若隠居と絶品中華(5)
見るからに、「闇金」とか「裏稼業」という感じの男たち六人と、悄然とした若い男だ。
「兄さん!?」
ウエイトレスが悲鳴のような声を上げると、肩を落としていた男は気まずげに顔を背けた。
「どうした」
厨房からオーナーシェフと奥さんらしい人が出てきて、何事かと入って来た一団を見る。
「おう、邪魔するぜ」
「邪魔だとわかっているなら帰れ。営業中だ」
オーナーが言うが、男たちは気にするそぶりもなくせせら笑って、ここの息子らしい男をオーナーの方に小突いた。
「そう邪険にしないで欲しいな」
「黙れ。この店は売らんと言っただろう。何度来ても無駄だ。帰ってくれ」
オーナーが言い、奥さんとウエイトレスは小突かれた男の手を素早く掴んで男たちから引き離した。
「いやあ、ねえ。おたくのお坊ちゃんとちょっとゲームをしていたら、ヒートアップしちまってね。負けた分の金を払ってもらわないと、うちの兄貴に俺たちが叱られちまうんでね」
オーナーと奥さんとウエイトレスは同時にここの息子だという男を見、男は下を向いた。
「はあ。いくらだ」
「一億ドル」
「はあ!?」
オーナーだけでなく、それを聞いていた常連客までもが訊き返した。
息子だという男はキッと男たちを睨み付け、怒鳴る。
「こいつらに騙されたんだ! 一億なんて! 普通に一ドルだっただろう!?」
それに男たちはせせら嗤って言う。
「ちゃんとサインもしてあるだろう」
そう言って紙を取り出し、わざわざ客の皆にも見せるようにした。
確かに、サンゴと一億ドルと書かれ、そこにサインもしてあった。
「でもこれ、数字の部分がやけに狭くてゼロが小さいな」
幹彦が言うのに、息子は勢い込んで言う。
「サインする前は一ドルだったんだよ!」
ピンときた。
「写しはもらったんですか」
「は?」
「複写ですよ。後から書き足せないように、複写の用紙で書いてもらっておかないと」
息子はガーンという顔付きをし、男たちは陽気に嗤った。
「言いがかりだな、おい。書き足したなんて証拠はあるのか。ああ?」
悔しそうにオーナー一家が唇を噛む。
「だから、一億ドルを払ってもらうぜ。なければこの店でももらおうか」
そう言って店内を見回し、余裕のある笑顔を浮かべると、
「まあ今すぐと言うほど鬼じゃねえ。三日後に受け取りに来るからよ」
と言い、店を出て行った。
それを力なく見送ったオーナー一家だったが、彼らが出て行くとすぐ、奥さんが息子の頭を平手で叩いた。
「この、バカ息子が!」
間髪入れず、ウエイトレスが平手で頬を張る。
「バカお兄ちゃん!」
とどめはオーナーが、頬を握り拳で殴った。
「ろくでもないことをしやがって、このドラ息子め!」
息子は床の上に倒れ込んで泣き出した。
常連客は、
「大変なことになったなあ」
「俺たちで力になれることがあったら力になるけどよ……」
「まあ、何とか、な」
などと慰めながら、お勘定をすませてそそくさと出て行った。
そこで息子と奥さんが号泣し始め、オーナーは肩を落とし、ウエイトレスは肩を震わせて顔を覆っていた。
「つまらないサギに引っかかったようじゃの」
じいのセリフが辛辣だが、その通りだ。
「で、そのゲームとやらはまともなゲームだったのか。どういうゲームだ。カードとかか」
幹彦が訊くと、息子はしゃくり上げてながらも答えた。
「カップとナッツだよ」
わからずに僕たちは首を傾げたが、オーナー一家は目を吊り上げた。
「あんなのに引っかかったのか、お前は!?」
「だって、誰だって気軽に友達とするだろ。ジュースとかをかけて、軽く。そのつもりでいつも通りにやったんだよ」
息子はふてくされたようにそっぽを向き、妹だというウエイトレスが説明のためにお茶を飲む陶器のカップを三つテーブルに持ってきた。
その内のひとつにピーナッツを入れ、全てのカップを伏せる。そうしてカップと僕たちの間に入って素早くカップの位置をぐるぐると入れ替えるのだが、体の向こうで行うので目で追うこともできない。
やがて手が止まり、ウエイトレスがカップの向こう側へ戻ってカップが目の前に並んでいるのが見えるようになった。
「さあ、どこにナッツはあるでしょう」
言われて僕たちはカップを見た。普通に考えればただの確率問題に思える。
「これ」
僕たちは各々言いながら、カップを指した。
彼女は順番にカップを返して中身を見せる。
「ふふん」
当たったチビが得意げに尻尾を振った。
「今は普通にやったんだけど、いかさまをする人は、ナッツを入れずにおいて、ハズレでしたって言うの。丁寧な場合は、それで別のカップに入っていたように、ほかのカップをひっくり返すときにそっと放り込むのよ」
「まあ、他愛もない初歩的な手品だな」
幹彦が言った。
「この辺の子供はよくこれをして遊ぶんですよ、お菓子とかジュースとかをかけて。その程度ならいちいちサインはしないけど、高額の物だとサインを交わすわね」
ジャンケンの代わり程度のものだろうか。
「はあ。バカが」
オーナーが言って、息子はがっくりと下を向いた。




