若隠居、お迎えをする(3)
大おばあ──じゃない、薫子さんと源太郎さんは、絶対にダンジョンへ行くのだと言う。
ダンジョンへ入るのには、免許証が必要だ。それがないとゲートを通ることができない。
「だから、源太郎さんと薫子さんは、一緒に行くわけにはいかないよ。それに、防具……はいらないのかな、いるのかな。少なくとも武器はいるよね」
自信がない。
「防具って、同じような見た目にしていればいいんじゃないかな」
源太郎さんがそう言うと、薫子さんはポンと手を打った。
「そうね。私たちにケガを負わせることはできないんですものね」
やっぱりそうかあ。幽霊だからな。
「武器は、仏間の薙刀でいいじゃないの」
「あれは家宝とか聞いてるけど? 明治維新のときにお殿様に下賜された業物だって聞いたけど」
驚いて言うが、薫子さんは明るく笑い飛ばした。
「武器なんて使わなくてどうするの。飾っていても敵は倒せないわよ。
史緒、その様子じゃ紫子の稽古は温かったみたいね」
「そ、そんなことはないよ」
「いいえ。かわいい曾孫のためよ。ケガでもしたら大変だから、しっかりとしごいてあげるわ。このお盆の帰省中」
お盆は地獄の釜のふたが開いて休みになるとか聞いたが、代わりに現世の我が家が地獄になることが決定した。
幹彦は僕に「がんばれ」と言いたげな目を向けてから、二人に向かって言った。
「柄が弱っているでしょうから、武器は俺が準備しますよ。源太郎さんはどうしましょう」
「ドイツにいた頃はピストルを持っていたのだけどね。使えないんじゃ仕方が無い。ステッキにするかな」
「杖術か……!」
幹彦が目を輝かせた。
「杖も、なかなか侮れん武器だぞ」
チビも嬉しそうに尻尾を振る。
幹彦もチビも、模擬戦でもしたいんだろうな。
でも、源太郎さんも薫子さんも、とても嬉しそうだった。
まあ、お盆の間くらいは、曾祖父母孝行とでも思って、ダンジョンでも稽古でもつきあうか。
そう思ったのは甘かった。
「情けない。さあ、構えなさい」
「タ、タイム! ちょっと休憩!」
地下室で始まった稽古は、そこらの魔獣が裸足で逃げ出すんじゃないかと思うくらいに厳しかった。
幹彦ですら、
「こんなに厳しい稽古はあんまり知らねえなあ」
と小声で戦慄したように言っていた。
まあ、昭和のしごきでも今では問題視されるくらいなのに、明治や大正の稽古など、厳しくないわけがない。
「史緒。幸いにも死ななければ治るんでしょう。いくらでも稽古し放題なんて、いい時代になったものねぇ」
そうだろうか……?
助けを求めて幹彦を見たが、幹彦は目を輝かせていた。
「確かに。強くなるために、多少の無茶をしても大丈夫なんだよな。俺だってこの自動回復の能力がなければ、確かに前剣聖に挑むとかはもっと慎重にやって、もっと時間がかかってただろうぜ」
呆然とする僕に、ポーションを差し出したチビは小声で、
「諦めろ、フミオ。ミキヒコはあっち側だ」
と言った。
「チビ」
「飲んで傷を治して、薫子と立ち会うしか終わりは来んぞ」
僕は心で泣きながらポーションを飲んだ。
そして、薫子さんの腕は、確かに相当なものらしかった。源太郎さんの杖術も謙遜してはいるがなかなかのもので、二人で探索者にでもなれれば、あっという間にトップ探索者になれそうなほどだ。
転移でダンジョンへ連れていったら、余裕たっぷりで嬉々として魔獣を狩って回り、魔術が一切使えないことのハンデは全くなかった。
「さあ、かかってきなさい!」
薫子さんが声を張り上げ、僕は薙刀を構え直した。




