若隠居と大統領(6)
まずはガン助が岩を吐いてぶつけた。しかし体に当たると、分厚いゴムにぶつけたかのように力なく落下する。
「うわ、かなり丈夫そうな表皮でやんす」
「じゃあ、丸焼きー」
止める間もなくピーコが飛んで行って業火を浴びせた。しかし火に耐性でもあるのか、水膨れひとつ付かない。
「では次のチャレンジだな」
チビが飛ぶように接近して行き、爪の斬撃を浴びせようとする。
しかしゾウの魔物はそれを嫌ったのか、尾を勢いよく振ってチビを跳ね飛ばそうとした。
チビはそれを避けたが、尾は固い地面に当たって地面を砕いて穴を開けた。
「凄い威力だな。当たったら骨折で済めばいいけど、内臓破裂とかになりそうだよ」
「やべえな」
言いながら、幹彦が飛剣を飛ばす。これはゾウの魔物の耳を浅く傷つけ、ゾウの魔物は耳が痛くなるほどの大きさの咆哮を上げ、鼻と尾を振り回しながら突進してきた。
「怒ってる、怒ってる」
言いながら目の前に魔術の盾を出す。
背後で高みの見物を決め込んでいた探索者たちが悲鳴を上げる中、ジブシソ、タボ、シポ、イノセントが加勢しようというのか走ってくる。
「何か手伝いを!」
「ああ……じゃあ、あれが暴れたときに岩とかが後ろに飛ばないようにしてくれますか」
それを頼んだ直後、ゾウの魔物は盾にぶつかり、地響きにフロア中が揺れた。
「怪力じゃの。しかし、これには敵わんじゃろう」
じいが水筒の水をゾウの魔物の鼻の先と口元にまとわせる。水死作戦だ。
「よし。所詮は陸上の肺呼吸する生き物」
僕は勝利を確信した。
が、ゾウとゾウの魔物は別物だった。尾の先が裂けるようにして割れ、そこに大きな口が現れたのだ。
「口裂けゾウ!?」
「都市伝説か!」
幹彦とチビの声が重なった。
「だったらこれでどうかな」
体全体を結界で覆い、中の酸素を抜いていく。
ゾウの魔物は暴れていたが、徐々に動きが鈍くなっていき、やがて痙攣してから動かなくなった。
その辺で慌てたように背後からゾウの魔物に向けて魔術攻撃が飛んだが、シポの盾に阻まれて結界までも届かなかった。
「あれは、結界で覆ったんだろう?」
ジブシソがそう訊くので、答える。
「そうです。それで結界内の酸素を抜いたんですよ」
「もう死んだみたいだぞ」
チビが近寄って様子を伺い、そう言うので、結界を解いた。するとゾウの魔物はそのまま巨体をゆっくりと倒していく。
ズシンという音と地響きがしてゾウの魔物が倒れ込むと、僕たちはうきうきとその死体を取り囲んだ。
「食べられるのか、フミオ?」
「どうだろう。まあ、一応収納しておく?」
「そうだな。牙とかを狙われそうだし、解体して収納しておくのがいいんじゃねえか」
確かに。自力で解体するのは時間もかかるし、その間に牙などをかすめ取ろうとする輩が出てきそうだ。
「うん。そうしよう」
僕はゾウの魔物の死体を解体し、そのまま収納バッグに入れたと見せかけて空間収納庫にしまい込んだ。
空間収納庫を持っているという話はまだ聞いたことがないし、トラブルの元になりそうなので秘密にしておくという方針は変わらない。例えば危険物を預けなければいけない場面があるが、バッグなどを預けても空間収納庫にまだ入っているのではと疑われるのは目に見えている。
そうして収納し終えると、背後の探索者たちがざわめき始めた。
いや、一部が騒ぎ始めた。リーダーに立候補したやつだ。
「おかしいだろ!? 象牙だけで数億だぞ!」
それに、幹彦が耳をほじりながら呆れたように言い返す。
「おやあ? 手助けなしで片づけたら俺たちのものってあんたが言ったよな?」
「ちゃんと魔術攻撃をしてやっただろ!」
「ええ? 届いてなかったじゃねえか」
それを聞いていたほかの探索者たちの数人がそれに同意するような声を上げ、男は悔しそうに顔を歪めた。
「あ、肉を食べてみたかったんですか? 肉なら今晩にでも焼いてみようかと思うので、お分けしましょうか。たくさんありそうだし」
僕はそう親切に提案してみたのだが、男は顔を真っ赤にして怒った。
「いらん! 今日はここに泊まるぞ!」
くるりと背を向けて足音も高く歩いて行き、仲間と荷物を置いて野営の準備を始めた。
「食べてみたいのではないのか」
「てっきり、肉の味に興味があるのかと思ったんだがの」
チビとじいがそう言って首を傾げ、幹彦は笑いをこらえるように肩を震わせた。
「まあ、今日は僕たちもここに泊まることになるね。さっきのゾウの試食といこうか」
そう言うと、チビたちは尻尾を振って周囲を跳ね回った。
「早くテントを張るのだ、ミキヒコ。そして、フミオは料理だ!」
「ステーキー」
「固そうならハンバーグはどうでやんすか」
「そうじゃの。薄くスライスしてしゃぶしゃぶもいいのではないかの」
「煮込みもいけるかもしれんな。赤ワイン煮とかでみぐらすそーす煮とか」
「お、いいな。だったら、燻製とかもやってみねえか」
「いいね。クジラに似てるのなら竜田揚げとかもいいよね」
わいわいと言い合いながら、空いた場所で野営の準備を始める。
ほかの探索者たちも今日はここに泊まるらしい。ダンジョン内で野営するなら安全地帯に限るが、今日はもう遅い。この先の安全地帯になるフロアまで進んでそこのボスを倒せる保証もない以上、ここに泊まるのがベストな選択だ。
ジブシソ達もすぐ隣で休むことにして、テントを立て始める。
これがエルゼやラドライエ大陸なら、野営でテントを張るか張らないかは半々くらいだろうが、地球では大半がテントを張る。
もちろん安全地帯だからであって、そうでないなら、テントも寝袋も、襲撃されたときに行動が遅れるので使うことはない。しかし安全地帯なら魔物に襲撃されることはないので、持ち運びができるのであればテントを持参するのが普通だ。
そうして、ゾウの魔物の肉を、いろいろな料理にしてみてジブシソたちと一緒に試食してみた。
「……硬いな」
「まあ、噛んでいると味が出てくるような気も……」
「華切りカットにして焼肉が一番食べやすいかな」
「でも、このヒレ肉は柔らかいですね」
「鼻も柔らかいぜ。ホルモンみたいで」
「おお。こっちは煮込みがいいな」
わいわいと言い合いながら食べ、テントの周囲に「守るんです」を仕掛けてからぐっすりと寝た。




