故人との語らい
室内に線香の煙が充満する中、ピシャンと雷が発生して真ん中に落ち、チビはウオオンと鳴いて、伏せた。
「──!!!!!」
「お久しぶりです。モニカさん、ジル君」
幹彦が言うと、チビが答える。
「久しぶりです。懐かしいわね。また黒目黒髪の日本人に会えるなんてね」
チビが喋るのは、腹話術だと皆には言ってある。
「こちらはわざわざヘイド領から来て下さった方たちですよ」
僕が言って彼らを示すと、彼らはビクンと背を伸ばした。
「え、あ、はい!」
「まさか……。本当に?私を殺そうとしたのに?どうして?」
全員の目が彼らに向き、彼らは青い顔を真っ白にして震えあがった。
「いや、それは、その」
「まさか、息子が生きていると思って?跡継ぎにならないように、殺しに来たの?死んでいたから、墓を暴くの?
だったら、許さないわよぉ。あのヘイド家を家臣の家共々末代まで祟って祟って祟り殺してやりましょうかぁ」
そこでこっそりと氷の魔術を使って、ひんやりとした空気を彼らに送る。
「ひいいい!?ご誤解、誤解です!」
「命令で、しかたなく!」
「そそそう!ご子息は亡くなっていました!間違いなく!」
「きちんと報告して、おきます!」
「しし失礼します!」
そう言って、彼らは痛みが戻ってき始めた足を引きずりながら、文字通りに逃げるように──精神的には逃げるようにだが、物理的には這うように──家を飛び出して行った。
それを見て皆で吹き出した。
「わはははは!そんな秘儀があってたまるかってんだ」
ジラールが涙が出るほど笑い出す。
「そうそう。こんな座り方、拷問以外の何ものでもないだろ」
いえ、リーダー。それはれっきとした正座という座り方なんですよ。
「足がそうとう痺れてるだろう、あれは!見たか、あの慌てぶりを!ふはははは!」
モルスさんも膝をバンバンと叩いて笑う。
「いやあ、そのなぞの経文?雰囲気あるよなあ。地獄からの呪文みたいに暗い」
サブリーダー。これは般若心経というものです。
「ま、これで母子共々死んでいると報告するだろう。何せ、祟りがあるんだから」
幹彦が言って、プッと吹き出した。
「まあ、本当にこれでいいんですね。家を乗っ取るとかしないで」
言うと、ジラールは
「恐ろしいな。
言っただろ。放っておいて欲しいだけだってよ。これで十分だぜ」
と肩を竦める。
「じゃあ、精進落としにしましょうか。
皆さん、ご協力ありがとうございました」
モルスさん達は笑い、
「このくらいどうという事も無いさ。楽しかったしの」
「ああ。ヘイド一家は気に食わない奴らだったしな」
「いやあ、よくぞ誘ってくれた」
などと言いながら椅子に座り、僕と幹彦は棚の下からと見せかけて空間収納庫や収納バッグから食べ物や飲み物を出して並べる。
「チビも名演技だったね。お疲れさん」
「ワン!」
チビは鳴いて伸びをすると、皿の前に陣取る。
日本という国の風習などとでっちあげて協力を仰いだが、風習の中身そのものも日本という国も、皆は架空のものだと思っているだろう。
風習の一部は架空だが、一部の本物についてもけちょんけちょんにされたのは、複雑だ……。
御礼かたがた、乾杯して宴会をした。
翌早朝、青い顔をしたヘイド領の騎士たちが馬を飛ばしてエリゼを出て行ったと警備隊が言っていた。
「それが揃いも揃って、夜中に教会でシスターを叩き起こしてお札と聖水を買ってったんだと。それで明るくなるのを待ちかねて飛び出して行きやがったぜ。
ヘイドで何かあったのかねえ?」
そう言って警備隊も教会のシスターたちも首を傾げていた。
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