第二話 「医療班」
術「・・・はぁ、はぁ。」
「も、もう限界です・・・。」
「ダメだ!お前らに休息などあるわけがないだろう!
何甘ったれたことをいっとるんじゃあああ!!」
ドゴッ。
知らない誰かの出す鈍い音をよそ目に、淡々と治癒魔術を唱えてゆく。
そう。
私が休めば、今度は私が標的になってしまうのだ。
少しでも楽に、倒れないように。
倒れたら、目を覚ますまでさんざん殴られ蹴られ、果てには犯され。
戦場での女の役割は男たちに治癒をかけることか、欲望を満たすか。
女として生まれてきた時点で、運命は決まっていたのかもしれない。
今、私がいるのは戦場。
私語は上層部からの指令に「はい」と答えることしか許されない。
どんなミスも許されず、一日の食料も水が少しとオレンジレーションのブロックが2かけら。
あとはひたすら運ばれてきた傷ついた兵士たちに治癒魔法をかける。
私は最初、こんなことができるとは思ってもみなかった。
それは、私がここの軍隊に入れられたことにまでさかのぼる。
---
「お前、記憶がないそうだな。」
扉を開けて入ってきた老婆にそう言われる。
「正確には、忘れたというか、なんというか・・・。」
「そうか」
その老婆はそうつぶやいた後、近くにあった戸棚を開け、2、3枚の紙の束を持ってきた。
「いまからお前がすることは並大抵の人間に出来ることではない。
しかし、お前たち一族はそれ以上の罪を犯してきた。
これはその償いでもあり、新たな人生でもある。
せいぜい、死なぬように頑張ること」
言い終えると、一番上にあった紙を手に取り私の目の前に突き出す。
「いまから教えることは誰にも言ってはいけない。
これは、いわば・・・機密事項だからな」
老婆は説明を続けた。
「人間は本来魔術を空気中から取り込み、それを四肢に集中させることで魔法を放つ。
しかし、人間それぞれに「器」があり、取り込める魔力の量は一日で限られている。
だから、おまえもものの数日で倒れるだろう。
だが・・・・。」
というと、老婆は小さく手招きをした。
私はされるがままに老婆の元へゆく。
「お前は元、王族だ。
そのことを忘れてはいけない。
名前までは言えないが、きっといつか、お前を助けに来る者が現れるだろう。
そのときまで、忍耐強くいること。
負けないこと。
屈しないこと。」
そう言い終えると、老婆は私に座るように促した。
私は元居た椅子に腰を掛ける。
「いいかい。
今のことは絶対に誰にも言ってはいけないのだぞ。」
・・・?
ではなぜ、そのようなことを言うのだろう・・・。
私は思わず口に出してしまっていたらしい。
老婆はフッと笑うと、
「なに、すべてを言うのは野暮ってものさ。
ただ、私のようにお前たちに救われた者も一定数いるということを伝えたかった、それだけの話だ。」
少しの間沈黙が流れた後、老婆は手に持っていた紙を二枚渡して、ついてくるように手招きをしてきた。
私はまたも、されるがままについていった。
---
「オクティクス」
「オクティクス」
「オクティクス」
「・・オクティクス」
いったい今日は何百人を治癒しただろうか。
中には何回も来た人もいた。
そうか。
兵士もみな、ボロボロなのか。
みな、つらい思いをしながらも、必死にこの戦場に立っているのか。
---いや、もう他人のことを考えるのはやめにしよう。
どれだけ考えたとしてもどうなることでもない。
刹那、周囲に怒号が響く。
「総員、撤退!!!!」
まずい。殺される。
私は治療そっちのけで、立ち上がりながらそばに置いていた携帯用の小さな杖、支給された水筒を肩にかけ、必死に先頭の方へとついていった。
「ハァ、ハァ・・・」
冷たい空気が、治癒魔術で疲れ切った体に染み込んでいく。
この軍隊に入ったときにもらったかぶりでは寒い・・・。
だめだ。
まだ少ししか走っていないのにもう走りたくない。
体力もないし、なにより筋肉が痛い。
手が、足が。
本当に辛い。
でも、ついていかなければ食べるものもなければ安全に生き抜く術も持っていない。
必死に走っていたが、ついに自分の中の何かがこと切れた。
耳に激痛が走った後、叫ぶ間もなく私は全身から力が抜けた。