若隠居とテイマー(3)
この国にはほかにもダンジョンがあり、もうひとつの方が大きいし人気もある。そしてこちらのダンジョンは、良質の水が湧く泉があるのが特徴だった。
良質な水はポーション類を作る上で欠かせないものだ。そしてこの泉の水は精霊水と同じくらい良い水で、同じ作り方でもよりよいものができあがるらしい。
党ではこの水でできたポーションのランクを採用しているので、ほかの水で作ると、もっと魔力なり原材料なりがかかって、高価になってしまう上に魔力不足になって数ができない。そこで高くとも、皆この水を使うということになっているのだそうだ。
「その水を占有しているんだから、ボロ儲けだよな」
幹彦はううむと唸った。
「所有権はないはずなのにね」
僕も、そのニコラウスとイワンに腹が立ってくる。
「なあに。ダンジョンの中の出来事は闇から闇だぞ」
チビは冗談半分の悪い笑みを浮かべ、僕たちはその泉をとりあえず見ようとダンジョンを進んでいく。
洞穴かと思えば氷の大地だったり森林だったりするし、いろんな魔物が出てきた。
「ゴブリンにヘビにネズミか。どれも食えんな」
チビががっかりしたのを隠さずに言う。
「このダンジョンは、大した大きさでもないし、そこまで強い魔物もいねえみたいだしな」
強い魔物ほど美味しいというのは、なぜかはわからないが純然たる事実だ。
「泉の水が地下水として流れて、それで育った薬草と、それを食べるトナカイがかなり美味しいらしいからね。それが目当てだから、どうにかしてトナカイを見つけたいね」
そう、僕たちがここへ来た理由はトナカイだった。美味しいと評判のトナカイを食べるために来たのだ。
「トナカイって角がやたらと立派でやんすよね」
「ああ、そうじゃの。削って薬の材料になるんじゃろ」
「婦人病と精力剤と心臓病だったかな」
僕は思い出して言ったが、幹彦が驚いたように言う。
「その病気に共通点はないだろ」
「薬ってそういうの、割とあるんだよ」
「不思議ー」
言いながら歩いている間にもいろんな魔物が襲ってくるが、次から次へと倒し、美味しいものだけは可食部分を持って帰るようにして収納していく。
そうしていると、十八階にある泉がようやく見えてきた。
短い草の生える平地で、所々にヒョロリとした木が生えているだけだ。そこに何となく道があるのだが、道をそれて少し離れたところに、直径二メートルほどの泉があった。
そしてその周囲ではたくさんのオオカミが寝そべったりウロウロと歩いたりしていて、道を歩く探索者をじっと見ている。
道をそれると、途端に襲ってくるらしい。
とりあえずは道から離れずに、泉とオオカミの群れを観察した。
「あれか。オオカミは……見えるだけでも三十頭近くいるかな」
幹彦がざっと数えて言った。
「ニコラウスとイワンって、あの二人かな」
泉から、二人の青年が水を容器に詰め替えているのが見える。そばに大きな犬がいるが、それがヴィッキーだろう。
そのうち水を汲み終えたらしい二人は、容器を入れた収納バッグを背負い、ヴィッキーを連れてこちらの方へと歩いてきた。
そこで僕たちに気付いたようで、じろりと睨むようにしながら言った。
「ここの水は勝手に汲むと罪に問われるからな」
「そうそう。管理人である俺たちがいない間にって思っても、オオカミの群れが番をしているからやめとけよ」
ヴィッキーもこちらをじろりと見上げたが、チビを見てそわそわとした。
「どうした、ヴィッキー? 子犬がどうしたってんだ?」
今は子犬の姿でいるチビに、犬はただ者ではないものを感じ取れているが、この二人は無理らしい。首を傾げながらも、些細なことと思ったらしく、背後に目をやった。
オオカミたちはその視線を受け、まず五頭が「オオオン」と鳴き、それに続いてほかのオオカミたちも鳴き声を上げた。「わかった」という返事だろうか。
それに満足そうにして、ニコラウスとイワンとヴィッキーは先へと悠々と歩いて行った。
「あの二人に間違いはなさそうだぜ」
「どうするかなあ。ここの問題だから、へたに首を突っ込まない方が良いような気もするし」
「そうだなあ。党の幹部が絡んでると、国際問題だもんなあ」
僕たちは小さくなっていく後ろ姿を見ながら小声で話し、とりあえずトナカイを探してから考えることで意見が一致した。




