若隠居、過去を知る(8)
「聞き捨てならんな。自分が一の子分だと言うつもりか」
対抗心も露わにそう言ったのは、カリスだ。
「私だって忠誠心は誰にも負けない。私を救ってくださったのは、ダンテル様だからな。
私は学校で教師をしていた。人間が増え、いくらか人間の生活に余裕が出始めた頃だ。
まあ、貴族や一部の金持ちの平民しかいないがな、学校にくる余裕があるのは。
そんなやつらばかりだから、生徒はわがままだし、自己中心的だ。注意しても身分や財力をかさに着る。悪いことをしても、親がもみ消すし、親によっては、言いがかりにしか思えないことを言って責任転嫁してくる。
それで校長に訴えても、校長もそういうやつらの味方をするので、教師たちは疲弊していた。
まるで召使いだったよ。学校を作った理由は何だったのかと、首を捻ることばっかりだったさ。
そんなある日、私は三日も寝る時間もなく働き続け、クソガキ──生徒のつまらない命令に従って、何か忘れたが本当につまらない用事のために夜遅く町を歩いていた。寒い雪の積もる最中だ。
私は絶望していた。教師になった日の夢はどこへいった。理想は何だった。このまま、教師という名前の召使いで人生は終わってしまうのか。
もう、そんな人生はいらない。このまま眠ってしまおう。冷たい雪の中で眠れば解決だ。
そう思って、いたのだが、そこにダンテル様がいらした。なぜ泣いているのか訊かれ、泣いていることに初めて気付いた。
長く誰からも人間扱いされていなかったことに、ようやく私は気付いた。
私はそのときから、ダンテル様に仕えることを決めたのだ。ダンテル様のためなら、死ぬことも恐れない!」
カリスはそう言って、どうだと言わんばかりにエリアスを見た。
「あ、ああ……それで、薬の説明も一番理解が早かったのですね」
そういうと、ぱあっと顔を輝かせた。
「わかるかね、私の知性は隠せないようだ。はっはっはっ!」
ダンテルは小さく苦笑した。
「ちょっと。アタシがバカだって言いたいの?」
ユリアがよそ見していたかと思うと、キッとカリスを睨んだ。
「あながち間違ってはおらんだろうが」
そう言ったカリスに、ユリアは掴みかからんとする様子を見せたが、ふいと興味を無くしたかのように座り直した。
「ま、アタシが一番かわいいのは間違いないし、どうでもいいわ」
カリスもエリアスも、小さく眉をしかめながらも黙った。
「アタシはね、教会と吸血鬼の争いが激化した頃に吸血鬼になったのよ。
それまでアタシは、場末の店でウエイトレスをしていたのよ。親も誰かわからない捨て子だったし、まあ、働き口があるだけましって思ってたわ。
いつかは誰かいい人を見つけて結婚をって考えてたけど、お笑いよね。この美貌でしょう? 人気はあったのよ。でも同僚の女に妬まれて、あること無いこと言いふらされるの。仕事が終わると客を取って寝て稼いでるとか。
そのせいで寄って来るのは、酔っ払いのスケベ親父だけ。いい男は同僚のところ。
そんなとき、真面目ないい男に言い寄られて、夢を見たのよね。これでアタシも幸せになれるって。
でも、男はアタシを売り飛ばした。守り人としてね。契約金は男のものよ。
アタシはまんまと吸血鬼に遭って、馬車から放り捨てられて、死なずに吸血鬼になれたのは運がよかったのかもね。
で、親となった吸血鬼の男と人間を襲いまくって、教会に目を付けられて追われて。もうだめだって思ったときに助けてくれたのがダンテル様よ。
一生着いていくって、決めたわ。
人間を恨んでいたけど、面白半分に襲ってはいけない、死ぬまで吸ってはいけない。そんな掟をそれまでは嗤ってたけど、従う気になったわ。
アタシはどうしようもなく、確かにバカよ。でも、ダンテル様を裏切ることは絶対にないわ。誓って。
でも、ダンテル様を傷つけたり騙したりしようって相手は、容赦しないから。絶対によ」
ユリアはそう言って、凄絶に笑った。
「皆それぞれ、苦労してきたんですね」
それでは言い表せないようなものがあったが、どう言えばいいのかわからなかった。
「もっと、人間を食糧と見做して冷酷なものだと思ってたぜ」
幹彦も言葉を選びながら言う。
ダンテルはチビの頭をゆっくりと撫でながら、小さく笑った。
「オレたちはそういう掟を決めてやってきた。『血をあげてもいい』という者を集めて、血をもらうようにもしてきた。
教会との争いが激しくなるばかりで、いいこともないしな。
しかし後から吸血鬼になった者などは、それでは物足りないと言い出す者もいる。
いきなり体が動くようになって、強くなったと思って、何をしてもいいと勘違いするやつらも出始めた。
教会の追撃が激しくなって、各地に散らばっていた吸血鬼をまとめることになったが、再び、分割される危機に立っている」
ダンテルはそう言うと、深い溜め息をついた。




