若隠居、保護する(2)
どういうところに吸血鬼は隠れているんだろう。何よりも、昼間に太陽が当たらないところでないとだめだ。それから、昼間に発見されれば大変だから、人目につかないところでないと困るだろうな。
そうなってくると、町の中の空き家、というわけにはいかない。この前みたいな、人里離れた誰も来ないような場所にあるうち捨てられた砦とか、山の中の洞窟とかだろうか。
「その洞窟がそこにあるぞ」
山の中を歩いていると、チビが言った。
「中が広くないと、そんなに入れないだろうけど、行ってみるか」
幹彦が言って、僕たちはその洞窟へと近付いて行った。
入り口の高さは一メートル半ほど、横幅は七十センチ程度だろうか。小さい。
しかし、入り口がギリギリ人が寝そべって通れるくらいしかなくても中へ入れば広くなっているという鍾乳洞もある。人が居そうにないとは決めつけられない。
そう思ってひょいと覗き込んで、僕たちはそこにいた人たちと目を見合わせたまま、お互いに黙りこんだ。
そこにいたのは、十代の少年と二十代の男女二名、四十前の女一名だった。栄養状態は良さそうに見え、服装も、簡素だが清潔そうなシャツとズボン、スカートをはいていた。
「えっと、こんにちは」
幹彦が言うと、彼らはぎこちなく頭を下げてもごもごと、
「こんにちは」
と返した。
吸血鬼には見えない。
「ハンターじゃないですよね」
二十代の男が警戒するような目を向けながら言った。
「違いますよ。そちらも、吸血鬼じゃないですよね」
幹彦がそう返すと、彼らは首を横に振った。
「違います。
あの、吸血鬼ってこの辺に出ますか」
訊かれて、僕たちはそっと目を合わせた。
「まさか、養殖場を目指して町を出たっていう人たちですか」
やや、呆れたような声になっていたかもしれない。
それで非難されたと思ったのか、そう思うということはどこか後ろめたいということなのか、彼らは視線を外して言った。
「関係ないでしょう。放っておいてください。旅の途中で、休憩しているだけですから」
「お名前を伺ってもよろしいでしょうか」
「ははは。突然だなあ」
誤魔化すように言う大人たちだったが、少年が目を吊り上げて言った。
「帰らないからな! どう生きようとオレの自由だ! 血を抜かれるだけで食べ物にも困らない生活ができるなんて最高だ! オレはもうひもじいのは嫌だ!」
その少年と目の高さを合わせて言う。
「ラミアナが心配してたよ」
「誘ったのに嫌だって言ったんだ。だから、お互い自由に人生を生きることにしたんだよ!」
「そうか。君はジラルドだな」
「あ」
「それで皆さんは、養殖場を探すと言って町を出て行った人たちですね」
「……」
全員が押し黙った。
「確かに、自由と言えば自由ですけど。それでいいんですか。きちんと期間を空けて適正な量だけを採血するのでなければ、赤血球の回復が追いつかなくなりますし、衛生状態が完璧でなければ肝炎の危険もあります。
それに、いつまでもその暮らしはできないんでしょう。若くて健康なうちだけで、その後は解放されるわけではないんでしょう?」
そう言うと、彼らは少し心配そうに顔を見合わせたりしていたが、一番年かさの女が叫ぶようにして言った。
「それでも、今すぐ飢えるよりましなのよ! 故郷に帰っても家はないし、町に残っても、働き口なんてそうそうないのよ。わかってるでしょう!?」
ヒステリックに叫んで泣き出し、二十代の女が背中をさすって無言で慰めた。
ジラルドは下を向いてふてくされていたが、どうしても納得できない様子で、不満も露わに言った。
「オレは好きにする! オレなら長い間養殖場にいられるから!」
そして言ったと同時に外へと走り出た。止められるとわかっていたのだろう。
「あ、ジラルド!」
「あ、待て!」
残された「同志」が腕を伸ばした姿勢で声をかけ、チビが素早くジラルドを追う。
そうしてジラルドの逃走は三メートル未満で終了した。お疲れ様……。
「何で逃げた?」
「うるせえ」
幹彦に訊かれ、顔を背けて嫌々答える。
その時、カサリという音がして、全員が音のした方へと顔を向けた。




