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夕方、母と男が仕事へと出かけると、見計らっていたように、ユリちゃんのお母さんが帰ってきた。
お母さんの姿を見た途端、ユリちゃんは弾けるようにその胸に飛び込んだ。
「お母さん! お母さん!」
何度も繰り返しながら、いつまでもしがみついていた。
ユリちゃんのお母さんは、毎日手早く夕飯の支度をし、また、どこかへ出て行った。行く前に、必ずユリちゃんを抱きしめた。
母と私が来た日から、ユリちゃんのお母さんは、夕方、二人がいなくなった頃に数時間だけ家に戻ってきた。ユリちゃんは、その僅かな時間を心待ちにしていた。お母さんがいる間は、側を離れず、お母さん、今日もどこかにお泊まりする? ユリも一緒に行きたいと言い続けていた。
何度言われても、ユリちゃんのお母さんは暗い顔で俯いて、ただ、ユリちゃんを抱きしめるだけだった。
夕飯の支度が済んで、ドアの向こうにお母さんの姿が消えてしまっても、ユリちゃんはしばらくドアを見つめていた。もう一度、ドアが開いて、お母さんがユリコも一緒に行こうとか、今日はどこにも行かないと言ってくれるのを待っていた。
諦めて振り返るまで、私も黙ってユリちゃんの背中を見ていた。
今日も置いていかれたユリちゃんを可哀想だと思いながら、ドアが開きませんようにと祈ってた。
ユリちゃんのお母さんがいる間、私は幽霊になっていた。
お母さんが帰ってくると、ユリちゃんにも私が見えなくなるみたいだった。最初の頃、ユリちゃんは昼間私と遊んだこと、楽しかったことをお母さんに話していた。けれど、ユリちゃんのお母さんに、私が見えていないと気づいてからは「ケイちゃん」は空想のお友だちになった。ユリちゃんにしか見えないお友だちの話題が出ることはなくなった。
実際、ユリちゃんのお母さんは、けして私を見なかった。でも、何かがいるのはわかっているみたいで、いつもぴりぴりしていた。もしも見つかったら、追い払われるかも知れないと思うと怖かった。
静かに部屋の隅にいる私を素通りしていくユリちゃんのお母さんの目は、暗い穴のように思えた。
ユリちゃんのお母さんは、いつもユリちゃんの茶碗の横に、もう一つ、茶碗と箸を置いていく。どこかの家で見た、仏壇のお供えのようだった。
そんな暮らしが続くうちに、ユリちゃんは、お母さんが夕方から夜の短い間しかいないことに少しずつ慣れていった。
その隙間を埋めるように私とユリちゃんはますます仲良くなっていった。昼間は思いっきり遊んで、夜は同じ布団で眠った。生まれた時から一緒だった双子のように、いつも側にいた。