若隠居と紛争危機(1)
丼を空にして、満足の溜め息をついた。
「ああ、美味しかった。海鮮丼、刺身の種類が豊富だし、大きいし、新鮮だったし」
「鮭とイクラの親子丼、鮭もイクラも山盛り乗ってたしな。大満足だぜ」
「ザンギも気に入ったぞ。美味いし大きかった」
「海鮮スープカレーもいいのう」
「うに、甘かったでやんすよ」
「エビがぷりっぷりー」
そう、僕たちは今、北海道にいた。
アフリカ大陸を北上していくつもりだったのだが、日本の神谷さんから電話が入り、急遽帰国することとなったのだ。
それというのも、北海道ダンジョンを巡って問題が起こりつつあるというのだ。
地球とつながった魔界というところがあるとわかり、唯一のつながりが北海道ダンジョンで、魔界の戦いの結果次第で地球が滅ぶかもしれないと緊急連絡を各国に回したのは数ヶ月前だ。
その頃は、地球とつながっている魔界の種族は最弱種族で、命運を共にしなければいけないというなら、何とかして被害を北海道だけで納められないか、それがあるのは日本なのだから日本がなんとかしろ、とどの国も言っていた。
しかし、大魔王戦が終了し、地球が滅ぶ心配がなくなったとわかれば、日本だけが魔界とつながって資源の独占をできる可能性があるのはおかしいと言いだし始めたらしい。
勝手な話だ。しかし本気でそう主張して、今回のサミットでも議題に取り上げられるそうだ。
それだけなら政治家がどうにかしろと言うだけだが、そうもいかない。
サミットが開催されるのは四国で、そちらに全国の警察官が警備の応援に駆り出されているのを狙ったのか、北海道ダンジョンを他国の探索者が狙っているらしいという情報が入ったそうだ。実力でダンジョンを占拠しようという物騒なものから、魔界へと行き着いて魔界を植民地化しようという計画まであると、その筋が掴んだらしい。
日本政府としてもそれは阻止したいが、魔界側にとっても迷惑でしかない。
日本政府はアイナたちにそのことを知らせると共に、僕たちに戻って来てくれと電話してきた。同時にアイナたちからも同じ電話がきた。
それで僕たちは急遽帰国することとなり、空港を出て少し車を走らせたところで昼ご飯を食べていたところだった。
「いやあ、美味しかった。帰りもこの店に寄るか」
そんなことを言いながら車に乗り込み、北海道ダンジョンへと向かう。
そうしてダンジョン協会北海道支部に着くと、会議のためにすぐにアイナたちのために用意されている小部屋へと通された。
来ていた神谷さんと支部長のほか、フローラ、虚王たち五王、キルバス、サチャ、ソウドが集められ、
「久しぶり」
「これ、お土産」
などという挨拶が済むとすぐに本題へと入る。
「──というわけで、魔界絡みの利権を狙って、各国が動き始めています」
支部長がそうひと通りの説明をして、お茶で唇を湿らせた。
「既に外国籍の探索者が北海道入りをしていると関係部署から報告が入っていますし、数組はこのダンジョンに入場しました。まだ例のフロアまで到達はしないでしょうが、近日中に到達する見込みです」
それを聞いていた皆は、大きく息をついた。
「利権ねえ。鉱脈とかそんなものはないけどねえ」
凪王ことオーリスが肩を竦めて皮肉っぽく言う横で、アイナはガタガタと震えていた。
「地球人はひょっとして皆フミオやミキヒコみたいなやつらなのか。だったら、かないっこない……」
「こんな悪魔みたいなの、そうそういないでしょう。ねえ」
虚王はなんだか失礼なことを言っているが、にこにこしているせいか、そんなふうに聞こえない。
「魔界に来て荒らされるのはごめんだぜ」
ソウドはけんか腰に言う。
「ああ。植民地化したいなら大魔王戦だな。魔界と侵略者との、な」
烈王は好戦的に笑って言い、呑王は賛成とばかりにぼよよんと体を震わせた。
「でも、そもそも魔界に来られるのか、そいつらは」
フローラが言って、全員、我に返った。
「魔界の魔素は濃いからな。神獣のチビたちはともかく、そこに適応できたフミオとミキヒコが特異な存在であって、そうそう適応できるものではないだろう」
フローラの言うことはもっともだ。
「そうだよね。じゃあ、そんなに心配しなくても大丈夫かな」
「とは言え、通路の入り口に居座られたりダンジョンそのものを占拠されたらたまったもんじゃねえ」
僕と幹彦が言うと、チビたちが憤慨したように言う。
「うむ。ここの美味しい魔物を、そんなやつらに独り占めさせる気はないぞ」
「そうよー。追い返すー」
「これは、負けられないでやんすね」
「仁義なき大抗争じゃの」
チビたちは本気で怒っている。
「支部長、心配はいらん。我らに任せろ」
「船ー、船ー、何船だったかなー。そうだった。宝船に乗った気でいてー」
宝船とはそれはまた豪勢だな。
でも、言いたいことは伝わった。
「お願いしますね」
支部長が頭を下げ、作戦の相談を始めた。




