若隠居、ぶつかる(1)
町へ戻ると、町の外で吸血鬼同士が睨み合い、それを、ふぁんとむとノーマローマ、ノリゲとジルが油断なく武器を構えながら見ていた。
「そんな薬があるからもめるんだ!」
「そもそもそんな薬、本当にあるのか!?」
ううむ。吸血鬼にしてみれば、そう言いたいのもわからなくはないな。
しかし、ここはきっちりと説明しなければ。
「では、詳しくご説明させていただきます」
そう言うと、吸血鬼たちが、「なんだこいつ」と言いたげな、怪訝な顔をした。
構わずに、開始する。
「まず、吸血鬼にかまれたあと、すぐに変化がなかった患者Aさん(仮名)の血液検査の結果をごらんください」
資料を掲げ、始めた。
大丈夫。学会の論文発表なんかもやっている。どうということはない。任せてもらおう。
「というわけで、このような結果が認められました」
渾身の発表を終わる。
が、拍手がない。おかしい。無視されるようなものではないはずだぞ。画期的な治療のはずなのに、なぜだ。まあ地球ではスライドも使って説明するので、それより見劣りはするとは思うが……。
やはり、臨床例の少なさだろうか。
愕然としていると、幹彦がそっと言った。
「うん、わかるよ。なるべく簡単に説明しようとしてたのは。でもさ、それでも難しかったんだよ。だって、吸血鬼はほぼ不老不死だろ。今の人よりも科学知識は古いんだぜ、たぶん」
「はっ!」
そうだった。吸血鬼の年齢は、見た目ではわからないんだった!
ダンテルはどうしたものかと考えているのかとは思うが、表情から内心は読めない。
側近はどうかと見てみる。
エリアスは真面目くさった顔を崩さず、吸血鬼の面々を見回し、おそらくは暴れてダンテルに掴みかかったりする者がいないかを警戒しているようだ。
カリスはううむと考え込み、やがてうむうむと小さく何度も頷いて呟いた。
「あのビラに書いてあったことは、嘘ではなかったということか。ふむ」
そしてユリアは、暇そうな顔付きで、髪をいじって枝毛を探していた。
「なるほど。わかった。
我らは病気なだけで、人間に戻れる、と。
しかし、戻らないことを望む者がいたらどうする。
人間に戻ったところで、これまでのしこりは消えてなくなるのか」
ダンテルが言うのに、人間側の皆が一様にたじろぐ。
人間を代表して、ここで何かを言うことなどできないし、しこり云々の懸念は避けては通れない。
「それは、すぐには無理かもしれないが、徐々に溝を埋めていく努力を続けるべきだと私は思うのだがね」
ジルがそう言うと、吸血鬼たちはあちこちで囁き合い、または、せせら笑った。
はあ、とダンテルが大きく息を吐く。
「今そっちが答えられることでないことは承知している。意見をまとめておいてもらおうか。
それと、我々は人間の血によって生きている。養殖場をたてつづけに襲われ、食糧不足で飢えてしまう。どうにかしてもらえるのかね」
それに、ノーマローマがたまりかねたように叫ぶ。
「ふざけるんじゃないわよ! やっぱり今すぐ斬り刻んでやった方がいいかしらね」
それに、吸血鬼たちがざわりとざわめく。ユリアは、楽しそうにノーマローマを見て、
「やってもいいの、ねえ、ダンテル様。あの女、やってもいいんですよね」
と言った。
「人間が動物を食べるのは良くて? 我々は、血をもらいはするが、殺さず、衣食住の面倒も見ているが」
ダンテルはユリアを無視してそう言い、ユリアはカリスに抑えられて、不満そうにしている。
「人間と動物を一緒にするな!」
「勝手だな」
エリアスは小さい声で言いながら嘆息した。
「こっちだって、命がかかってるんだ。飲まず食わずでお前らがいるんなら、俺たちだってがまんしてやる。そう言ったら、お前ら飲まず食わずで一生いるか?」
吸血鬼のひとりが言うのに、人間側は怯んだ。
ふぁんとむは、困った顔で目を泳がしている。
「えっと、動物の血液とかで代用はできますか。もしくは、増血剤を服用してみるというのは」
言ったが、ぎょろりと吸血鬼に睨まれただけで無視された。
「人間なんて相容れない存在なんだ!」
「人間と食用に飼っているブタが相容れないようにな!」
「吸血鬼は、元が人間でも、今は怪物だ!」
そんな言葉が入り乱れ、
「やっちまえ!」
と、どちらの誰が言ったかわからないが、乱戦になってしまった。




