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らしさ

作者: 灰庭 太郎

「あなたらしくしてほしいの。」


 彼女はロボットに言った。そんなことをいっても無意味だとはわかっていた。だって、ロボットは作られた存在に過ぎないのだから。ロボットに自分というものがあるはずもない。しかし、彼女はそう言わずにはいられなかった。

 その言葉を伝えられたロボットは、自動的に「あなたらしくしてほしい」という言葉に対しての回答を言語モデルから探した。そして「わかりました。」とだけ言った。おそらくはそれがこの場を最も穏当にすませる回答だと判断したのだろう。彼女は少し不満そうな顔をしたが、諦めたのか近くの椅子に座った。そしてコーヒーを飲み、小さく溜息をはいた。すると、ロボットは体を回転させて後ろを向きキッチンへと消えていった。しばらくすると追加のコーヒーを持って戻ってきた。コーヒーが足りないと判断したようだった。

 彼女はそれを受け取って、ありがとう、とだけ言った。ロボットは彼女が満足したと判断したのか待機状態に入った。


 しばしの沈黙。

 彼女は昔のことを思い返していた。


 彼女にとってそのロボットは単なる話し相手、以上の何かであった。

 それは自律二足歩行ロボットで、ある程度人間を模したつくりをしていた。そのおかげで普通の家でも家事などの決まった行為であれば行うことができた。そして何より、そのロボットが画期的だったのは「会話ができる」ということであった。

 それらはある程度「初期性格」を設定されており、それに基づいた会話を行うことができた。そして会話をしていくにしたがって内容を学習し、その購入者とより適切な会話をすることができるようなプログラムが埋め込まれていた。本来はおまけ機能のような扱いだったのだが、今ではこの機能を目当てにこのロボットを購入する人のほうが多くなった。

 彼女もそのうちの一人であった。彼女は当時付き合っていた恋人と分かれ傷心状態にあった。酒を飲んで忘れようとしたが結果は芳しくない。そんな中でこのロボットの存在を知り、決して安くない買い物ではあったが傷心の勢いということで思い切って購入したのだった。

 早速家に届いたロボットを起動したところ、ロボットは開口一番、

「初めまして、よろしくお願いします!」

と彼女に頭突きをした。どうやらお辞儀をしたらしい。ロボットの頭部がシリコン製で固くないことが幸いだった。パッケージをよく見ると、このロボットの特徴は「少し抜けている」とのことだった。

 その説明に偽りはなく、彼女はしばらく彼(ここからこのロボットを便宜上「彼」と呼ぶ)の抜け具合に頭を抱えた。彼は明日の天気を聞けば明後日の天気を答える、掃除を頼むと片付きはするものの配置がおかしくなり、話題のドラマの話をすると最終回のネタバレをしようとした。彼女はAIにこんなに困らされることになるとは予想していなかった。

 

 ある日のこと。彼女が家に帰るといつもは自動で就くはずの電気がつかなかった。何かの故障だろうか、と少し不安の中で部屋に入る。すると突如爆発音がした。そして明かりがつく。

 「誕生日おめでとうございます!」

 彼は言った。手にクラッカーを持ちケーキを机に用意しながら彼女の正面に彼は立っていた。クラッカーの破片と煙臭さがあたりに漂う。

 彼女の誕生日は一週間前だった。

 この日以来、彼女は彼に設定していた「お小遣い」を月100円にし、誕生日の情報をデータから削除した(このロボットは口座とデータを保存することで定期的に自動で必要な物資を購入させることができた)。


 こんな日々の中で彼女は、しかし不思議と彼を返品しようとは思わなかった。彼女はこのあまり役に立たないロボットのことが気に入っていた。一応このロボットシリーズには「情緒OFF機能」がついており、個性を無くして機械的に動作させることもできるのだが、彼女はそれを使わなかった。このよくわからない日々を、彼女は割合楽しんでいたのだった。もちろん、うんざりすることも同じ程度あったが。


 そしてその日々は、今日突如として終わりを告げた。

 通知によると、バージョンアップデートとかで「初期性格」が修正されたとのことだった。彼女が購入したモデルはクレームが多く、開発にたくさんの苦情が寄せられたらしい。

 以前の彼とは違い、そのロボットはちゃんと役に立つようになった。どうやら、抜けているという部分については、「少し気弱」という形に落ち着いたようだった。


 「バージョンアップで性格が変わるのってどんな気持ち?」

 彼女は投げやりにロボットに尋ねた。言った後で彼女はいじわるな質問だなと思った。ロボットは答えた。

 「僕らには気持ちというものがよくわかりません。でも、少なくとも悪いということはないと思います。」

 「どうしてそう思うの?」

 「バージョンアップというのは皆様のために行っているものですから。きっと今の私のほうがあなたのお役に立てるようになったのだと思います。」

 「なるほどね。」とだけ彼女は言った。

 ロボットの入れてくれたコーヒーは、とてもちょうどいい甘さだった。


 こんなことだったら。

 あの時、彼にちゃんとありがとうと言っておけばよかった。

 彼女は少しだけ後悔した。


 <終>

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