若隠居、新たなる扉(2)
薄暗い洞窟の中に置かれた四つの棺桶からは、うめき声が聞こえる。
ややホラーのように見えなくもない。
隔離部屋には棺桶が四つ並び、ダンテル、エリアス、カリス、ユリアがその中に入って、薬の副反応と戦っている最中だ。
なるべく落ち着くような寝床がいいと言ったら、全員が「愛用の棺桶」を持ってきたのだ。
各々材質や色や艶など、こだわりのポイントがあるそうだ。流石、吸血鬼。
「はい、ちょっと水を飲みましょうか」
そう言って定期的に、増血剤を混ぜた水を与えている。
最初は皆、水など味もそっけもないという顔付きだったが、熱のせいか、冷たいものが喉を通ることがいいのか、ごくごくと飲むようになった。
「体内で薬がちゃんと反応している証拠ですからね。大丈夫ですよ」
言って、再び棺桶に大人しく寝かせる。
初めは苦しさや錯乱から暴れることを恐れ、ひとりずつにした方がいいのかとも思ったが、ここならいざとなれば魔術でどうとでもなるし、じいが睡眠ガスを出すこともできると思って四人一緒に施療を始めた。隔離室に皆で入ることもなく、こうして様子を見ることもしている。
各々熱にうなされ、頭や関節が痛いはずだが、ほとんど弱音は口にしない。
そうして隔離部屋から転移で出ると、幹彦が言った。
「弱音を吐かねえのは流石の根性だぜ」
「うん。吸血鬼としての力が強いと、熱も高くなるようだね。ダンテルとトップの幹部だから、一番苦しいんじゃないかな」
小窓から中を覗きながら言う。
「町の様子はどうだ」
チビが訊くと、ピーコが答えた。
「落ち着いてたー。吸血鬼も人間も、変わりなかったみたいー」
「熱が下がるまで、このままいけばいいのじゃがの」
「そうでやんすね。
まあ、ここに誰かが来ても、見つけられないと思うでやんすよ」
「でも、うめき声が聞こえるかもしれんぞ」
そこで皆、想像した。
「悪魔が近付いてきているとか思われたりしないかな」
言うと、幹彦が低い声で続けた。
「いや、それよりも、心霊スポットにされるんじゃねえか」
姿が見えないのに洞窟のどこかから聞こえてくるうめき声かあ。
「誰か来ないかな」
「やめろ、史緒」
近くでダンテルたちを見守りながら、時間を過ごした。
そうこうしているうちに、五日目になった。
熱も下がり、顔色も良くなった。最初は何の感想もなかった水も、美味しく感じられるようになったそうだ。
「入浴でもしてさっぱりしたいでしょう」
そう言うと、ダンテルやエリアス、カリスも汗で濡れたシャツや髪を鬱陶しそうに見下ろしたが、ユリアが金切り声を上げた。
「そうよ、もちろんよ! ああ、髪がベタベタだし、汗臭くて嫌だわ。ダンテル様のお側にいるのに恥ずかしい!」
「気にするなよ。どうせ全員そうなんだし、ダンテルも同じだからわからねえって」
幹彦が言うと、ユリアはキッと幹彦を睨んだ。
「デリカシーのない男は嫌われるわよ」
「……すみません」
「え、ええっと、お風呂を沸かしておいたから、着替えを持ってどうぞ。
ユリアはこっちに」
小部屋に岩風呂を出し、四分の一辺りに岩を積んで仕切りにして、魔術で風呂に水を入れて、それを温めたものを用意しておいた。
それを見たダンテルたちは目を見開き、そして、眉を寄せた。
「こんなもの無かったはずだが……」
「それに、どうやってこんなところまでこんなに湯を?」
しかし、それらの疑問を遮ったのはユリアだった。
「どうでもいいから入りましょうよ、もう!」
ダンテルたちも異存はないらしく、そそくさと岩風呂に体を沈めた。
ダンテルと一緒になど恐れ多いとかエリアスとカリスが言ったが、ダンテルの鶴の一声で一緒に入浴した。
気持ち良さそうな、
「ああ~」
「ふう~」
という声が聞こえてくる。
「気持ちはわかるぞ」
チビはうんうんと頷く。
「ま、ゆっくりと汗を流せばいいさ」
岩の向こうから、
「このシャンプー、良い匂い!」
「最近はこんなにいい石けんが出回っているのか」
などという声が聞こえてくるのを、安堵と共に僕たちは聞いていた。




