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大事な日常

「あの……財布、落ちてましたよ」


「ひぃ、あ……ありがとうございます!」


「えっ……」


俺の手から財布を受け取り、高校生くらいのお姉さんは小さく悲鳴をあげながら逃げ出した。


「優しく微笑んでいるつもりだけどなぁ……」


残された俺はため息を吐き出し、隣にいる窓ガラスの中を見つめる。


鋭い目つき、お互いに寄せる眉間。


そこには身長が175センチぐらいの、世辞でも穏やかな顔をしているとは言えない男が立っていた。


それが俺、日向コウ、中学三年生。


「いつものことだけど、やはり傷づくな、はは……」


自分の恐ろしい姿にドン引きしつつ、俺は自虐的に笑った。


俺の顔は生まれた時から強面だった、知らない人と出会う度に、運がいい時は子供には見えないと言われるし、よくない時は先のように逃げ出すことが多々ある。


おかけ様で学校では友達が殆ど出来ていないし、ただ普通にお話ができる方でも大事にしたいのが今の俺なんだ。


「んん!今はこんなことを考える暇はない!早くみんなと集合しないと!」


落ち込もうとする顔を両手で叩き、駅前へ走る。


なぜなら、そこにはこんな俺を受け入れてくれる大事な人たちが待っているから。


「姉さん!詩織!はるき!遅れてごめん!」


「みんな気にしていないから、コウくんは足元を気をつけて」


厳しい時はあるが、片親の我が家で親代わりに俺を優しく守る姉、日向凛子。


「遅い!早くしないとあんたを置いとくわよ」


素直じゃないけど、なんだかんだいつも俺と一緒に居てくれる幼馴染、遠坂詩織。


「お兄ちゃん!おっはよう!」


俺に懐いてくる、可愛い小動物みたいな後輩、山崎はるき。


俺のことをわかってくれる、掛け替えのない三人の家族。


彼女たちがいるから、俺は前向きになれる、自信が持てる、今の俺を構成してくれた人と言っても過言ではない。


「わぁ!!?急に抱きつかないで待ってはるき、みんな見てるから!」


「嫌だもん!遅れたお兄ちゃんへの罰だもん!ぎゅー」


「何よあんた、女の子にデレデレして、ムカつく」


「デレデレなんて…引っ張らないで詩織!?ただでさえ転びそうなのに!」


「ごめんねコウくん、買いものを任せっぱなしで」


「気にしないで姉さん、そもそも飲み物を用意し忘れたのが俺だから」


「詩織ちゃんもはるきちゃんもコウくんから離れて、彼は困ってるでしょう」


「「はいー」」


「そこでコウくんの腕を貰った!」


「えっ!?姉さんまで!?」


「凛子さんずるい!」


「やっばムカつく!」


「あわわ……みんなさんピクニックのこと忘れていませんか!」


「そうだった!早くお兄ちゃんのお弁当食べたい!」


「はるきはここに来てからそればっかだよね、あいつの料理はどこがいいのか……」


「ふふ、我が家自慢の弟弁当だからね」


なにが起こっているかって言うと、最近は天気が良かったので、我々仲良しグループはピクニックすることにした。


でも俺は集合直前に自分が飲み物を用意し忘れたのを気付き、慌てて一人でスーパーへ買い出しに、そして今に至る。


「そろそろ昼だし、行こう」


「「「はーい」」」


笑い合う俺たち、ピクニックへの期待だけでなく、一緒にいることだけでも嬉しかった。


先の高校生のことを思い出しながら、俺をこの喜びを噛みしめる。


「……俺と居てくれて、ありがとう」


「なによ今更、居ない方が困るんだけど」


「お兄ちゃん居なくなっちゃうの?」


「こんな他人みたいなこと言って、コウくんらしくないな」


「えっ、俺声に出た?」


「「「うん」」」


「恥ずかしい……」


色々と辛いことはあるけど、この三人と一緒に居れば、俺はきっと乗り越えられる。


みなにからかわれながら、俺はそう確信した。


きっとそうだ。


そうはずだった……


それは、学期が終わりかける時期のできごとだった。


期末試験を乗り越え、心身共に疲労な俺ははるきと一緒に電車で帰宅することになった。


「お疲れ様はるき、まさか電車に来ても座れないなんて……」


「先まで試験場で座っているじゃないかお兄ちゃん……あはは……」


「そうだよね……」


脳味噌を使い切った俺は、無性に座りたかったが、異常に混んでいる今日の電車はそれを許さなかった。


「幸い姉さんたちは用事があるから一緒に帰れない、じゃなければ今頃みんなまとめて押し潰されるとこだったな」


乗客たちに壁際まで押し付けられた俺たち、はるきを庇おうとしたが、人混みのせいで手を伸ばすこともできず、俺たちはまさに潰されるカエル。


「はるき大丈夫か?」


「はるきはお兄ちゃんと一緒にいるから大丈夫だもん」


「ごめん、俺が一緒に帰ろうって誘ったからこんなに目に遭っちゃって」


ここに居ない姉さんと詩織のことを思い出す。


姉さんはもっと勉強したいと言って学校の図書館にいるし、詩織も友達付き合いで遊びに行った。


みなやることがあるから、いつでも一緒に帰れるわけがない。


そう考えてみると、絶対にいるとは言えないが、家に戻る時は九割のチャンスではるきが側にいる。


俺には家事があるから帰らないといけないが、もしかしてはるきはそんな俺に気を使っているのか?


はるきはそれでいいのか?


「はるきもたまにはほかの友たちと遊びにいかないのか?詩織みたいにさ」


「え?……も……もしかして、はるきはいらない子……?」


「ち……違う!俺はそういう意味じゃなくって、ただその……」


下を見ると、目がうるうるしているはるきが見つめてくる。


思わず頭を撫でたくなった、人混みのせいでできないけど。


「はるきは俺のことを大事に思ってくれることは嬉しいが、たまにはほかの友たちも構ってあげてという意味で、別にはるきのことが嫌ったわけじゃないから……」


「本当?はるきのこと好き?」


「うん、大好き」


「えへへ、はるきはお兄ちゃんといるのが好きだもん、だからお兄ちゃんと一緒に帰る」


「そっか、ありがとう」


そこで俺たちの対話は途切れた。


電車の走る音のみが周りに響き、疲労のせいかそれすら癒しく感じる。


ちょっと目を閉じようか、家に帰るまでのちょっとした仮眠。


この決断は、俺の人生を変えた。


仮眠し始めた数分後、駅に到着した音を聞き、人混みも離れて行く、早く起きようとした時。


何かが俺の手を掴み、どこかへ引き伸ばした。


そのまま俺の手が丸い何かに触れた。


「この人が痴漢です!助けてください!」


「えっ」


それが俺の人生が転落する宣告であった。

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