若隠居、新たなる扉(1)
家で朝食を摂った後、僕たちはアルゲルラルドへ転移すると、まずは太陽自由軍に顔を出した。
太陽自由軍のロウメーン屋では、喧噪が待っていた。
「手首だよ、手首」
マリアがそう指導するのは、ジラルドだ。妹のラミアナはにこにこと嬉しそうにしながらそれを見ていたが、僕たちに気付いて声を上げた。
「お帰りなさい」
「ただいま。
ジラルド、麺打ちの修行が始まったのか」
幹彦が訊くと、嬉しそうに答えた。
「はい! やっとひとつ進みました! お弟子さんが増えるそうなので」
ああ、ところてん方式というやつね。
その新しい弟子である元吸血鬼三名は、大人しく野菜を洗ったり刻んだり肉をミンチにしたりしている。ニンニクが苦手なのはそのままらしく、ニンニクは触っていない。
この三人は最近吸血鬼に噛まれてなったばかりで、真っ先に薬を使いたいと立候補した気の良い同じ村出身者らしい。
「へえ。ジラルドもこれで兄弟子なんだね」
そう言うと、ジラルドはニヤリと嬉しそうに顔を上げて笑い、マリアに、
「よそ見するんじゃないよ」
と小言をもらっていた。
「お兄ちゃんと村に帰って、ロウメーン店を開くのが夢です。太陽二号店」
ラミアナはにこにことして言い、こちらもにこにことしてしまう。
「へえ。それはいいね」
「じゃあ、頑張って色々と覚えないとな」
「スープに変化をつけるのもいいぞ」
チビがすかさずそう提案し、ラミアナとチビたちは相談し始める。楽しそうで何よりだ。
ふぁんとむとノーマローマは教会の本部へもうひとつの薬の製造機とある程度の薬を持って帰る教会の職員の護衛として、一旦帰るらしい。
「行ってくる」
「面倒なんだけどなあ。偉い人もいるんじゃ、絶対に肩が凝るじゃない、もう」
「素早く歩けばいい。ついて来なければ置いていくって」
「そうね。そうしましょ」
二人はそんなことを真面目くさった顔で言い、手を振って出て行った。
「マイペースだな」
「うん。まあ腕が立つから、上司も何か言い難いんだろうね」
僕と幹彦は苦笑しながら二人を見送り、こちらも準備にかかることにした。
森で動物を狩り、夕方になって例の穴へと行く。
しばらくすると遠くから鐘の音が聞こえ、やがて、待ち合わせの相手が現れた。ダンテル、エリアス、カリス、ユリアだ。
毛布や敷布団になるものを持ってきて欲しいとは言ったが。
「棺桶を持参してくるとは……」
「いや、確かに間違いじゃないよ。だって、もう長いことあれで寝てるんだろうから」
「確かにそうだな」
重厚感のある立派な棺桶を各々が軽々と担いだり片手で抱えたりして歩いてきた。流石は怪力だ。
「この奥だぜ」
ダンテルたちに勧めたのはこの穴の奥だ。エリオ一家をここに隔離している間も、誰も来なかった。ここに来たのは、ダンテルとエリアスだけだ。
「ここは昔悪魔が出てきたという穴だろう。封印して、ただでさえ誰も近寄らなかったのに、近くの村も廃村になって余計に誰も近寄らない場所にはなっているな」
カリスはふむふむと頷く。
「しかし、いいのか。ここはお前たちのねぐらだろう」
ダンテルは、僕たちがここに住んでいると思っているようだ。
「気にするな。ここは別邸みたいなものだ」
チビがそう言い、先に立って穴の中へと入っていく。
「くれぐれも、ここのこと、ここで見たこと、あったこと、秘密にしてくれよな」
幹彦が念を押すと、ダンテルは真面目な顔で頷いた。
「もちろんだ。誓おう」
言いながら僕たちは奥へ奥へと歩いて行き、最奥に辿り着いた。
「お宝でもあるのかと思ったのに」
ユリアはそう言って辺りを見回した。いくら見ても、岩しかない。
「まあまあ。
ベッド? はどこに置きますか」
そう訊くと、彼らは穴の奥に棺桶を並べ──多少、誰がダンテルの隣かとかで牽制しあっていた──、その中に入った。
「では、薬を注射しますね」
そう言って、ひとりずつ注射してまわる。飲むよりも早いし、効きもいい。
「今のところは何ともないな」
カリスが言うのに、幹彦が苦笑した。
「流石にすぐじゃねえよ」
僕はダンテルたちの顔色を一通り見てから言った。
「これから段々と熱が上がってきます。五日間ほど続くことになり、その間、節々が痛かったり頭が痛かったりするかもしれません。あんまり辛ければ言ってください。
質問はありますか」
ダンテルたちは首を横に振った。
「では、楽な姿勢で横になってください」
そう言うと、各々棺桶の中で横になる。
寝返りも打ちにくそうに見えるし、これで安眠できるのだろうかと思うが、彼らは長い年月これで過ごしてきたから、これでないと落ち着かないのかもしれないな。
待てよ。人間に戻っても棺桶ベッドを愛用とかしないのかな。
そんなことを考えている間に、ダンテルたちは眠り始めたらしい。
ガン助が岩を吐いてこの区画を小部屋にし、エリオを隔離していたときのようにした。
それでダンテルたちは驚いたように身を起こそうとしたが、僕たちがそこにおり、生き埋めにされたわけではないとわかって安心したようだが、それでも、
「今、岩を投げつけたのか? 凄い音がしたが」
「え、重いわよね、人間には?」
と頭の中は疑問符でいっぱいらしかった。
「まあまあ。色々と想像してると暇潰しになるんじゃねえの」
幹彦はニヤニヤと笑ってそう言い、彼らはそれもそうかと考え直したように棺桶の中に寝転び直した。




