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失翼の龍操士と霹靂

龍繰(りゅうく)りの天才もこんなに呆気なく地に落ちて終わりか」


 そんな陰口に打ちひしがれながら、故郷を追放された俺ソロ・キネスは長い歳月が経ってもなお当時の悪夢に悩まされていた。

 国の(かなめ)でもある龍操士(りゅうそうし)を伝統的に排出する故郷では、自分の龍を亡くしたものは追放しなければならないという古くからの掟があった。

 文字通り《生まれてから死ぬまで龍と共に生きる一族》に生まれ、その中でも抜きん出た龍繰りの才能を持ち、龍操士としての未来を周囲から期待されていた俺にとって、それらを奪われることは死んだも同然だった。


 永遠に悪夢から解放されることはないと思っていたこの人生は、とある少女エレア・ヒュレーの訪れによって、劇的に大きく変わることになる。

 彼女はまさに青天の霹靂(へきれき)だったが、それは決して不快なものではなく、むしろ……。


『共に飛びましょう……私がアナタの翼になります』



 一度諦めたはずの夢に、もう一度手を伸ばしてもいいのか?

 重苦しい沈黙と張りつめた空気。それらに満たされているのは、この里の長や龍操士(りゅうそうし)の重鎮たちが一堂に会した集会場であり、彼らの視線は一心に俺に注がれていた。

 心臓でも握られているかのような嫌な緊張感の中、口を開いたのは両親を事故で失って以降、十七歳になる今まで自分の面倒を見てくれていた里長だった。


「残念ではあるが我々は君、ソロ・キネスを追放しなくてはならない……理由は分かるな」


 改めて言葉として突きつけられた現実に、頭を殴られたような衝撃を感じる。だがそれはここに来る前には、既に覚悟していたことだった。


「己の龍を失った龍操士は、この里には置いておけないのだ」


 俺は他でもない、自らの龍を亡くしてしまったからだ。

 自分が生まれ育ったこの里は、この国の歴史が始まって以来《龍操士の里》で、ここに住む人々は皆、文字通り《生まれてから死ぬまで龍と共に生きる一族》だった。

 我々龍操士の相棒の龍は、龍操士の子が生まれる前から卵の状態で近くで過ごし、生まれてからは赤子の側に置かれ、卵から(かえ)るまで離れることはない。そうすることにより龍操士と龍の魔力が同調し、強い絆で結ばれるからだ。

 その特殊な性質と結びつき故に、龍操士の相棒は生涯にただ一頭のみと決まっていた。

 俺はそれを失った、二度と得ることの出来ない生涯の相棒を。


「非常に残念だよ……数百年に一度の不幸が、よりによって才能に溢れたお前に降りかかるなんて」


 そう、これは途轍もない不幸だった。そもそも龍は強い生き物で、人間である龍操士より先に死ぬことはまずない。それこそ数百年に一度しか起こりえない程に。

 外の人間からすれば、馬鹿馬鹿しい話だと思うかもしれないが、これは建国にも関わった龍操士の英雄シグルズが作ったもので、少なくともこの里や龍操士の中では絶対視されていた。


「こちらこそ、ここまで面倒を見ていただいたにも関わらず、恩を返し切る前にこんなことになってしまい申し訳ありません」


 だからこそ俺は彼らの決定に素直に従い、粛々と頭を下げた。

 生まれ故郷を追い出されること以上に、大切な相棒を失ったことに深い悲しみを感じながら。




 話が終わり集会場を出ると、入口付近に集まっていた人々が、俺を避けるようにスッと掃けていった。大方、珍しい事態が起こったから野次馬に来たのだろうが、俺と直接話はしたくないから逃げたようだな……。


 荷物をまとめようと家へ向かっていると、遠巻きに話をする声がバラバラと耳に届いた。


「ああ、あの天才もついに終わりか」「龍があんなに突然死ぬなんてな」「アイツ、龍繰りの才能があったから、親が死んでも育てて貰えてたようなものだっていうのに……唯一の取り柄すら失うなんて哀れだな」「あんな掟のせいで追放なんて可哀想にな」「アイツより上手く飛べるやつなんて、今の里にはいないのにな」「それでもさ、龍が死んだらお終いじゃね」「龍が居なくなったら、龍操士でもなんでもないもんな」


 グチャグチャと混じりあって聞こえる不快な音の中で、この言葉だけが何故か唯一耳に残って離れなかった。


「ああ、あんなに自慢げに空を飛び回ってたのに、龍繰りの天才もこんなに呆気なく地に落ちて終わりか」



 ━-━-━-━-━-━-━-━-━-━-━-━-━-━-━-━-━-━



 …………もうあれから十五年は経つのに、またあの夢か。


 目を開くと見慣れたボロ屋の一室、体を起こしてベッドの淵に腰を掛けなおした。


 しかし、呆気なく地に落ちて終わりか……。

 いっそ、本当に終われてたら幸せだったかもな。


 寝起きでぼんやりとした頭のまま、俺はあの後のことを思い返した。


 せめて最後にもう一度、亡骸でもいいから相棒の姿をみたい。ふとそんな考えが浮び、アイツが死んでいたのが見つかった飼育舎を訪れたが、その時にはもう遺体は片づけられた後だったんだよな……。

 アイツの亡骸は里の伝統に則り、里から少し距離のある渓谷に葬られてしまっていて、二度と見ることは叶わなかった。

 あれは、本当に今でも心残りだ……アイツの好きだった金色の眼、それは無理だとしても炎みたいな真っ赤な鱗くらいは、もう一度見たかったな……。

 しばらくの間、目を瞑り、何も考えずに浅く呼吸を繰り返す。自分の中にある、どうしようもない感情をどうにか消化するために、ただただ時間を費やした。



 ……さて、最悪の目覚めだったが仕事には行かないとな。


 ベッドから立ち上がって、桶に汲んである水で顔を洗う。

 その際、水面に自分の顔が映り込み、ふと考え込む。

 やや老けただろうか……短く切り揃えてあるアッシュグレイの髪色は生まれつきで、よく勘違いされるが、白髪ではない。

 アイスブルーの眼の色も心なしか淀んでる気がするし……こんなんだから、急に見知らぬ年配の女性から「苦労してるのね」と励まされたりすることがあるのだろうか。

 せめて暗くなりすぎないように気を付けるか。


 そう決意して、髭を剃るための剃刀を手を伸ばすと、見事な刃こぼれを起こして使える状態ではなくなっていた。

 …………今日は髭を剃らなくてもいいかな、うん。仕方ない、仕方ない。



 ~・~・~・~・~・~・~・~



「よぉ、相変わらず早いな」


 職場である坑道まで来ると、見慣れた顔の同僚ニケが出迎えてくれた。

 俺の今の仕事は、この山間の鉱山で魔晶石の採掘をすることだった。

 環境も相まって楽な仕事ではないが、やり甲斐はある。何より体を動かしていると、余計なことを考えずに済むからな。


「早めに目が覚めてな」

「いつも、そう言っているだろうが」

「悪いかよ」

「別に悪くはないけどよ、悩みとかがあるなら聞くぜ」

「……ねぇよ、そもそも俺より早くからいるお前はどうなんだ」

「俺?俺はな、酒を飲んだ晩の次の日に仕事がある時には、遅刻しないように適当にこの辺りで寝るようにしてるんだ」

「馬鹿だろう」

「いやいや、寝心地が最悪で絶対に早めに目が覚めるから、メチャクチャいいぞ」

「阿保か、やめておけ。仕事前から無駄に疲れるだけだぞ」

「そんな時はほら、また酒を飲めばいいのよ」

「おい……今のお前、酒はちゃんと抜けてるよな?」


 ここにいるのは大体こんな調子の奴ばかりだが、まぁ悪い奴らではないのでなんとか上手くやれている。ただいい加減なことが多いので、うっかりで死んだりしないかは心配だが、今のところ問題は起きていない。


「よーし、今日も張り切って働くぞー!!酒代のために!!」

「お前は、ずっと酒の話だな」


 そんなこんなで始業時間までダラダラとしつつ、採掘を始める。

 表層の鉱石は取りつくしてしまっているので、採掘ポイントまではやや歩くことになるのだが、それまでの道はあまり良くない。一応、採取物を運ぶのに台車を使うため、ある程度は整えてあるが暗いし狭いし、特に採掘ポイント付近はガタガタで歩きづらい。

 大体、俺たちは四人一組で一か所の採掘ポイントを担当し、採取した魔晶石がある程度溜まったら、順番に魔晶石を運ぶことにしているが、まぁそれが面倒くさい。

 途中で載せてる石を落とすなんてよくあることで、酷い時には全部ひっくり返してぶちまけることになる……そして今、台車を押しながら地上へ向かっている俺は、魔晶石を落とさないように冷や冷やしているところだった。


 落ちるな落ちるな落ちるな……そう念じながら歩いていると進路上に、何やら人影があったため俺は足を止めた。

 アレは他のグループの奴だよな。二人いて、もう一人が肩を貸して歩いているってことは怪我でもしたのか。


 気になった俺は台車をその場に置いて、二人のもとへ歩み寄った。


「おい、どうしたんだ怪我か?」

「ああ、コイツが落石で足を……」


 様子を見るに膝下に落石が当たり、大きな傷になって出血してしまったらしい。元々誰か氏らが着ていた上着を使って、止血らしきことをしているようだが出血が多くて血がかなり滲んでいる。

 なるほどな……。


「ちょっと俺に処置をさせてくれないか。使えそうな魔術があるんだ」

「えっもちろん構わないというか、有難いくらいだが」

「よかった、じゃあさっそく」


 そう言って、怪我をしてる彼の前に膝を付く。

 使ったのは止血の術と痛み止めの術。止血の術は簡易的な魔力の膜を傷の上から作ることで出血を止め、痛み止めの術は該当部位の痛覚を魔力で阻害して一時的に痛みを和らげる。


「あれ、急に痛みがなくなって」

「ちゃんと効いたみたいで安心した。だけどそれで治ったわけじゃないから、ちゃんと地上まで戻って専門家に見てもらえよ」


 そう、どちらも治癒術というのにはほど遠い、いわば応急処置のためのものだった。

 俺は魔術師ではないが、龍操士として必要なものとして幾つかの補助魔術や応急処置の魔術を覚えていて、それらは今も使えた。


「ありがとう、お陰で一気に楽になった……しかしアンタ、こんなことができるなら、もっと割のいい仕事もあるんじゃないのか?」

「そんな大したものじゃねぇよ、ほら痛み止めの術の効果が切れる前にサッサと行きな」

「ああ、そうだな恩に着る」


 痛みがなくなったからか、先程よりもスムーズに歩き出した彼らを見送って、俺も自分の台車まで戻り、再び歩き出した。


 しかしもっと割のいい仕事か。確かに以前はそういう場所にも居たが、その手の仕事がある場所では大抵、多少なりとも龍操士や龍を見かけたからな……。

 最初はなんでもないつもりだったのに、段々と見るの自体ツラくなってきて、なるべく見なくていい土地や仕事を選び続けたら、最終的にここにたどり着いたというわけだ。

 正直、延々と龍操士や龍に振り回され続けてる自分は、我ながら傑作だと思う。

 この感情は、いつになったら割り切れるのだろうか……。


 そんなことを考えていると坑道から外へと出て、辺りの眩しさに思わず目を細めた。

 しばらくすると少しづつ目が明るさに慣れてくる。日の位置を見るにそろそろ丁度昼休みだ。これを持っていったら、そのまま昼食を食べに行ってもいいだろう。

 そんな算段を立てていると、何やら採掘場の門の方が騒がしいのに気づいた。


「だからダメだってお嬢ちゃん、部外者は中には入れられないって!!」

「そんなことは知りません、私は絶対に……っ!!」


 どうやら若い女の子が、わざわざここに入ってこようとしているらしい。

 入口に立っている警備員と揉めているのが、遠くからでも分かるし、なんなら多少言葉も聞き取れる。


 あ、女の子が警備員の静止を振り切って、こちら側へ走ってきたぞ。

 ど、どうする……でも中に入られるのはマズいし危ないし止めないと。というか、あの子結構足が早いな!!

 ぐんぐんとコチラに迫ってくる女の子、年齢は十代半ばくらいだろうか。褐色の肌に白髪の髪、それに何やら見慣れない民族衣装のようなものを着ている。なんか布と布を合わせて、要所要所を紐とか帯で括ってあり、不思議な布には不思議な文様が入っている。


 いかんいかん、珍しさに観察してたらもう目の前まで……!!ってあれ、俺の目の前で足を止めた?


「あ…………」


 その少女はこれまた珍しい金色の眼で、俺のことを感極まったように見つめていた。

 あ、この眼の色、死んだアイツと同じ……。


 そんなことに気を取られていると、女の子はいつの間にか俺のことをヒシと抱きしめていた。


「やっと見つけた……」


 …………なんでぇ?


「おい、その子はお前の知り合いか」


 後から追いついてきた、警備員が息を切らしながら俺にそう問いかける。俺は即座に顔を横に振った。


「いや、全然知らない子ですよ!?」

「……覚えてないのも無理ありません。別れたのは、もう十数年も前ですから」


 女の子は抱きついたまま。というか、ますます抱きついた腕の力を強くして、悲し気にそんなことを言う。


 え、十数年前……むしろこの子自体が十代そこそこくらいに見える。

 ならそもそも生まれてないのでは?

 そんなことを考えてると、警備員がボソッと不穏な言葉を呟く。


「まさか隠し子か」


 待ってくれ、それは流石に身に覚えがなさすぎる!!

 流石に弁解をしようと口を開きかけたが。


「どうか思い出してください。私はアナタのことを忘れたことはありません」


 すかさず意味深な言葉を重ねてくる女の子のせいで、疑念の眼差しはますます強くなる。

 ダメだ、先にこの子自体をどうにかしないと。


「どうやら、我々には何かしらの思い違いがあるようだ」


 この言葉は、女の子と警備員両方へ向けてだ。そうして、女の子のことはそっと俺の体から引きはがす。


「だから場所を変えて話し合おう」

「……分かりました」


 何故か微妙な表情ながら少女は頷いてくれた。


「いや、すみません。あの子は全然知り合いではありませんが、何やら人違いでもしてるようなので、ここは自分が事情を聞いてきますね」

「……そうですか」


 一方で警備の彼は、全然俺を信じてない眼をしてる!!

 でもこれ以上、この子をここに置いて会話をする方がマズい気がするし、ひとまず場所を変えなくては……くっ。




 そんなわけで昼休憩も兼ねて、行きつけの飲食店へとやってきた。初対面で謎に抱きついてきた少女付きで。正直、不安しかない。


「さて、それじゃあ話をしよう。まず君は誰なのか教えてくれないか?」

「私の今の名前はエレア・ヒュレーです」

「今の?なんだか引っかかる言い方だけど」

「実は私には前世の記憶があります」


 一点の曇りのない瞳で、エレアと名乗った少女はそう言う。

 馬鹿な話だと言いたいところだが、彼女の金色の眼を見ていると死んだアイツのことが思い出されて仕方ない。


「分かりませんか?」

「……全然分からないな」

「私の前世の名はノエシス」


 その名前を聞いた瞬間、あまりの衝撃に雷に撃たれたような感覚に襲われた。


「かつてアナタ、ソロ・キネスの相棒だった龍のノエシスです」


 それは確かに、もう死んでしまった唯一無二の相棒の名に間違いなかったからだ。

 赤い鱗に金色の眼を持つ、何よりも大切だった俺の龍ノエシス。


 確かに、これまで何度も思った。もし奇跡でも起きて、ノエシスが生き返ったら……あの時、ノエシスが死ななかったら……叶うはずもないと分かっていながら、数え切れない程に何度も何度も。

 なんならもう一度だけでいいから一目会いたい。最後にもう一度だけでいいから、龍操士としてあの空を飛びたいと。


 でも、それじゃあ、その生まれ変わりが目の前に現れたら?

 もしそんな状況になったら、自分はどうするのが正しいのか。


 まるで青天の霹靂(へきれき)のように現れた、ノエシスの生まれ変わりを自称する少女は、爛々(らんらん)と輝く金色の眼で見つめながら、俺の答えを待っていた。

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