立派な台座にささった聖剣に近寄る。
そうしてその剣の柄を両手で握りしめた。
とたんに、剣が光る――。
「ふぇ?」
しかも光が空に伸びていき……なんと剣はゆっくり動き始めた!
あわてて手を離そうとするけど、接着剤で貼り合わせたみたいに動かないよ。どうしよう!
「待って待って! 聖剣って“真の勇者”じゃないと抜けないんだよね!」
実はこれ偽物で全部ドッキリなんです―っとか?
それとも剣が最初から抜けやすいように細工されてたとか?
私は混乱しながら、完全に抜けきった聖剣を見つめる。
「ああ……やはり僕の目は間違っていませんでしたね。まさか今回は吟遊詩人だったなんて」
いや、そんなに涙を流しながら近づかれても困るんですけど、王子様。
「あ、あのですね。間違って聖剣抜けちゃったみたいで。私、吟遊詩人なので、お返しします」
「……やっとこの瞬間がきました。勇者エリナ!」
「は、はいっ?!」
「大丈夫です。僕がいます。君に一生の愛を誓うと約束するこの僕が、ずっと一緒にいます!」
「いやいやいやいや!」
王子の熱い眼差しに、思わず胸の鼓動がはねる。
いや、落ち着け、私、なんで今ドキッとしちゃったかな、おかしいよね。
この人、とんでもないこと言ってるから?!
なにこれ? なんで私がプロポ―ズされてるの? しかも相手は王子様で私は勇者で……って。
「……えと、ゴメンナサイ。いろいろ、お断りします!」
「これから一緒に魔王を倒しにいきましょう。そして無事に討伐がかなった暁には、僕と結婚しましょう!」
ヤバイ、人の話を聞いてくれない。
「さ、行きましょうか。僕の勇者エリナ!」
そう言って王子は舞台のそでに私を連れて行った。
ステ―ジでは大勢の観客がずっと何かを叫んでるけど、もうわけがわからないよ!
「まって。落ち着いて王子!」
「ロイですよ。呼び捨てで構いません、エリナ。君のことは僕が絶対に守りますから、安心してください」
「だから、待って。お願いだから話を聞いて―っ!」
私は慌てて王子を制止する。
「そもそも、どうして私が魔王と戦う話になってるの! 私、ただの吟遊詩人なので。剣なんて使ったことないし、戦うとか無理!」
「……“この世界の君”はそうなんですね。でしたら……エリナ、これを見てください」
「え?」
王子は私に一枚の紙を見せた。
そこには“一日勇者契約書”と書かれている。ああ、先日の契約書ね。
え―と……あれ? 一番下に……。
「“なお一日勇者は絶対にキャンセル不可となります。是非とも一日だけ勇者の気分をお楽しみください”って……はぁ?」
「そんなわけで今日の君は“勇者”です。君の為にも魔王を倒しに行くしかありません」
「なんで私のためなの? そもそも、一日〇○って、イベントの時に職業のフリするだけだよね? ね?」
「あれ? 一流の吟遊詩人は契約を守るはずですが、違いましたか?」
王子はニッコリと微笑んだ。
いや、こんな契約書無効でしょ!
って思ったけど……。
確かにこの契約を蹴ったとしたら、今後の私の仕事に差し支えちゃうかも。
そう。私は一流の吟遊詩人、ちゃんと契約を守るのも一流の証!
「……一日だけ……だからね?」
「え?」
「だからぁぁ、契約通り、今日一日だけだからね! 勇者やるのは!」
王子は嬉しそうにうなずくと、私の手をグイっと引っ張った。
「では、急がないといけません。イベントの開始から一時間経っていますし、残りはあと二十三時間です」
「え。一日って……そんなにきっちりやるものなの?」
「当たり前です。僕だって契約は守りますよ。それに、さっきの言葉にもウソはありません」
「さっきの言葉? って?」
「君は誰にも傷つけさせない。僕が絶対に守るということですよ。それから――結婚しましょう、って」
そう言って王子は私の身体を抱き寄せた。彼の熱い吐息が耳にかかる。
私は思わず頬を染めた。
そして、小さくコクンとうなずい――っと、あぶない。
そこは絶対に、うなずいたりしないから!
* * *
【(5日前)王国時間 11月10日 11:00 】
「はああ~」
「なによ。大きなため息をついちゃって。もうすぐエリナの出番でしょ?」
「う、うん。そうなんだけど……」
「なに、まだ緊張してるの? エリナは昔っから本番に弱いんだから―」
幼馴染で私と同じ吟遊詩人のティナが、からかうように笑う。
ここは地方都市ホユ―ニアにある小さな劇場。今日は私たち吟遊詩人のライブイベントがある。
「そういえば今日は、エリナの熱烈ファン君、来てるみたい。頑張ってファンサしなよ!」
「ええ―」
「それにしても、あんなファンがつくなんてさすがエリナ。この調子なら王都でのライブも夢じゃないわよ!」
「そうねえ、できたらいいなあ」
「できるって! さ、行っといで!」
「うん!」
私が舞台のそでに行くと、司会の人が叫ぶ。
「さあ次はお待ちかねっ! “ホユ―ニアの天使”ことエリナの登場だよ―っ!!」
大丈夫。
ステ―ジのライトに照らされた私は今日も、プロの吟遊詩人になれる!
「みんな―、今日はライブに来てくれてありがと―っ!」
飛び出した私は、大きく手を振って観客に笑顔で応えて、ステ―ジを飛び回った。
ああ、嬉しいなあ。
私はずっと昔から、こんな風にたくさんの人を喜ばせたいなあって思ってた。
私がかけまわって、みんなが喜んでくれて。
そうして、私の横には――。
――ん?
横ってなに?
昔、私と一緒にいたのは……誰……だったんだろう?
そのとき観客の中に輝くような金髪と宝石のような青い瞳をした美男子を見つけて、私はドキッとした。
彼が熱烈ファン君。
なんだか、どっかで見たことあるなあってずっと思ってるんだけど……。
ってダメダメ、集中しなきゃ! 私はプロなんだから!
「ありがと―! みんな愛してるよ―!」
一曲終わって私が叫ぶと、熱烈ファン君も、みんなも、大きく手を振ってくれた。
――。
――――。
「今日はありがとうございました―! また会おうね~~~!」
鳴り止まない歓声と拍手に手を振って応えながら私は舞台裏に下がった。
すぐにタオルを持って、ティナが駆けてくる。
「エリナ、おつかれさ―ん。今日もイケメン金髪ファン君、すごかったね―。最前列でずっと叫んでたもん」
「ああ、うん……」
「でも、あのファン君。どっかで見たことあるのよね―」
「ティナも? 私もなのよ」
「僕の話をしてくれるとは光栄です」
「へ?」
突然後ろからかけられた声に、私は思わず間抜けな声を出した。
振り返るとそこには、金髪美男子――もとい、熱烈ファン君が満面の笑みで立っていた。
「やっと会えました、エリナ」
「……え? あ、あれ……ここは関係者以外立ち入り禁止なんですけど?」
「そうでしたね。でも、今日に限って僕は関係者です」
戸惑う私に彼はウインクを飛ばしてきた。そして、私の前に跪く。
「改めて……初めましてエリナ。僕の名前はロイ・ウィングス・ロズフィ―ルド。君にお願いしたい仕事があってここに来ました」
「……え? お願い? 仕事?」
いきなりの展開に私は混乱した。
いや、そもそも、私この人のこと知らないし……イケメンで私のファンってことぐらい?
「あ――思い出した!」
ティナの大きな声に私は思わずビクッとする。
「“残念王子”! じゃない、ロイ・ウィングス・ロズフィ―ルド様!」
「……おうじ?」
「うん、そう! この王国の第三王子様だよっ!」
「はぁぁ?!」
思わず大きな声が出た。
いやいやいやいや、王子って、あの王子だよね?
なんでそんな人が“一生エリナちゃん推し”なんて書いてあるシャツを着てるわけ?!
じゃない、なんで私に会いに来てるわけ?!
「あ、あの……ロイ王子……様? 大変失礼しました。私なんかに一体どんなご用件で……」
「やはり……近くで見ても似ている……やはり君が……」
「似てる? どなたにですか?」
私の言葉には答えずぶつぶつと何かを呟いていたロイ王子は、突然立ち上がったかと思うと私の手を握りしめた。
「エリナ、僕に敬語はいりません。ロイ、と気軽に呼んでください」
「……おおお、王族だとしても、握手は握手会でお願いします!」
「君に“一日勇者”になってもらいたいのです」
「あの、人の話きいてます? 私の話、聞いてもらえてます?」
「もちろんです! これはエリナにしかできないことです!」
いや、絶対に話聞いてないよね?
「どうか僕の願いを聞いてください」
そう言ってロイ王子は真剣な眼差しをするから、思わずドキリとしてしまう。でも――。
「あの、そもそも“一日勇者”ってなんですか?」
「なにって?」
「一日○○はわかるんです。イベントで一日だけその役職につくやつですよね。でも、なんで勇者?」
勇者って、王都の広間に刺さっている剣を抜いた人がなれるんだよね。
二百年くらい前に魔王を倒したっていう伝説は残ってるけど、それから一度も現れてないはず。
「そうですね、今回は少し……」
「え?」
「いえ、なんでもありません。さぁ、この契約書を確認してください」
私はロイ王子から一枚の紙を受け取って、その内容に目を通す。
「……ふ―ん、王都で行われるんですね。なんだか子供向けイベントみたいに見えますけど?」
「そうですね。子供達『も』楽しみにしていると思いますよ」
なるほど、勇者は物語でも大人気だもんね。
子供向けのイベントならやってみてもいいかな。
それに……あこがれの王都で歌えるなんて、ちょっと嬉しいかも。
「サインはここにお願いします」
王子がペンを渡すから、私はさらさら―っとサインをした。
* * *
【王国時間 11月15日 10:30(残り23時間) 】
「――あああ、あの時の私を殴ってやりたい!」
「まぁまぁ、これも運命ってことでいいんじゃないですか?」
「そんな運命いらないんですけど!」
「ははは、エリナは怒った顔も可愛いですよ!」
なんで自然にそういうセリフがでてくるんだろ、この金髪王子様。
私は思わずジト目になってしまった。
「それで、これからどうするの?」
「そうですね。勇者の定番は、仲間を集めて、たくさん魔物を倒して強くなって、伝説の武具を集めて、それから――」
「う、うん?」
「あとは魔王を守る四天王を倒して、魔王城の結界を解いて、魔王を倒します!」
ロイ王子はキラキラした瞳で私を見つめている。
そんな期待するようなまなざしで見られても、私が勇者やるのって一日だけだよね?
「私は仲間を集める手伝いをやればいいの?」
「いえ、今の話を全部やりきる予定です?」
「は? いやいやいや、無理でしょ?」
「大丈夫。君と僕ならきっとできます!」
「その自信はどこから来るのよ?!」
「君から」
「へ?」
ロイ王子は爽やかな笑顔のまま、私の手をとった。
その瞬間……どこか懐かしいような、不思議な感覚が私の胸に広がって、私は無意識にロイ王子の手をギュッて握り返した。
すると、ロイ王子は驚いたような顔をした後、嬉しそうに微笑んだ。
「さて、残り時間も少ないし、さっそく仲間を探しにいきましょう!」
「え? ちょ、ちょっと待ってよ。今から? まだ心の準備ができてないっていうか……」
「大丈夫、心の準備ができていなくても、僕がいますから」
「いますからって……はあああ」
こうして私の“一日勇者の旅”が始まった――。




