若隠居、カタコンベに入る(2)
レリーフの向こうには穴が続き、ぽっかりと真っ黒い口を開いている。
「えっと、行くか」
幹彦が言い、チビが先頭に立って、僕たちはレリーフの奥へと進み始めた。
「ここで当たりかなあ」
潜めた声で言う。
「かもな。もしこの先に棺桶が並んでいたら、念のため助っ人を呼んで対処しようぜ」
「そうだね。物音で起きたら、寝起きで機嫌を悪くして暴れるかもしれないし」
冗談に、幹彦が小さく笑う。
やがて緩やかに曲がった通路は四つ角に出て、真ん中の道の先には鉄柵が見えた。以前、砦の地下にあったアジトで見た物と似ている。
「吸血鬼のアジトで間違いないでやんすね」
「静かだの。昼間は、吸血鬼に合わせて人間も寝ているんじゃな」
「夜勤なのねー」
吸血鬼に合わせたサイクルで生活しているようだ。
「じゃあ、戻るか」
囁き合ってそう決めると、くるりと回れ右をして、来た道を戻る。
しかしそこで、前方から誰かが来るのと鉢合わせた。見た目だけは若い吸血鬼だ。
「ああ? どうした、お前ら。見ない顔だな?」
それに、幹彦が適当に答える。
「来たばっかりでな。ほら。襲われたもんだから」
僕もうんうんと頷いておく。
するとその吸血鬼は軽く首を捻った。
「本当に吸血鬼か? 何か人間の匂いがするような……」
「ああ、つい最近吸血鬼になったばっかりだからかな?」
「あはは。たぶんそうだよ」
僕と幹彦は笑い、チビは足下でハッハッと舌を出して子犬のふりだ。
「そうか。大変だったなあ」
同情された。何だか心苦しいな。
「で、ここは何人くらいいて、養殖の人間はどのくらいいるんだ? 幹部はここにいるのか?」
吸血鬼の男は、
「家畜は百人くらいだったかなあ。幹部もダンテル様もここにはいないけど、つながった所にはいるからな」
「そうか。つながった所にいるのか。
で、見回りなのか?」
「ああ。襲撃もあったし、順番で昼間も巡回に──ん? お前ら、本当に人間じゃないのか? 何でそんなことも知らないんだ? 誰からここに入る許可をもらっているんだ?」
と怪しみだす。限界か。
そう思ったときには、チビが伸びをしてトコトコと男に何気なく歩いて近寄って行き、銀の爪を装着した前足を軽く一振りした。
完全に視界の外で、しかも子犬と思って気にも留めていなかったせいだろう。男は何が起こったのかわからないまま足から灰に変わって行き、気付いた次の瞬間には完全に灰に変わっていた。
「本拠地に続く場所を見つけたようだな。よし」
僕たちは、バレないようにと灰の小山を崩してまき散らしたり、溝へと捨てたりした。
そうして、素早く外へと出た。
幸いそれ以降は誰にも見つからずにレリーフまで辿り着き、地下墳墓から出た。
太陽自由軍のロウメーン屋では、作戦会議が行われていた。
「つながっているということは、ほかの地下墳墓もつながっているということだろうな」
ジルが腕を組んで重々しく言った。
「どこに誰がいるのかはわからないが、片っ端からぶん殴っていけば行き当たるだろうぜよ!」
ノリゲはそう言って笑いながら両手の拳を打ち合わせ、丸く突き出た腹がぶるんと揺れた。
「でも、地下墳墓の奥に隠れ棲んでいたとはねえ。全く。気付かなかったよ」
マリアは言いながら難しい顔をする。
ノーマローマは今にも飛び出して行きたそうにしており、ふぁんとむはそんなノーマローマを押さえている。
「これで、ダンテルも幹部も吸血鬼を根こそぎ……!」
「慌てない。作戦を立てた方がいい。何なら応援を呼んだ方がいい」
「はあ!? バカ言ってるんじゃないわよ! この手で! 特にあのケバケバしい女吸血鬼を! ぶちのめす!!」
どうも、幹部のユリアのことらしい。よほど気に入らないようだ。
ノーマローマの剣幕に腰が引けたのか、ノリゲとジルは腰掛けていたイスを少し離した。
「ま、まあ、そいつは任せよう。他は任せたまえ」
「そうそう」
二人共、そう言って愛想笑いを浮かべた。
「でも、どこの地下墳墓につながっているのかも調べきれていないんだし、今急襲するのは危険じゃないかねえ」
マリアの懸念ももっともだ。
「でも、調べてまわっている間に見つかる可能性が高くなる」
ふぁんとむが困ったように眉を寄せ、ノリゲとジルがううむと唸る。
「そうだ。いくつかの入り口を封鎖して逃げ出せないようにしておけばいいんじゃないかね」
ジルが言うのに、ノリゲとノーマローマが、
「おお!」
と喜色を浮かべる。
「それで行こう」
ふぁんとむも言って、早速塞ぎに行こうとでも言うのか立ち上がろうとした。
「待って! 落ち着いて! 一気にやらないとバレて計画が台無しになるでしょう?」
慌ててふぁんとむを止めながら言うと、幹彦も同意した。
「そうだぜ。な。
ふう。ここで気配を完全に断って出て行かれたら危ないところだったぜ」
そうして僕たちは、相談を再開したのだった。




