若隠居と企業(2)
ここのダンジョンは、岩山にあいた洞穴を入り口にしている。そして、下へ下へと延びていく。
入り口のところにゲートがあり、探索者がたくさんいるのはほかのダンジョンとも似たような光景だが、雰囲気がどこか違っていた。
まず、人の数がやたらと多い。探索者の数も多いが、それ以外のスーツ姿の人もたくさんいた。
次に探索者だが、制服のように同じデザインの服を着たチームが何組もいる。
「へえ。チームで揃えているのか」
幹彦は言ったが、よく見ると、背中や腕などに企業名やロゴがついていた。
「あれって、スポンサーが付いているってこと?」
「もしくは、企業が雇っているチームかもしれねえな」
そんな、これから入場しようという探索者達とは反対に、出て来る探索者たちもいる。そんな彼らの中の数組に、スーツ姿の人が近寄っては何か話しかけたりしていた。
買い取り交渉だろうか。「もしこれこれを持っていたら買い取らせてください」というような。
そう考えながらゲートを通る順番待ちをしていた僕たちに、こちらをチラチラと見ていたスーツ姿の男が大股で近付いてきた。
「失礼ですが、日本の麻生史緒さんと周川幹彦さんでいらっしゃいますか。私、ゼネラルマテリアルのデイビッド・ハマーと申します」
そう言って名刺を差し出された。
反射的に幹彦がそれを受け取りながら胸ポケットに手をやる仕草をし、「あ」という顔をした。
「これはご丁寧に、恐れ入ります。申し訳ありません。名刺を切らしておりまして」
幹彦が謝って軽く頭を下げ、僕も同じようにしておいた。
本当は、僕も幹彦も、探索者になってから名刺なんて作っていない。
幹彦は瞬時に営業マンに戻ったように見えた。
「ゼネラルマテリアルさんと言えば、ダンジョン産のいろんな素材を卸している総合商社ですよね。それこそ、北米で一番のシェアを持つ」
そう言うと、デイビッドはにっこりと笑みを浮かべた。
「恐れ入ります。おかげさまで、幅広く商品を扱わせていただいております」
これは何かいいものを手に入れたら入手させてくれということだろうかと、僕は考えたし、後で聞いたら幹彦もそう考えたらしい。
「それでお二方は、企業などに属さずにこの先も続けられるおつもりなんでしょうか」
キョトンとしながらも、幹彦が代表して答えた。
「そうですね。チビたちもいるので別に困ったこともありませんし」
するとデイビッドは「ああ……」と困ったような顔をした。
「ですが、場合によっては多人数が必要になったり、有利になったりしますよね。あと、ダンジョン内でのホスピタリティ、訓練やけがをしたときの保証など、お力になれると思いますが」
僕たちは顔を見合わせ、そして、言った。
「いやあ、僕たちはただの隠居なので。隠居に見合った魔物を狩りますが、無理はしませんよ。のんびり、気ままにやっていくつもりですので」
「そうですか。まあ、一度中で弊社のチームの拠点を見学していただければと思うのですが」
「はあ、まあ、機会がありましたら」
そう言ったときに順番が回ってきたので、僕たちはダンジョンの中に逃げ込んだ。
入ったところで足を止め、振り返った。
「何かしつこそうだなあ。そういうのって苦手なんだよな」
「営業はある程度しつこく、且つあっさりしていねえとな」
幹彦が言い、口調を改める。
「でも、スカウトか。初めてだな」
「新鮮ではあったけど、企業勤めは、ちょっとね」
「しかし、企業の力が有利になる場面もあるのか」
チビが言ったとき、後ろから来た五人組のチームがそばで足を止めて言った。
「ゼネラルマテリアルにスカウトされるって凄いな。大手企業に所属できれば、確かに楽そうだけどな」
「そうそう。いい武器や防具、場合によってはテスト用の最新式のものを会社から貸与されるし、魔道具やポーションも支給されるし、なんてったって、大人数でかかれるから比較的安心だ」
「それに、ダンジョンに作った拠点で毎晩ゆっくりと寝られるし、シェフの作る食事は食べられるし、シャワーも浴びられるのよね」
「それに、数が少ないと挑みにくい相手にも簡単に挑めるしな」
彼らはメリットをあげていって頷き合ってから、言葉を継いだ。
「でも、企業によっては歩合制だったり給料制だったりするだろ。歩合制に勤めてるやつ、あんまり稼げないと金にならないって青くなってたぜ」
「あら。給料制の知り合いは、いくらがんばっても無駄だから、決められたノルマだけをこなしてるって言ってたわよ」
「それよりも、人数が多いからってデカイ面で狩り場の占拠をするのは勘弁してもらいてえ」
彼らはそう不満をぶちまけていたが、エレベーターで行くからと、そこで別れた。
「いろいろあるんだなあ」
「ああ、煩わしいことがありそうだぜ」
「うむ。とりあえず、混んでいるしさっさと美味い肉の所まで進もう」
「そうねー」
「張り切っていくでやんす」
「この辺のスライムやゴブリンは食えんからの」
それで僕たちは気を取り直し、先へと進んでいくことにした。




