若隠居、お迎えをする(2)
仏間には先祖の遺影が飾ってある。あんまり昔のものはないが、明治以降、曾祖父の代以降のものを飾ってある。
曾祖父は麻生源太郎。モダンボーイ、通称モボと呼ばれた洒落者だったそうで、ドイツに留学した経験もある医師だったと聞いている。
曾祖母は薫子。こちらもモダンガール、通称モガで、薙刀の師範をしていたそうだ。好奇心が強く、美人で怖い物なし。男性のみならず女性にもファンが多かったと、近所のお年寄りに聞かされたことがある。
祖母は一人娘の紫子。薙刀の手ほどきは受けたが、曾祖父母には似なかったのか真面目でしっかり者。堅実をモットーとする性格だった。亡くなるまで僕もかわいがってはもらったが、行儀作法や薙刀の稽古に関しては厳しかった。
祖父の正行は婿養子で、ラジオ局のアナウンサーをしていたらしい。おっとりと優しく、いつもにこにことしていたが、戦時中は放送を巡って政府に楯突くなど、気骨のあるところもあったそうだ。
母は桜子で、一人娘。体が弱く、成人まで生きられるかどうかと言われていたらしく、十六のときに、本人の希望で死ぬ前にと父と結婚したそうだ。優しくおっとりと、どこか浮世離れしたところがあったのも、そういう育ちが関係しているのだろう。そして意外と好奇心は強かった。結婚後、ゆっくりと体調が安定し、四十二歳という高齢出産で僕を産めるまでに元気になった。
父の洋介も婿養子で、サラリーマンをしていたが、その後脱サラして若くして悠々自適の生活を始めた。明るく、とにかく愛妻家として近所でも会社でも有名だったらしい。
そんなことを考えながら並んだ遺影を見上げ、一応仏壇にお供えのお膳をあげてからダイニングに引き返した。
そこでは皆がにこにことして話をしていた。すっかり打ち解け、「薫子さん」「源太郎さん」呼びになっている。
「しばらく来ていないうちに、動物が喋るようになったのか」
「私たちは神獣だからな。特別だ」
「そうなの。まあ、世の中色々と変わるのね。新しい文明開化かしら」
「私、火を吐けるのよー」
「おいら、岩を吐けるでやんすよ」
「わしは水を操れるしの」
「私たちの秘密の最終形態を特別に見せてやろう」
チビたちは合体して浮かび上がり、曾祖父と曾祖母は満面の笑みで拍手を送っている。
「ははは! なかなか頼もしいんですよ。な!」
幹彦に言われ、チビたちは嬉しそうにダイニングを飛び回る。
「あ、史緒が戻ってきた。乾杯しようぜ。先祖との再会に」
「そうだね。あんまりできないよね」
「れあってやつねー」
「では、わしらもとっておきの吟醸酒を飲むかの」
「良い匂いのする虎人族の酒がいいぞ。源太郎も薫子もきっと気に入るぞ」
「はいはい」
僕は虎人族にもらった酒の入っている中身の尽きない水筒を出した。
「じゃあ、かんぱーい!」
曾祖父の音頭で乾杯をして、食事となる。
いや、お盆だけど、こんなのは聞いたことがない。
「お料理も随分とハイカラになっているのね」
曾祖母はそう言って、天ぷらをぱくりと食べた。
「美味しい! 何よ、これ」
曾祖父も照り焼きを食べ、首を捻る。
「これも美味い! でも、何の肉だろう。牛でもないし、鶏でも豚でもない」
「それはダンジョンにいる魔物の肉ですよ。そっちは異世界の野菜ですね」
「まあ! 驚いたわ」
「ふむ。これは益々、ダンジョンへの興味がわいたね、薫子さん」
「ええ、源太郎さん」
曾祖父母はにこにことご満悦だ。そして幹彦たちも、機嫌良く飲み物や料理を、これが美味い、これがお勧めの食べ方だと勧めている。
もの凄くなじんでいた。
「いや、なんで今年は急にこんなことに? 今まではこんなことって無かったよね」
「そうだが、ここに着いた途端、実体を得たんだよ」
「そうよ。不思議ね。でもまあいいわ。本当に食べられるし、ダンジョンへも行きやすそうだし」
ちらりと、魔素が関係するのではないかと思った。うちの地下室では魔素が湧き続けているので、ドアを開けていれば一階程度なら魔素が広がる。
「そう言えば、薫子さんは薙刀の師範をしていらっしゃったんですよね」
幹彦に言われ、曾祖母は虎人族の花の香りのする焼酎を飲んで頷いた。
「そうよ。麻生の女はそれが習いだったの。娘にもしっかりと教えたんだけど、桜子は体が弱かったから伝えられなかったわ。代わりに史緒に仕込んだとは紫子は言っていたけど。
どんな具合か、見てあげるわ」
僕は危うく喉に肉巻きを詰めかけた。
「いや、大丈夫」
「遠慮するな、史緒。かわいい曾孫じゃないか。なあ、薫子さん」
「そうよ。しっかりとチェックして、教え直してあげるわ。ねえ源太郎さん」
いい加減厳しかった紫子が、「厳しかった」と顔を青くして言う曾祖母の稽古だ。僕はどんな稽古になるのかと、想像するだけで食べ物が喉を通らないような気がしてきた。




