魔法好きくんの流され最強譚~平凡教師の悪夢を添えて~
魔法学園の一般教師だった夢を見るラーシュ。
魔法使いとしては、強くも弱くもない、THE普通。あんまり普通すぎて、研究者にも魔道士団員にもなれず、教師を薦められたぐらいの平凡な男。けれど、普通じゃない事態に巻き込まれて……そんな夢を何度も繰り返し見る。
これはきっと、僕の前世なんだ……。
そんなラーシュの五歳の誕生日に、転機がやってくる。
大好きな祖父に連れられて家を出たラーシュは、祖父の従兄の家に住むのだと思いきや……?
やがては最強になるかもしれない少年の、今はただ流されていく運命の物語。
その契機は、ただただ魔法が好きだという、その心のうちからやってくる。
「……ぅああああああッッ!!」
僕は叫び、跳ね起きた。
耳の奥で心臓が鳴り響いている。荒い息。それ以外の音が聞こえない。目の前は真っ赤で……いや、だんだん慣れてきたそこに見えてきた光景は平和そのものだった。
柔らかなベッド。窓から差し込む光は淡く、まだ夜が明けてすぐとわかる。隣のベッドの姉は、まだすやすやと眠っていた。汗に張り付くシャツがうざったい。
起こさずすんで良かった。姉の寝起きは悪い。
いつだったか、同じように悪夢で跳ね起きた僕を、うるさい、と殴り倒したことがある。
そしてそのまま寝て、起きてきた時に腫れ上がった僕の顔を見て「あら、その顔どうしたの?」と、きょとんとしたのだ。
恐ろしい。もうあんな目に遭いたくない。
しかしまぁ、久しぶりに見たな、この悪夢。
何を隠そう、僕、ラーシュ・グラヴェルは物心ついた時から同じ悪夢を何度も見る。
平凡な魔法教師の男の夢。彼が生きて、そして殺されるまでの夢だ。
まるでけして忘れるなと言い聞かせるように、何度も何度も。忘れようのない衝撃的な最期の夢を。
何回見ても慣れない。見るたびどうしても跳ね起きる。そして2つ年上の姉に殴られる。理不尽だ。
僕は自分の手を見る。
さっき見た夢の中の、ちょっとゴツッとした太くも細くもない大人の男の手を思い出す。夢の中の僕は二十代後半。実際に目の前にあるのは、ちいさなぷよぷよとした、白い可愛い手。僕は、先日5歳になった。
そんな僕のなんの変鉄もない手だけが、今ここにある。それをじっと見たあと、ぎゅっと握る。
今日、最近とんと見なかったあの夢を見たのは、今日が魔力測定の日だったからに違いない。
この国に生まれた子供は、5歳と10歳になる時に魔力を測る。これは前世もそうだった。
魔力値は、増えることはあっても減ることはないと言われているそうで、5歳で相当な魔力値が出れば国に囲われ、10歳で基準以上の魔力値が出れば学園に通うことになる。
夢の中の僕は、5歳では年相応、10歳は基準より少し多いかな? ぐらいだった。僕はどれぐらいだろうと、昨日は眠りについた。
絶対それが原因だ。
僕は、魔法が好きだ。
それには夢も関係している。
夢の中の僕は、魔法使いに憧れ、己れに魔法適正があることを知って喜び、自分なりに精一杯、鍛練し続けた。
きちんと組み立てればきちんとするほど、応えてくれる魔法というものが大好きで、その仕組みをいつか解明するのだと意気込んでいた。
叶うことのなかった、夢。
ふ、とそれを思い出して笑うと、頭の上から拳が降ってきた。
「いったあぁ~~!!」
「何ニヤニヤしてんの、ラーシュ。早く朝御飯に行くわよ」
いつの間にか起きていたらしい姉、アマリアは、そう言うとさっさと食堂に向かう。
「待ってよぉ」
僕は頭を押さえながらそれを追った。
◆
僕は5人家族の長男だ。
平凡な下級貴族の後継ぎとして、田舎でのんびり育てられている。
家族は両親と姉、そして祖父。
この祖父が僕の癒し。姉に殴られるたび、匿ってくれる。
母は姉の味方だから、傷の心配をしながら、僕が悪かったのではないかと責める。
父は女に殴られたぐらい、と取り合わない。
このグラヴェル家は、代々腕っ節で成り立ってきた家系らしい。本より剣、魔法を練習するぐらいなら、山野を走り回れ。そういう家だった。
姉は本が嫌いで、体を動かすのが大好き。典型的なウチの人間だ。
対して、僕は本が好き。体を動かすのは嫌いではないが、好きでもない。むしろ強制されるので嫌になった。
こういう人間は珍しいが、祖父の従兄がそうだったと聞く。
祖父は従兄を尊敬していたので、こんな僕をかばってくれる。家には腕っ節のいいヤツはいくらでもいるのだから、毛色の違うものも必要だろうと言って、実際に従兄の活躍で家の危機が救われた例を何個も上げ、父を説得してくれた。
それがなかったら、本を読むのを禁止され、ひどいトレーニングを課されていたはずだ。魔力の測定も、誤魔化されてさせてもらえなかったかもしれない。
だから、祖父には深く感謝している。
よって、祖父には「魔法使いにだって体力は必要だ」と言われても、素直にトレーニングができるのだ。
祖父の腕は僕の腰より太い。こんなガチムチなのに、父よりよほど頭が柔軟で、回転が速い。
外見的には父の方が細マッチョで、文武両道行ってそうなんだけれど、あっちはガチの脳筋だ。ホント話通じない。
そんな祖父が、朝食の後、丁寧な所作で神官を案内してきた。
魔力測定器は神殿が管理している。神官が運び測定し、記録は国と神殿が管理する。
応接室には、家族全員が揃っていて、大事に箱から出された測定器を囲むように見た。
「魔力測定なんて無駄よ」
まずは姉、アマリアが測ることになる。姉はこんな調子で一去年は測らなかったらしい。
もともと魔力が少ない家系には、高い魔力は出にくく、10歳に必ず測るなら、そういうことも許されるのだそう。
姉が、測定器に手を当てる。すると、目盛りがほんの少し動く。
「ほらね」
姉の値は、一般の子供の平均より大分低かった。それを神官が記録する。
「グラヴェル家ではだいたいそんなものだ。魔力なんてあっても邪魔なぐらいだからな」
ふん、と父がそう嘯く。いや、あった方が便利だよ、と心の中で反発したけれど、絶対口には出さない。
「ラーシュ、わかっているな? 魔力が平均以上なければ、魔法使いなんか諦めろ」
「え?」
そんな話初めて聞いた。え? いつそんな話になったんだ。
「諦める必要はない。そうなったら、ワシと一緒にこの家を出よう」
「なっ 父さん!?」
「じぃちゃん……」
祖父、ゼビウスじぃちゃんは、笑って促してくれた。なんて心強い。
僕はコクンと首肯いて、神官の側にある測定器の前に立つ。
そっと、深呼吸。そしてゆっくりと手を置く。すると、神官の咽から感嘆の声が上がった。
「おお……素晴らしい」
見ると、夢の中よりもかなり高い数値を示していた。
国に召し抱えられるには一歩足りないが、平均値は大きく越えている。神官は、記録をつけながら、そのあたりを説明してくれた。
「これだけ豊かな魔力を持つなら、将来良い魔法使いになれるでしょう」
「嘘だろう……」
父は呆然としていたが、やがて何を思ったのか神官に襲い掛かった。記録用紙を掴み取ろうとする腕を、ゼビウスじぃちゃんが止める。
「何をしとるんだ! 神官に襲いかかるなんて、何を考えておる!」
「父さんこそ、何を考えてんだ! ラーシュは家の後継ぎだぞ? 武道で鳴らしたグラヴェル家の後継ぎが、軟弱な魔法使いだなんて……!」
父さんは、顔を真っ赤にして怒りながら、なおも神官の記録用紙を狙っている。
だが、ゼビウスじぃちゃんに力任せに引き離され、その場に転がされた。
「そんなことを言うとるのか。由緒正しきグラヴェル家の当主が、情けない!」
父さんが息を切らせているのに対し、ゼビウスじぃちゃんは全くそんな様子はない。
さすが、歴代一の武人と言われた『ゼビウス・グラヴェル』だ。70を越えて、全く衰えがない。
「よく分かった。やはりお前に、この子は預けられん。ラーシュはグラヴェル家から出す」
え? じぃちゃん?
突然の発言に、息を飲む。
「なっ……それじゃ嫡男が」
「家はアマリアが継げば良い。お前も分かっているだろう。アマリアの武の、剣の才能を。女だから何だと言うんじゃ。ああ、情けない! 今からでも鍛えれば、ワシを越える武人となろうぞ。それをみすみす他家に渡すと言うか!」
父はあんぐりと口を開いたまま、微かに震えていた。顔色が、赤くなったり青くなったり、笑えてくる。
姉はというと、憧れの武人の言葉に目を輝かせ、感動に打ち震えていた。
「だが、それでも男手が欲しいと言うなら、ホレ。これがある」
先代当主、ゼビウスじぃちゃんは、おもむろに懐から手紙を出した。
「リティディオン子爵家からの手紙じゃ。この家の三男が武を志している。なかなか筋が良い。これを養子にせよ」
無造作に机に放り出された手紙を、父が読む。
信じられないと言うような顔をしている。
「ワシは引退した身じゃ。お前の要請で長く厄介になったままじゃったが、もういいじゃろう。ワシは従兄の所に身を寄せる」
一心に手紙を読む父に、吐き出すように言うゼビウスじぃちゃん。
神官の隣に立っていた僕の方に振り向いて、一瞬首肯いた。
「勝手に決めてすまなんだが、どうだろう。ワシと一緒に家を出んか?」
真剣に目を合わせてくるゼビウスじぃちゃん。けれど、そこに威圧感はない。いつもの、暖かく孫を見る目だ。
よく分かった。
ゼビウスじぃちゃんは、ずっと前から、この日のために用意をしてくれていたんだと。
僕のためだけじゃない。
才能がありながら、女だからと後継ぎからは省かれる姉のためでもある。
頭が固くて様々な見方ができない、当主として危うい父の成長のためである。
こうなったら、僕の選択肢は一つだ。
「分かった、じぃちゃん。出発はいつ? 荷づくりしなきゃ」
「だいたいのものは詰めた。今日の午後にしよう。良いな、オービル(父の名)。ああ、書庫にあるラーシュの本も、ワシが詰めよう、この家には要らんじゃろ。当面の着替えだけ入れてきなさい」
「分かった。簡素なものだね、旅の間に着れそうな」
「そうじゃ。間違ってもグラヴェル家の紋章が入っているものは持ち出すなよ」
「はい」
僕は頷いて、自分の部屋に駆け出した。
口元が緩むのは止められなかった。
急いで荷物を纏めていると、姉のアマリアが部屋に入ってくる。
「ねぇ、お昼ご飯は食べていくんでしょ?」
心なしか嬉しそうにしている。
「今夜から一人部屋だね、姉さん。嬉しい?」
そんなことを言ってみると、アマリアはちょっぴり口を尖らせた。
「それが嬉しいんじゃないわ。明日からの修練が楽しみなだけ。ねぇ、手紙は出していいんでしょ?」
蹴られ殴られる関係だけど、姉とは仲が悪いわけではない。
「いいよ。当面の宛名を書いてあげる。姉さんの字を解読できるの僕だけだもんね」
「なんですって?」
ムッとする姉をくすくす笑いながら、僕は封筒にゼビウスじぃちゃんの従兄の住所と……少し考えてじぃちゃんの名前を書いた。
「悔しかったら、字の練習もしてね。はいコレ。僕の名字はどうなるかわからないから、じぃちゃん宛にしてあるからね」
「ラーシュ……」
そう言って封筒を渡すと、アマリアの目に涙が浮かんだ。
「ホントに居なくなっちゃうのね……」




