若隠居、過去を知る(7)
「どうも、オレが吸血鬼の第一号だったようだ。少なくとも人間ではな」
ダンテルはそう冗談のように言って続ける。
「何を食べても味がしないし、渇きが収まらない。血が欲しいのだと本能でわかってはいたが、やはり平気というわけにはいかなくてな。まずは動物を襲ってみた。
だが、それではダメだった。
そうして弱って、意識が飛ぶようになって、気付いたら子供を襲っていた。
やっぱり気が咎めたさ。そこから逃げ出して、どうしたら戻るのか誰かに訊きたかった。でも、化け物と言われて殺されるか、反対に殺してしまうだけだとわかっていた。考えられないくらいに、怪力になったし、動きが速くなっていたしな。耳も鼻もよくなった。
それで、殺さない程度に、飢えて理性が無くなる前に、人の血を吸うことを覚えた。
そんなオレが吸った人間の中に、同じく吸血鬼になる者が現れ、増えていった。
それが始まりだ」
ダンテルは長い話をそう締めくくった。
カリスが鼻をすすり上げた。
「そのコウモリが最初の宿主だったんですね。突然変異かな、他の地域で発生していなかったとするならば」
ダンテルは軽く頷いた。
「そうかもしれんな。長い間、ほかにこんなやつの話を聞いたこともなかったからな」
吸血コウモリというのはいるから、その突然変異だった可能性は高い。
「だんだんと吸血鬼が増えていって、いつの間にか、皆にも吸血鬼と呼ばれるようになっていることを知ったよ」
ダンテルは薄らと笑った。
「何も情報がない中で、不安が大きかったでしょうね」
「ああ。逃げ回るにしても、日の光に当たると動きが悪くなってしまうし、ニンニクの臭いが苦手になったし。それまでは小動物が好きで色々と飼っていたものだったのに、化け物だとわかるのか、逃げ出されるばっかりになってしまった」
そう本当に悲しそうに言うのに、チビたちはそっと立ち上がってダンテルのそばに座った。チビは隣へ、ガン助とじいは膝へ、ピーコは肩へ。
そう言えば、以前、チビの頭を撫でたそうに手を伸ばしてやめたことがあったことを思い出した。
「ダンテル様のご苦労、何とも、何とも……!」
エリアスとカリスは、ぐすぐすと泣いている。
「そういうエリアスたちは、どういう経緯で?」
幹彦が訊く。
「エリアスは元芸人だったのか」
チビが訊くのに、エリアスは食い気味に、
「ちがう!」
と答え、咳払いをひとつして、話を始めた。
「わたしは元は役人です。平民出身で、上司に気に入られていなかったせいで、やたらと面倒な仕事を押しつけられたりしていましたね。最後には、横領の罪を押しつけられて、殺されかけましたし。
斬り付けられて、逃げましたよ。戻ることはできませんでした。戻っても、誰も信じてくれないことはわかっていましたし、真実がわかっていても、上司を庇うことはわかっていました。やつは、貴族でしたから。
わたしは深く絶望していました。負った傷が元で、そのまま死んでいくしかないとも、諦めていました。
そんなとき、ダンテル様に会ったのです。
わたしはダンテル様に、血を吸って欲しい、わたしも吸血鬼になりたいとお願いしました。もう、足の引っ張り合いや嘘や虚栄ばかりの人間の生活が、苦痛でしかなかったので。
ダンテル様は考え、そうして、吸血鬼にしてくださいました。この命は、ダンテル様に捧げる。わたしはそのとき、そう決心したのです」
晴れやかに、エリアスはそう言って笑って見せた。




