若隠居、過去を知る(1)
噛まれてすぐに薬を飲み、それで何の症状もなく済んだことで、吸血鬼たちの薬への疑いは幾分晴れたらしい。
それで次は、捕まえてきて強引に薬を注射して人間に戻した元吸血鬼を連れてきたら、顔見知りがいて、人間に戻すという作用も信用してもらえる結果となった。
あとは、人間に戻るかどうか。
戻りたくないと考える吸血鬼はどうするか、である。
僕と幹彦とチビたちは、話し合いの中心から離れて、聞いているだけにした。
「まず、人間に戻る気はあるの」
ノーマローマが言うと、吸血鬼たちは互いに顔を見合わせ、恐る恐る半分ほどは頷いた。
「でも、今更人間とうまくやっていけるか?」
不安そうにひとりが言うと、ほかの吸血鬼らにも、ざわざわとざわめきが広まる。
その中で、ふぁんとむが妙に通る声で言った。
「時間はかかっても、やる。今も、人間と吸血鬼と両方の血を引いている人がいる。苦しんでる。仲良く、したい」
しん、と静まりかえった空気が、しばらく時間をおいて、ざわざわとし始めた。
「甘いわね! 本当に、甘いわ、ふぁんとむ!
でも、悪くないわ。悪くない」
ノーマローマはそう言って、何かを思い出しているかのように黙りこんだ。
「まああれだ。教会の偉い人とか、人間のもっと上の立場の人がこっちに向かってきているから、正式な話し合いはそっちとしてもらえると嬉しいのだがね。正直、それに正式な返事をする権利は私たちにはないのだよ」
ジルが言うと、ノリゲがにこにことして言った。
「ただの民間人だぜよ!」
それで、何となく笑い声が広がった。
「まあ、今日はお近づきの印にロウメーンでも、と言いたいところだけど、そういうわけにもいかないからね」
マリアは少し困ったような顔をして、
「トマトジュースならあるけど、飲むかい?」
と訊いた。
今こちらに向かってきている偉い人たちが到着するまで、吸血鬼たちには増血剤を飲んでいてもらうことにした。
それで空腹感があったらどうしようかと思っていたが、それで、渇きなどは起こらなかった。
養殖場を開放して人間を保護したが、中には養殖されていたいと望む人もやはりおり、そちらの説得をノーマローマとふぁんとむがしていたが、ノーマローマは、
「利敵行為と見做して一緒に殲滅する」
と言うし、ふぁんとむは話すのが苦手らしい。
埒があかないことに呆れたジラルドが、以前会った廃棄処分されそうになって逃げてきた人の話をして、彼らを大人しくさせた。
その間、適当に調子の悪い人がいないか、薬の相談がないかとエリンシュタインにいたのだが、チビや幹彦も、流石にロウメーンと肉包み焼きと焼き煮豚だけの食生活に飽きてきたらしい。
「たっぷりの野菜を載せためんもいけると思うぞ」
「うんうん。あっさりと、ゆでためんをつゆにちょっと浸けるだけのやつも、美味しいと思うんだぜ」
「ロウメーンのめんを、丸めてゆでたものを野菜と煮込んでもいいと思うでやんす」
「つゆを、塩味とかにしてみてもどうじゃろうかの」
「めんを揚げてカリカリにしてかじっても美味しいー」
マリアにそれとなく、メニューを増やせと言っている。
「そうだねえ。まあ、考えてみるかね」
「やったー!」
「ニンニクをこれほど食べなくていいことになったらね」
「……」
幹彦たちは、「今でしょ」と言いたいのをぐっとこらえているような顔で、黙りこんでいた。
それで、町の外に出て、自炊することにした。各々のリクエストから、ジャンケンで海鮮丼に決まった。
空間収納庫からお米を出し、土鍋に入れて卓上コンロにかける。
魚はマグロ、イカ、ハマチ、タイ、サーモン、エビ、ホタテ、ウニなど、北海道ダンジョンで仕入れたものがたくさんある。
「美味そうだな」
「早くご飯炊けないかなー」
「ごーはんだごはんーだー」
幹彦たちはうきうきと歌を歌っている。
その時、人の気配がして僕たちは振り返った。
「何してるの」
ふぁんとむだった。
「えっと……」
「それ何。美味しそう……ぐうう」
「……よかったら、食べる?」
ふぁんとむはすんなりと僕たちの輪の中に入って座った。
へいらっしゃい、海鮮丼追加一丁!




