若隠居と闘牛士(2)
外に出ると、立ち話をしている数人のグループの会話が聞こえてきた。
「やっぱりエッソが先に正闘牛士になったか。牧場主の知り合いも多いからなあ」
「腕で言えば、レオとマテオの方が上だったけどな。あいつら、探索者になったからなあ」
「ああ。あの二人が探索者にならずにあのまま闘牛士を目指してたら、一番に正闘牛士になったのはやっぱりレオだろう」
「いやいや、マテオの方が実は腕が良かったと思うぜ」
「でも、華はあるしな、レオは」
「今も二人で組んでるんだろ、ほかのやつも入れて。グロリアってチーム名だろ」
「ああ。探索者チームとして、名前も知られてるくらいだからな。上手くやってるんだろう」
「闘牛と違って、見られないからなあ」
「残念だな」
言いながら、バルの方へと歩いて行った。
「へえ。闘牛士を目指していた人で、探索者になった人もいるんだね」
「動体視力とか見切りとかは上手そうだな」
幹彦が言う。きっと頭の中では、対戦したときを想像しているに違いない。
「うむ。ダンジョンで戦い方をちょっと見てみたいものだな」
チビもそう言う。
僕は、ライバル認定しないようにと釘を刺しておいて、レストランに入った。スペインはその地域で食事に特色があるが、ここはマドリードでの名物を食べさせてくれ、フラメンコショーも行われる店だ。
まずは、世界三大生ハムに上げられているハモンセラーノ。生ハム好きな僕としては、原木を買っておきたいと思うほどの美味しさだ。どんぐりの実を食べさせて育てたということで、雑味がない。
それにクラッカーにチーズやピクルスやオリーブなどを乗せたピンチョス。
ボケロネス・エン・ビナグレといういわしのマリネ。さっぱりとして、食欲を増してくれる。
アホスープというのはニンニクのスープで、少し、太陽自由軍の皆を思い出した。
トルティージャというのはスペイン風オムレツで、ジャガイモと肉が入っているのでどっしりとしている。
コシドというのは伝統的な料理で、ひよこ豆と肉類、色々な野菜やきのこの煮込みだが、地方によって味が違う伝統的な料理らしい。どこかほっとするような味がした。
チュレータ・デ・コルデロというのは羊のあばらのことで、あばらの肉を炭火で焼いてある。これは似たようなものをエルゼでもさんざん食べているが、香ばしくて美味しい。それに、生後二ヶ月の草を食べていない子羊のみを使ったりしていると、風味もまた変わる。
あとはチュロス、揚げ菓子だ。これはおやつに時々作るので、チビたちも好きなことを知っている。
それらを食べながら、バスク地方やガリシア地方へも食事に行ってみたいと皆で言い合った。タコのガリシア風とかパエリアとか、別の地方のコシドの食べ比べなどにも興味がある。
そうして食事を楽しんでいると、ステージではギタリストと素手の男と女性舞踊手が登場し、フラメンコギターに合わせて踊り始めた。
ギターがかき鳴らされるのと同時に素手の男が手拍子を打ち始め、歌い出す。喉の奥から絞り出すような声だ。
そして女性舞踊手は、ひらりとドレスの裾を足に巻き付けるようにして、激しくかかとを打ち鳴らした。色っぽいというよりは激しいサパテアードに、圧倒される。
観客は「オレ」のかけ声と共に指笛を鳴らし、店内の空気は盛り上がって、呼吸すらも忘れそうになる。
フラメンコには人生が現れるというそうで、僕たちにはそこまで理解が及ばなかったが、情熱的で素晴らしいということだけはわかり、手が痛くなるほどの拍手を送った。
「いやあ、いい一日だったぜ」
食事とショーを堪能して店を出ると、僕たちの機嫌は上々となっていた。
「飯も美味かったし、あのダンスも凄かった」
「迫力があったでやんすね」
「フラメンコも闘牛も、何かイメージが似てるのかの」
「フラメンコは闘牛を題材にすることも多いとかいうし、そのせいかもね」
わいわいと言いながらホテルを目指す僕たちは、明日からのダンジョンへの期待も、いやが上にも増すのだった。




