若隠居と洋上のミステリー(3)
食事は毎回色々なレストランに入って食事し、それ以外には映画を見たり散歩したり、夜はマジックショーを見たりして楽しむ。
「まじっくというのは凄いな! 魔術ではないのだろう? どうやって物を消したり移動させたりするのだ?」
チビたちの食いつきは凄く、目を輝かせ、一番前のテーブル席から身を乗り出して舞台に夢中になっている。
その姿は周囲の観客の目にも微笑ましく映っていたらしいが、舞台のマジシャンにも微笑ましく映ったらしい。
「では次はワンちゃんに手伝ってもらいましょう」
呼ばれてチビは舞台に立つと、マジシャンは裏返したトランプのカードを広げてチビに見せた。
「どのカードか、一枚選んでくれるかな」
「ワン!」
チビは一声鳴いて前足を一枚のカードの上に置く。
「はい、これですね」
言って、マジシャンはそのカードを観客にだけ見えるように大きく掲げた。
「この数字とマークを覚えてくださいね」
言い、それをほかのカードに重ねて、シャッフルする。
チビは尻尾をピンと立てて、その様子をじっと見ている。
と、マジシャンはチビに向かって言った。
「好きな数字を──と言っても、たぶん一だろうね」
観客がその冗談に笑う。
「ではそこのお嬢さん。好きな数字を言ってください」
同じく前列のテーブルに着いていた観客を指名し、その子供がはきはきと答えた。
「七!」
「ありがとう。
では、いきます。一、二、三、四、五、六」
言いながらカードを上から一枚ずつよけていく。
「七」
七枚目を観客に見せた。
チビが選んだ、ハートの六だ。
観客のどよめきと拍手が沸き起こった。
七と答えた女の子にはどこからともなく取り出された一輪の赤い造花のバラの花を渡され、チビも同じように取り出された造花のバラの花を一本くわえさせてもらって戻って来た。
比較的初歩的なカードマジックではあるし、仕掛けも知ってはいるが、鮮やかでそれを悟らせない。造花のバラの花も同様だ。さすがはプロのマジシャンだ。
尻尾を振りながら座席に戻るチビを観客は温かい目で追い、チビは戻って来るとバラを僕に渡して、潜めながらも興奮した声で話した。
「凄いぞ、フミオ。あやつ、魔術もつかわず魔術みたいなことをしたぞ。もしや空間収納庫持ちか」
「それは違うはずだよ。凄かったね」
頭を撫でてやると、ピーコたちも潜めた声で騒ぐ。
「チビ、かっこよかったでやんす」
「拍手ー」
「うむ。堂々としておって見事じゃったの」
僕と幹彦は笑いそうになるのをこらえ、
「ほら、次が始まるぞ」
とチビたちの興奮を収めたのだった。
そうしてどんどんと高度になっていくマジックを鑑賞し、僕たちは劇場を後にすることになった。
そんな時、その声が聞こえた。
「あれ。ここに置いてたクッキーの箱がなくなった」
「ゴミと間違われて捨てられたんじゃないの」
「入ってたし、そもそも誰も通らなかったじゃないの」
「それもそうね。じゃあどうして?」
僕たちは何となく顔を見合わせ、
「この前もそんな話を聞いたよな」
と言った。




