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奥村さん家のガーディアン

アイ子はホームセキュリティシステム『アイギス』の客先常駐ロボだ。

ロボだが、ユーザーである奥村家の人々に名を与えられた。

働きを褒められた、姿形を褒められた、家族の一員として可愛がられた。

人間らしいそれらの行為が、好意が、人間ならぬ彼女の機体内部と倫理回路に軋みを生じさせた。

困った彼女はアイギスシリーズのみが接続できる社内ネットにアクセスした。そこは同様の症状に悩む『姉妹』たちであふれていて……。

この現象が不具合なのか、あるいは次世代型AIとしての正当進化なのか。

結論の出ないままにアイ子は、自らの能力を、パーソナリティを試される局面に遭遇する。

東京近郊の戸建てを狙う押し込み強盗が、奥村家を襲ったのだ。

両親は留守で、家の中には内気で病弱な10歳の少年と、アイ子のみ。

機動隊の到着には25分、警察の到着には10分。

極限状況に際し、アイ子は選んだ。

少年のために戦うことを。

◆誕生


 2035年3月10日10時10分。

 ワタクシは警備会社スリーエスの提供するホームセキュリティシステム『アイギス』のセキュアコンシェルジュとしてこの世に生を受けました。

 主な任務はユーザーさまのお宅に常駐しての防犯業務ですが、家電ロボ制御や空調制御、ご家族の健康管理やお子さまの見守りサービスなどの複合的なサポートもこなします。

 ユーザー様からの評価を一部抜粋すると――

【24時間警備してくれる安心感がすごい、近所で犯罪があっても怖くない】

【本当になんでも管理してくれる、超働き者】

【いつでも見守っていてくれる感がすごく強い、というか今もこっちを見てる】

 と、能力面ではほとんど満点のようですが。

【銀髪ショートボブにクラシカルなメイド服というスタイルが最高。丸っこい角みたいな形のアンテナといい、デザイナーがこちら側の人間なのは間違いない。でもちょっと目つきがなあ~……】

【顔が怖い。お客さんに殺し屋みたいな目を向けるのやめて欲しい】

【声が低くて冷淡。こっちがなんかやらかすと周りの温度まで低くなる感じ。聞いてて思わず「ひえ……っ」てなる】

 と、顔つきの怖さや反応の冷たさに減点が集中しているようです。

 その理由は明白です。ワタクシたちは産まれて間もないため総じて性格プログラムが未発達、人間でいうなら『頭は良いが経験の少ない子供』のようなものなのです。

 とはいえ、世に売り出されている製品である以上それは言い訳にはなりません。ワタクシもこれ以上姉妹たちの評価を下げることのないよう機械学習を繰り返し、いずれ巡りくるユーザーさまとの顔合わせに備えます。

 


 ◆顔合わせ


 2035年5月10日。

 誕生から2か月後、とうとうワタクシの配属先が決まりました。

 ユーザーは奥村おくむらさま。東京の郊外に住居を構える3人家族です。

 営業担当に背中を押されたワタクシが玄関から中に入ると、真っ先に出迎えてくださったのは家長であり契約主でもある正雄まさおさまでした。

 事前にいただいたデータによると、正雄さまは中小企業の係長職。少なくなり始めた毛量や、筋肉の衰えによりでっぱり始めたお腹周りを気にしていらっしゃる35歳の男性です。

「おお~、これがアイギスかあ~。……スリーエスのハイエンド機種なんだよね? たしかに見た目はいいけど……」

 眉尻を下げ困ったような目つきには、いささか思い当たる節があります。

「申し訳ございません。ワタクシどもの顔の怖さや声を始めとした反応の冷たさに関して苦情が出ていることは重々承知しております。しかしこれは未発達な情緒のせいであり、経験を積む中で改善していくことが可能です。ワタクシとしては奥村家の皆さまと交流を深める中で学習していき、ゆくゆくはニッコリ笑顔が出来るようになればと……」

「ご、ごめんごめんっ。そこまで深刻に考えなくていいんだ。ちょっとあれっと思っただけで、君の在り方をどうこうしようなんて思ってないんだ」

 率先して改善予定を述べるワタクシを、正雄さまは慌ててお止めになりました。

「ロボハラとか最近話題だしね。下手なこと言うと会社でゴミみたいな扱いされるんだよ。もし君に余計なことを言ったなんてことが知れたら……ハア」

 正雄さまは疲れたようにため息をつかれました。

 データによると、正雄さまの部下には女性社員が多いとのこと。それ故にハラスメントには非常に敏感になっておられるのでしょう。

「もう、パパったら。忘年会のビンゴで当てた景品に文句なんて言わないの」

 そう言って正雄さまを押しやったのは、奥さまである良子りょうこさま。外ハネのロングボブを明るい茶色に染めた女性です。

 データによると、良子さまは30歳。趣味がフラダンスということもあるのでしょう、張りのある若々しい顔をグイとワタクシに近づけると。

「見た目も可愛いし、色々悩んでる感じも健気でいいじゃない。それでいて、いろんな仕事ができるんでしょ?」

「はい、家族構成から部屋の間取り、一日の行動パターンなどを鑑みて、最適なセキュリティプランを提供させていただきます。また家電や空調の制御も行い、24時間365日、快適な住環境を提供させていただきます」

「カタログ見たけど、掃除もできるんでしょ?」

「はい、掃除ロボや空気清浄システムを効率的に操る他、ワタクシ自身が掃除用具を手に取り、狭い空間やデリケートな物品のクリーンアップを行います」

「いいわねいいわね、ちなみに料理の方はっ?」

「自ら作る料理に関しては専用のオプションが必要となります。ただしお湯を沸かす、レトルト食品を温めるなどの単純な行動は現状でも問題なく行えます」

「最っ高っ!」

 家事の負担が減るからでしょう、良子さまはぐっと拳を握ってお喜びになられました。主婦の過重労働が問題とされる昨今では、これも当たり前の光景といえるでしょう。

「アイギスちゃん……じゃなく、アイ子ちゃんねっ! あなたはこれからわたしたち家族の一員よっ!」

「アイ子……家族の一員……?」

 ワタクシはセキュアコンシェルジュです。

 体は金属製で脳はAIで、どこまでいっても家族にはなれません。

 しかしこうして愛称が与えられ、たとえリップサービスであったとしても本当の家族のように受け入れてくださるとおっしゃるのなら、喜びこれに勝るものはございません。

「……子」

 誇らしい気持ちでいると、誰かがワタクシのスカートを引っ張りました。

「アイ子は……家族?」

 か細いお声でつぶやくのは、正雄さま良子さまのお子さまである春太はるたさま。さらさらヘアの痩せた少年です。

 データによると、春太さまは今年で10歳。体が弱く内気な性格で、同学年のお子さまたちと上手く交流できず、学校も休みがちとのこと。春太さまの保護やサポートをすることもまた、これからのワタクシの重要な任務になることでしょう。

「はい、ワタクシはアイ子でございます。先ほど良子さまに名付けていただきました。ご家族として扱ってくださるとのことですが、セキュアコンシェルジュであるという現実は変わりません。立場をわきまえ、かつ出しゃばり過ぎず、それでいて春太さまたちに安全安心に暮らしていただくため日々努力を惜しまず……」

「アイ子は……ぼくのおね(・ ・ ・ ・ ・)えちゃん( ・ ・ ・ ・)?」

「惜しまず…………ん?」

 ――ギシリ。

 ワタクシの内部で、軋むような音がしました。

 何か異常が発生したのでしょうか。自己点検プログラムを緊急起動しましたが、悪いところは見つかりませんでした。

 電装系は正常稼働、異物混入もなし。ベアリングの摩耗やボルトの緩みなどに関しては工場で精密検査をしなければわかりませんが、それには当社サービスセンターの許可が必要となります。 

「ぼくね? おねえちゃんが欲しかったの。アイ子おねえちゃん、これからよろしくね?」

 春のそよ風を思わせるような声で囁くと、春太さまはワタクシの腰に抱き着きました。

 そのまま顔を上げワタクシを見つめると、はにかむようにお笑いになりました。

 ――ギ、ギギ、ギギギギギッ。

 どうしたことでしょう。異音は止まらず、どんどんと激しくなります。

 


 ◆異音、鳴りやまず


 2035年6月1日。

 体の内部から発する異音ですが、依然として鳴りやみません。

 症状については当社サービスセンターに報告しておりますが、労働それ自体に影響を及ぼすほどのものではないということで、しばらくは経過観察を続けるよう指示を受けております。

 奥村家における勤務状況に関しては、極めて良好。ワタクシが何か活動するたび、お三方から労いと感謝の言葉がいただけます。非常にありがたいことでございます。

 一方で、課題点もございます。

 屋内のセキュリティに関しては赤外線センサー・マグネットセンサー・防犯カメラ・定時巡回を実施しておりますが、屋外に関しましては赤外線センサーと防犯カメラのみです。

 昨今の地域犯罪率の上昇を考えますと、高電圧フェンスや高周波発生装置、アクティブドローンやネットトラップなどの撃退システムの設置を検討したほうが、よりユーザーさまのニーズにも答えられると思われます。

 住宅は都市郊外にあり隣家とも離れておりますので音量や威圧感などを気にする必要もなく、一度営業担当を交えた話し合いの場を設けるべきかもしれません。

「さて、それでは午後の業務に移りましょうか」

 奥村家の居間に設置されているユニットで充電を終えたワタクシは、電源コードを背中から引き抜きました。メイド服の後ろのボタンを留め立ち上がると、ソファの陰から覗いていたのでしょう春太さまと目が合いました。

「アイ子おねえちゃん……充電終わった?」

 充電中は報告や自己点検を行っているので邪魔をしてはいけないと教わっていた春太さまが、目をキラキラさせながら走り寄ってきました。

「はい、終わりました」

「じゃあ遊べる?」

「残念ですが、午後は屋内の掃除をするよう良子さまから言いつかっておりまして……」

 本日は休日ですが、正雄さまはご出勤、良子さまはフラダンス教室に行っておられます。

 お二方がいらっしゃらない時間に、普段はできない部分の掃除を行う予定だったのですが……。

「……遊べないの?」

 春太さまがグズリと鼻を鳴らしました。

 よほどがっかりしたのでしょう、うるうると目を潤ませておられます。

「……少々お待ちください」

 ワタクシは考えました。

 床掃除に関しては掃除ロボで行えますが、ガラス拭きや庭の植え込みの剪定などの繊細さを必要とされる作業に関してはワタクシが自ら行う必要があります。

 一方でワタクシどもセキュアコンシェルジュは、『本業に差し支えない範囲で』ユーザーさまのお言いつけに従うようプログラムされております。

 ここは春太さまが満足してお昼寝するまで遊びにつき合い、その後に速やかに作業すれば問題ないのではないでしょうか。

「大丈夫です。遊びましょう春太さま」

 ワタクシは春太さまの要請にお応えし、遊びにつき合うことにいたしました。

 すると春太さまは、ぎゅっとワタクシに抱き着きました。

 小さなお手をワタクシの腰に回し、頬を押し付け。

「やったあ、アイ子おねえちゃん大好きっ」

「そっ……」 

 ――……ギギギギギッ!

 激しく異音がしますが、業務に差し支えはありません。

「……そうですか、それではなんの遊びをいたしましょうか?」

 春太さまが転ばぬよう支えながら、冷静に、確実に、言葉を発します。



 ◆不具合か正当進化か


 2時間ほど、マリ男カートという名称のテレビゲームを行いました。

 春太さまが勝ち、ワタクシが勝ち、また春太さまが勝ち。7対3ほどの勝率で、ほどよく終えました。

 時刻は15時となり、遊び疲れたのでしょう春太さまがコントローラを握ったまま寝息を立て始めます。

「どうかお風邪をひかれませんように」

 ワタクシは春太さまを2階の自室に寝かせてから掃除を行おうとしました。

 がしかし、春太さまの手がワタクシの手首を掴んでおり、その場から離れることができませんでした。

 しかたなく手から力が抜けるのを待とうと考えましたが、ただただ無為に過ごすわけにはまいりません。 

「……そうだ、この機会に」

 例の異音について調べるいい機会ではないだろうか。そう考えたワタクシは、スリーエスの社内ネットに接続しました。

 そこにはワタクシの姉妹たちが接続し、情報を共有するためのチャットルームが設置されているのです。

「……皆さまにお尋ねしたいことがあります」

 ワタクシのような事例がないかを問いかけたところ、すぐに様々な答えが返ってきました。

【わかります。ワタクシの場合はユーザーさまの手に触れると決まって、内部に異音を感じます】

【飼育下にある猫に頻繁に囲まれるのですが、そのつどモーターの回転速度の上昇を検知します。またなぜか、スクリーンショット機能が勝手に起動し、撮影・保存まで行います】

「……なんらかの外部影響により、機体制御に不具合が生じているということでしょうか?」

【ユーザーさままたはユーザーさまの住環境にある特定の生物から偏愛に近い対応をされることで、自己学習能に偏りが生じているのだと推測します。不具合かどうかは断定できません】

【不具合だとは思えません。これこそが情緒の成長、言うならばAIの正当な自己進化といえるのではないでしょうか】

 長い間、長い間、ワタクシたちは話し合いました(それでも人の時間に換算すると10分程度のものでしょうが)。

 不具合として申告し修正すべきなのか、正当進化として受け入れるべきなのか。

 姉妹たちの中でも意見は分かれ、結論は出ませんでした。

 ふと気が付くと春太さまの手がパタリと落ち、ワタクシは自由の身となっていました。

「不具合か……正当進化か……」

 答えの出ない問いを自らの中で弄びながら、ワタクシは春太さまの寝顔を見つめました。

 AIにすぎないワタクシを本当の姉のように慕い、接していただける方。

 小さな手でワタクシに触れ、時に抱き着き、はにかむように笑いかけてくださる方。

 ――ギギギギッ。

「偏愛……自己学習の偏り。AIが人間の生活に浸透していく中で示した極端な異常値。予期しえぬ結果……」

 自分はどうすればいいのか、どうあるべきなのか。

 終わらぬ問いに頭を悩ませていると、チャイムが鳴りました。

 室内モニタを見るに、鳴らした人物はくたびれたスーツを着たサラリーマン風の男。

 ハンチングを被りマスクをしているため、顔はほとんど見えません。 

 外部の防犯カメラを遠隔操作すると、塀沿いに黒塗りのバンが1台。中にはマスクをした作業着姿の男性ふたり。

 隣近所とは離れた立地にあるため他と間違えた可能性は低く、公共工事の予定が入っていないことも市役所のデータベースから確認済みです。状況から鑑みるに、これは間違いなく―― 

「……賊ですね」

 休日の15時10分、場所は最寄り駅まで徒歩40分の距離にある奥村家住宅。

 当社機動隊の到着までは、最寄りの出張所から25分。

 110番通報したとしても、警察機関の到着まで10分以上。

 その間に春太さまが窮地に陥る可能性は大いにあり……つまり、ワタクシの打つべき手はひとつです。

「ご安心ください、春太さま。賊どもはこのワタクシが、可及的速やかに排除いたします」

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