若隠居と紛争危機(2)
北海道ダンジョンへ入ることそれ自体は、探索者なら難しいことではない。問題行動を取ったことでもなければ、拒否されることもない。
各国から送られてきた探索者チームは、そうして堂々と北海道ダンジョンへ入り、魔界とつながる穴がある最奥を目指してきていた。
彼らは探索者ではあるが、このために軍隊を辞めてきた、もしくは偽装退役してきた者たちだったり、情報機関などの人間だったりであることがわかっている。
つまり、排除するにしても、下手なやり方だと国を通じて抗議されることになるだろう。
かと言って、忖度して通すつもりもない。文化程度などが地球の先進諸国に劣る魔界を下に見て、植民地化するのにためらいを覚えないのは目に見えている。
魔界に多いのは魔素で大した資源など見つけていない。だがそれならそれで、魔人やオーガたちを労働力として体よく利用しようとするのは目に見えている。
もしそれを受け入れない魔人と戦いになったとしても、魔人が地上に出て来ると力が落ちるとたかをくくっているのだろうが、それでもそこらの探索者より強い。
いや、濃い魔素を生み出せるフローラがいれば、地上でも魔人は力をさほど落とさずに戦えるだろう。
そうなったら、地球の一般人はかなりの打撃を受ける。
呑王たちが出て来るだけで、北海道は文字通りの更地になるのは確実だ。
自分たちの国が痛手を被る可能性がほぼないと考えての行動ならば、余計に許しがたい。
「勝手なやつらだ」
「無理矢理そいつらの国に穴を開けて呑王を送り込んでやりやすか」
「そうじゃの、それはいいの」
「鉄砲玉ー」
呑王が、やってやるぜと言わんばかりにぼよよんぼよよんとした。
「穴を開けるなんてできるのか?」
「できても、防御する場所が増えすぎてあんまりいい手でもないよ」
少し顔を強ばらせていた支部長と神谷さんに、安心しろというようにそう言って笑ってみせる。
「呑王を転移装置で送り込む方がいいよ」
神谷さんが頭を抱えた。
「戦争をする気ですか。冗談はさておいて、抗議は政府がします」
「魔界のことと一部の国が均衡を破ろうとしていることをリークするのはどうでしょう」
サチャが真面目に考えながら言った。
「いろんな団体が押し寄せる可能性がありますね」
「いっそ完全国有の許可制ダンジョンにしてしまえばいいんじゃないですか」
「いや、グルメ目当ての探索者が怒り狂うでしょう」
支部長が言って、想像したのか胃の辺りを押さえた。
「とにかく、魔素が濃すぎて入れないこと、濃い魔素があるだけで有用な資源などはないこと、もし無理矢理踏み込めば地球人よりも遥かに強い魔界の住人と全面戦争になって地球が滅亡する可能性が高いこと、これを政府は繰り返し説明します」
神谷さんはそう言って、どこかからの連絡を受けた。
「連絡が入りました。成田からまた元軍人ばかりのチームが入国して、北海道行きの飛行機に乗り換えたそうです」
そこで支部長も報告する。
「入場していた外国籍探索者チームは、一番先行しているチームが穴まであと二日ほどの位置まで到達したようです。続くチームも、一週間もかからないで到達するとの見通しです」
「やっぱり、『魔界への侵入は不可能』と報告してもらうようにしたいですね」
神谷さんは言いながら、メガネのレンズを拭きだした。そうして何度も何度も拭いて、メガネをかけてから言った。
「多少のことは政府でもみ消します。予算が必要なら、機密費を出してもらいます。なので、完膚なきまでにやってください」
皆がどこか呆然とした中、チビが感動したように言った。
「お主、漢だな。これがにっぽんだんじというやつか。うむ。気にいったぞ。今日は焼き肉をしてとっておきの肉とタレをわけてやろう」
「ありがとうございます」
神谷さんは思いのほか嬉しそうに、チビの前足を握って握手していた。
「さあて、神谷さんのお墨付きももらったし、全力でいきますか」
「そうだな。やってやるぜ」
僕たちは、にんまりと笑った。




