辺境の村
人が住む土地の中で一番端にある集落。それが少年キキの村だった。
精霊樹から離れているので、動物や植物が生存できる程度には魔素も薄まっている。それでも限界なのか、ここが人の住む一番端の村らしい。
魔素が濃いので作物が育つ──と期待して開拓したが、まだ濃すぎて、育ちはよくないらしい。それでも領主はここを放棄せず、唯一ここに適した植物である薬草の生産地として、領民を住まわせていた。
「それで今日は、あそこで前に見付けた芋を掘りに出かけたんだ」
そんな話をしながら歩いているうちに、村に着いた。
魔素が薄まっているとはいえ、よそより濃い。なので周辺に出る魔物も強い個体が多い。そのため、魔の森のように村は高い壁で囲まれていた。
門番は最初僕達を見てギョッとしたようだが、チビの背中の上で手を振るキキを見て、門を開けてくれた。
中に入ると、村人と兵士がまずは取り囲んで来た。
そして中の1人が、大きな声を出す。
「キキ!何やってるの!」
「お母さん、ごめんなさい。すぐそばで芋を探してたけど見付からなくて、前に見付けた所があったのを思い出したから、つい。どうしても芋を持って帰りたかったから」
母親は泣いて、キキに手を伸ばして抱き下ろした。
「それで、倒れちゃってたところをこの人達に助けてもらって、ここまで送ってもらったんだよ」
全員の目が、僕と幹彦、そしてチビに集まる。
「初めまして。ミキヒコです。こっちがフミオ。それと、チビです」
「こんにちは」
「ワン!」
子供のひとりが、
「どこがチビなんだよ」
と突っ込む声が響いた。
村の中に、更に塀で囲った場所があり、そこが薬草園だと聞いた。
「へえ。薬草園かあ。珍しい薬草とかあるんだろうなあ」
興味を惹かれて言うと、キキの家まで案内してくれていた村長が柔和な目を向ける。
「まあ。なのでこうして囲っておかないと、盗っていく者がおりましてねえ」
「え、酷いですね。確かにそれじゃあ、警備も必要ですよね」
「どこにでもそういう輩はいるもんだな」
僕と幹彦は、溜め息混じりにそう言った。
しかしふと気付くと、すれ違う村人の中に、キキと同じような顔色の人が多くいるのに気付いた。それに、若い人がやたらと多く、中年以降は村長くらいしかいない。
「村長さん。この村には、魔力過多症の方が多くいるのですか」
一応声を潜めて言う。
「ああ、そうですなあ。やはり魔素の濃い辺境ですから。
成長してから出る者はそれでもまだある程度は生きられるんですが、赤ん坊のころから出ると、成長する前に死ぬことになります。
この村の赤ん坊の半分はこれで死にます。成長していくにしたがって魔力過多症の症状が出て来てさらに減り、成人はかなり少ない村になります。
私みたいに、村長や兵士は領主から数年交代で派遣されて来ているんですよ」
僕も幹彦も、返す言葉が見付からなかった。
「あの、治療法とかは」
「全く。だから昔から、魔力過多症は辺境病と言われて来たんでしょうからなあ」
村長は苦笑し、
「いやあ、私も来年までです」
と言った。
キキの両親は当然のことながら、若すぎるといっていい年だった。キキを生んだ時は、まだやっと中学生程度だったんじゃないだろうか。
父親にも魔力過多症の症状が出ており、臥せっていた。母親は元気で、薬草園で働いているという。
父親の食欲が落ちて来ており、キキがどうしても芋を探して来たかったのは、芋が父親の好物だかららしい。
どうにかできないだろうか。
「これ、どうかな」
例のキノコを差し出すと、キキは高いヤツだと手を引っ込めたが、幹彦が強引に、
「なあに、ただで採って来たんだから気にすんなって。な?一緒に食おうぜ」
と丸め込み、キッチンでキキと一緒に昼食の下ごしらえを始めている。
「血液検査をしてみないとわからないけど、肝臓に問題があるように見える。
魔素が体内に過剰に残留して、肝臓に負担がかかっているという事だろうか。だとすれば、腎臓にも負担はかかっているはずだ。
透析のようなものはどうだろう。それで血液中の魔力を取り除けたら、対処療法にはなるんじゃ。
生まれた直後からというのは、母体内で、母親から栄養と一緒に魔力も過剰に受け取った結果だろうな。あとは、体質か。
遺伝子も調べられたら、魔素を排出しやすい遺伝子とか、しにくい遺伝子とか見付かりそうなものなのに。
どう思う、チビ」
するとチビは僕の腕をひとなめして言った。
「フミオの気持ちはよくわかる。
詳しい事はわからないが、要するに体から魔素を抜いてみるというのは試した事が過去にもあった。でも結果は、それは不可能だったらしい。ポーションも治癒魔術も、却って悪化するだけだ。何しろ、それはより魔力を体内に入れるという事だからな。
唯一の方法は、この世界がほかの世界とつながって魔力を流し、分ける事。それだけだ」
そうして地球とつながったわけか。
「じゃあ、これからは発生率は下がるのか」
「そのはずだな」
「今は、間に合わないのか?」
「……そこまではわからないな。魔素の譲渡が済んで世界が離れる日が来るのは確かだが、数か月なのか数年なのか数百年なのか不明だ。
まあ、地球はこれまで魔素のなかった世界だ。魔素の流入は急速ではあるだろうな」
「そうか」
僕は洗った野菜をまとめて持って、楽しそうに準備を進めているキキと幹彦のいるキッチンに入った。
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